3月2日の参院予算委員会で答弁する安倍晋三首相。今国会は捏造・改ざんに揺れている(写真:つのだよしお/アフロ)

「世界でも屈指の頭脳集団」とも称されることがある日本の官僚組織だが、その優秀さにいま顕著なほころびが見え始めている。3月8日時点では財務省の「決裁文書改ざん問題」が国会審議の注目点になっているが、発火点となったのは、裁量労働制導入のために提示された厚生労働省の「データ捏造問題」だ。

厚生労働省、財務省でこうした問題が生じているのは、なぜなのか。捏造・改ざんが起きる根本原因とは何なのか。結論からいうと、そこには安倍政権下で生じた「官僚システムのひずみ」がある。その詳細をみていこう。

厚生労働省の「データ捏造問題」とは?

「裁量労働制で働く人の労働時間は、平均で一般の労働者より短いというデータもある」

1月29日の衆議院予算委員会で安倍晋三首相は、裁量労働制は過労死を増加させるのではないかという立憲民主党の長妻昭代表代行の質問に対して誇らしげにこう答弁した。

裁量労働制や高度プロフェッショナル制度を含む働き方改革法案は、まさに安倍首相の悲願と言うべきものだ。同内容を盛り込んだ労働基準法等改正法案は2015年4月3日に国会に上程されたものの、反対意見が強くて審議されないまま昨年の衆議院解散で廃案になった。

ところが今国会で「働き方改革」は安倍政権の目玉のひとつとされ、裁量労働制の拡大や高度プロフェッショナル制度などの導入を望む財界からの圧力も強まった。「70年ぶりの大改革」と、安倍首相は大いに胸を張る。

だが、その自信は足元から崩れ去った。「裁量労働の方が一般労働よりも働く時間が短い」とする安倍首相の主張の根拠となったデータが、まったくのデタラメということが発覚したのだ。

数字の出典となった「平成25年労働時間等総合実態調査」では裁量労働は実際に働いた時間(9時間16分)とする一方で、一般労働には1カ月の最も残業時間が長い労働時間の数字(9時間37分)を記載していたのだ。しかも一般労働では残業時間に一律に8時間を足していたが、勤務時間は事業所によって異なり、一律に8時間というわけではない。そもそも計算根拠が異なるうえ、こじつけで比較していたのだ。

それにしてもなぜデータが捏造されたのか。厚生労働省は「消えた年金記録事件」や「C型肝炎訴訟」などずさんなデータ管理や隠蔽で、これまで幾度も問題を起こしてきた。そもそも厚生労働省自体がそうした体質なのか。

官邸の結論が先にあった

「確かに『消えた年金記録事件』などは厚生労働省のずさんさが原因だった。しかし今回はちょっと違うと思う」。希望の党の山井和則衆議院議員はこう述べる。山井氏は民主党政権時に厚生労働大臣政務官を務め、長妻大臣の下で「消えた年金記録問題」などを担当した経験を持つ。

「まずは『裁量労働の方が一般労働よりも働く時間が短くなくてはならない』という官邸の結論があったのではないか」

山井氏は、官邸の意向を直接的あるいは間接的にくみ取った厚生労働省が都合のいいデータをあてはめた可能性を指摘する。今回の労働法制改革の発端は2013年6月14日に閣議決定された『日本再興戦略』で、「企画業務型裁量労働制を始め、労働時間法制について、早急に実態調査・分析を実施し、本年秋から労働政策審議会で検討を開始する。ワーク・ライフ・バランスや労働生産性向上の観点から総合的に議論し、1年をメドに結論を得る」として「労働時間法制の見直し」をうたった。

さらに産業競争力会議の「雇用・人材分科会」は「日本型新裁量労働制」の導入を提言したが、働き方を決めたこの会議には、労働者の代表が参加していなかったという欠陥があった。

「まさに働く人の意見など入っていないずさんなもの。それでも閣議決定がある以上、官僚はこれに従わなければならない。そこで、とんでもない矛盾が発覚した」。こう述べるのは、立憲民主党の長妻昭代表代行。「消えた年金記録問題」を追及した長妻氏は「ミスター年金」の異名をとり、民主党政権時には厚生労働相を務めている。

「実は厚生労働省は2月7日に、われわれのところに『1か月の一般労働者の1日の法定時間外労働を平均した実績データ』を持ってきたが、これには『15時間超』とする事業所が9つもあった。勤務時間を8時間とすると平均して1日に23時間超働いたことになり、いくらなんでも多すぎると指摘した。その数字はおそらく『1か月の平均の残業時間』ではなく『1か月の中で最多の残業時間』だったのではないか」

そのデータの原典は前述した『平成25年労働時間等総合実態調査』で、1月29日の安倍首相の答弁はこれをベースとしたものだった。

そして2月14日に安倍首相はこの答弁を撤回し、加藤勝信厚生労働相は2月19日に衆議院予算委員会で「(データの使い方が)不適切だった。深くお詫びする」と陳謝。2月28日にはとうとう、裁量労働制は働き方改革関連法案から除外された。

いったい何種類の文書があるのか

データのデタラメな取り扱いは、何も厚生労働省だけとは限らない。森友学園問題で揺れる財務省も、国有地売却に関する決裁文書の取り扱いがデタラメだった。

3月7日に開かれた野党6党によるヒアリングでは、決裁文書の原本の所在が問題になった。その前々日、立憲民主党、希望の党、社民党、自由党から計5名の議員が大阪の近畿財務局に出向いたが、事前に「近畿財務局にある」とされた原本がすでに大阪地検に任意提出されおり、その事実を本省が把握していなかったことが判明した。

【3月9日10時16分追記】記事初出時、「その前日、立憲民主党、希望の党、民進党、社民党、自由党から各1名の議員が」とありましたが、「その前々日、立憲民主党、希望の党、社民党、自由党から計5名の議員」に修正しました。

しかもこの時に入手した6枚の「調査書」には、以前に財務省が国会に提出して野党が入手した文書には入っていなかった「印」が記されていた。

「いったい何種類の文書があるのか」。野党議員が騒然となるのも当然で、今回の問題は3月2日の朝日新聞が、森友学園による国有地購入に関して財務省が作成した決裁文書について「契約当時のものと国会に提出されたものと異なる」と報じたことが発端。同紙によると、契約当時の決裁文書にはやり取りを時系列で記した箇所や「特例」などの言葉があるという。

仮にこの報道内容が事実だとすれば、財務省による隠蔽行為が疑われる。国家に対する重大な背任行為だ。

これについて財務省の担当者は「すでに司直の手に委ねられている」と述べ、三権分立を盾に野党の追及をかわそうとしている。その頑なさは憲法が衆参両院に認めた国政調査権をすら否定しかねないほどだ。

そしてその姿勢は財務省に限らない。 厚生労働省もまた3月4日に各紙が一斉に報じた、 裁量労働制の不正適用で局長による特別指導を受けていた野村不動産の社員の 過労自殺事案で、どのような指導内容だったかなどについて「個人情報にかかわる問題」 として回答を拒否している。

「財務省は森友学園問題で『司直の手に委ねた』と真実を隠し、 厚生労働省は過労死問題で『個人情報』 を理由に、野党がどのような質問をしても回答を拒否している。 この国の行政責任はいったいどこにあるのか」

これは毎日のように開かれる野党のヒアリングでため息とともに聞こえてくる言葉だが、官僚が保身に走ろうとする気持も理解できないわけではない。昨年の森友学園問題では「文書はない」と言い切って安倍昭恵夫人を守った佐川宣寿理財局長(当時)が国税庁長官に“抜擢”された例がある。9月の自民党総裁選で3選すれば、安倍政権はこれから3年以上続くことになるが、その間このひずみは続くのだろうか。