写真=iStock.com/7maru

写真拡大

「プチ富裕層」の中国人観光客が増えている。人気が高いのは「温泉旅館」。だが不満もあるという。中国で日本のライフスタイルや旅行に特化した雑誌『行楽』を発行する袁静氏は、「日本の旅館は安すぎる。日本には『1泊10万円』くらいする旅館が少ない」と話す。どういうことか。『中国人富裕層はなぜ「日本の老舗」が好きなのか』(小社刊)の著者、中島恵氏が、袁氏に聞く――。(後編、全2回)

■中国人がみんなキンキラキンが好き、ではない

――中国ではウィーチャット(微信)のパワーがすごいですね。日本では「インスタ映え」が流行語になってますが、中国人もSNSでの見え方を意識しているのでしょうか。

はい。ここ数年、定着したネット用語に「顔値(イェンジー)」があります。もともとは顔の偏差値のことで「彼女は顔値が高い(美人)」というように使いましたが、徐々に見栄え全般に使われるようになりましたので、日本でいう「インスタ映え」みたいなものですね。

たとえば、雑誌『行楽』で取り上げて人気が出たもののひとつに、金沢の「金箔のかがやきソフトクリーム」があります。ソフトクリームの上に10センチ四方の金箔を貼ったものですが、顔値が高い。900円もしないのに、これだけのインパクトがあれば、申し分ありません。写真に撮って、友だちに自慢できちゃいます。

――そうなんですか。私は『中国人富裕層はなぜ「日本の老舗」が好きなのか』の中で、あるプチ富裕層の若い女性が、日本の空港で見かけた金箔入りのお酒を指して「中国人がみんな金色、赤色、ハデハデが好きだと思わないで」といったと書いています。あるお酒のパッケージが金色と赤色で、ボトルの中には金粉が浮いていました。外国人向けのおみやげ品として空港で売られていたもののようなのですが、彼女によると「私はこういうものは好まない。ステレオタイプで中国人を見ないでほしい」という意見だったのです……。

その通りだと思います。若い中国人女性は金粉が浮かんだお酒なんて買わないでしょうね。日本人がイメージする中国のデザインによく赤や金が使われていますね。ホームページのデザインやプロモーションでもその傾向があるのですが、それをプチ富裕層が望んでいるかというと、そうではないと思います。

ただ、金箔のソフトクリームの場合は、金沢の名物のひとつが金箔で、それが食べ物であるソフトクリームに乗っている、というところが中国人から見たらおもしろく、顔値もいい。写真映えがして、すばらしいという意味ですね。中島さんが取材した女性がいったように、中国人がみんなキンキラキンが好き、という意味とは違うんですよ。

――ああ、やはりそうですよね。ご著書『日本人は知らない中国セレブ消費』の中には宿泊先についての興味深い記述もありました。高級ホテルは中国の大都会のほうが圧倒的に多いので、プチ富裕層は日本では旅館を選ぶことの方が多い。とくに温泉旅館には魅力を感じているというところです。

やはり、温泉旅館は「ザ・日本」という感じで、何もかも新鮮な文化体験になるからです。旅館に着くと、女将さんや仲居さんが膝をついて迎えてくれますよね。あれは中国では考えられない光景で「別の国に来たんだな」と実感する瞬間なんです。玄関で靴を脱ぐところからして、おもしろく感じます。

■日本には富裕層を満足させる高級リゾートがない

――そういえば、以前、袁さんに取材したときにも、高級ホテルでスリッパをうやうやしく持ってきてくれたスタッフを見て、中国人客が感激したというエピソードをお聞きしたことがありました。

そうですね。中国ではそのような丁寧な接客はあまりしてもらえないので。

――旅館もそうですが、日本人にとって「フツー」のことでも喜んでいただけるんだということを、日本人はもっと認識すべきだと思いますね。

ええ、日本のインバウンド対策では、よく「無料Wi-Fiスポットを増やすべき」などのハードが指摘されると思いますが、中国人旅行客は、そこに不便を感じていません。中国の旅行会社、シートリップなどで航空券を買えば、日本で使えるWi-Fi機器がサービスとしてついてくるので。なので、何か目新しいものをわざわざ用意するというよりも、今あるものを正確にきちんと伝える。そのほうが重要ではないかと思います。

――おっしゃる通りですね。ご著書の中で、「日本の旅館は安すぎる」と書いていますね。私も同感なのですが、ここも日本人が聞くと「えっ?」とビックリするところではないかと思いました。

プチ富裕層以上の中国人は、そのように感じていると思います。今、1泊2万円の旅館が、明日から3万円になったとしても、さほど違和感は覚えない。日本の大きな問題点は、富裕層を満足させるような高級リゾートがないことでしょう。たとえば、バリ島の5つ星ホテルはラグジュアリー感がとても高い。日本にももっと高級なホテルがあっていい。ニーズはすごくあると思います。1泊10万円くらいのホテルは、日本では最高級の部類でしょう。でも、世界の高級リゾートに比べると、驚くような値段ではありません。

――これは私の個人的な意見ですが、日本でサービスやモノの値段が安いのは、サービスを提供する側は「お客さまのため(高すぎてはいけない)」という利用者の立場に立った意識が強く働いていることと、世間一般では、モノやサービスの値段が青天井に高く吊り上がることに対して、抵抗を感じる人がいること。そういう日本人の総中流意識、文化の違いなども背景にあるのかな、と思いますね。

かなりのお金持ちであっても、100万円の商品をお歳暮で差し上げるということは、日本人はあまりしないと思います。日本人の間で「これはだいたい、これくらいの金額(相場)」という意識や、目に見えない枠組みのようなものがあるという気もします。

それと、ご著書では、中国人客が日本の高級店で料理を食べたり、高級な旅館に泊まったりすることの背景には、何でも「ランキング」で判断するという習慣があると指摘されていました。とても興味深いです。

中国では60〜70年代に文化大革命があり、それまでの歴史や文化、価値観がすべてリセットされてしまいました。伝統的な価値判断の基準がなくなったところへ、急激な経済成長がやってきて、何でも数字で判断するようになった。拝金主義の蔓延を批判する声が高まっているといっても、「自分なりのものさし」を見つけるには、まだしばらく時間がかかると思います。

だから、今の中国人は「値段の高い店=いい店」だと考えます。ところが、中国では、そのことをよく知っている悪徳商人がわざと高い値段をつけて、相手をだまそうとする。だから、中国では値段が高くても、必ずしもいい店とは限らないのですが、日本でだまされることはほとんどないと、多くの中国人は信じています。お金を出せば、出した分だけ、いいサービスが返ってくる。裏切られる心配がない。だから、日本でこそ、高いお店に行きたいと思うわけです。

■心をつかむためには、今の中国社会への理解が不可欠

――なるほど。ここは非常に重要な視点だと思います。先ほどの旅館の話に戻ると、ご著書の中で「たくさんのお金を払ったのだから、特別扱いされて当然だ」という中国人の声があり、たくさん払った人も、少ししか払わなかった人も、同じように大切に扱う日本のサービスを、少し不満に感じてしまうことがある、ということが書かれていました。

はい。そういうと誤解されるかもしれませんが、少ししか払わない人も大切にするのが、日本人のいいところ、美質であると思っています。でも、たくさん払った人には、ほんの少しサービスを上乗せするとか、もうちょっと工夫があったら、もっといいかな。そうでないと、逆に彼らに不公平感を与えてしまいます。彼らの心をつかむためには、今の中国社会への理解が不可欠だと思います。

――その通りですね。中国ではサービスは目に見える、わかりやすいものが多いですね。病院のVIP外来などはそのひとつ。たくさんお金を出したら、特別に早く、丁寧に診察してもらえますね。中国はとにかく人口が多いし、平等に扱われていたら、順番がくるまでにものすごく時間がかかってしまいます。

日本はそこまでの競争社会ではないので、とくにお客さまに対しては、何でも平等、公平というところでもあるかと思いますが、日本人がよかれと思って行った「おもてなし」が相手に通じなかったり、理解されなかったりする、というのは残念なことです。

要は、相手がどのような社会環境で暮らし、どういうふうに考えているのか。まず相手の状況を理解し、相手の考え方をリスペクトすることが、とても大切なことだと感じています。

おっしゃる通りだと思います。中島さんがいつも日本人の立場で本に書かれていることと、私が中国人として今回書いたことには、非常に共通点が多いと思います。

――私はいつも、「一口に“中国人”といっても、実にさまざまな人がいる」ということを書き続けてきました。中国はもともと懐が大きく、多様性のある国ですが、近年は都市部のプチ富裕層を中心に、成熟化、個性化が進み、変化のスピードは目を見張るものがあります。そこに、なかなか日本人の認識がついていけない面もありますが、日本のよさをもっと中国人に知ってほしいし、日本人も、今の中国がどうなっているのか、興味を持ってほしいと思っています。

同感です。私も、中国にはさまざまな人がいることを、もっと知ってほしいと思います。インバウンド関係者だけでなく、中国ビジネスや、異文化にかかわる人々にも、最近の中国人の変化を知っていただけたら、うれしく思います。

(フリージャーナリスト 中島 恵 写真=iStock.com)