専門誌では読めない雑学コラム
木村和久の「お気楽ゴルフ」連載●第145回


単行本『ヘボの流儀〜叩いても楽しいゴルフの極意』は好評発売中

 単行本『ヘボの流儀〜叩いても楽しいゴルフの極意』(集英社インターナショナル)が発売となりました。

 この単行本の中に収めている「名門クラブでやらかす、あるある話」や「名門コースはつらいよ」などのコラムは評判で、大いにウケていました。

 今回は、その名門クラブ絡みの話で、名コースとの比較をしてみたいと思います。これも、面白いですぞぉ〜。

 さて、「名門クラブ」と「名コース」の違い、と言われてもピンとこない方が多いかと存じますが、8割ほどは同じですね。ただちょっと、残り2割ぐらいは違うので、その違いを説明していきます。

 まずは、日本の名門クラブ誕生の話から。

 日本の俗に言う「名門クラブ」は、戦前からある由緒正しい会員制の「倶楽部」のことを指します。

 東日本では「関東七倶楽部」が有名です。千葉県の我孫子ゴルフ倶楽部、鷹之台カンツリー倶楽部、埼玉県の皇室とゆかりのある東京ゴルフ倶楽部、東京五輪の会場となる霞ヶ関カンツリー倶楽部、東京都の小金井カントリー倶楽部、そして神奈川県の相模カンツリー倶楽部、程ヶ谷カントリー倶楽部で、いずれも「倶楽部」を漢字で表記しているんですね。

 こうした名門倶楽部は、「西の上田、東の井上」と称される名士が設計したコースが多いです。設計家の上田治は西日本を中心に、井上誠一は東日本を中心に活躍したので、そう言われています。

 実際に井上誠一は関東の名門倶楽部において、前述の霞ヶ関CCの西コースや鷹之台CC、東京よみうりカントリークラブ(東京都)などを設計しています。

 その他、赤星四郎、赤星六郎、安田幸吉など、昭和の名設計家がこしらえたコースを大事に守り、今の名門倶楽部が存在しています。

 それでは、世界的なレベルでみて、日本のコースはどんな順位でしょうか。

 それについては、さまざまな媒体で「世界のゴルフ場ベスト100」「世界のゴルフ場100選」などといった特集が組まれて紹介されています。そこで、日本のコースで名前が挙がるのは、井上誠一や上田治設計のコースではなく、チャールズ・H・アリソン(英国)設計の、廣野ゴルフ倶楽部(兵庫県)と川奈ホテルゴルフコースです。

 アリソンは”アリソンバンカー(※アゴが深く突き出たバンカー)”で有名な人ですが、ハリー・コルトという設計の神様の弟子でした。日本のオーナーたちは本来、コルトを招聘したかったのですが、高齢だったので、弟子のアリソンを呼んだようです。

 ちなみに、ゴルフコースの世界ランキングで長きにわたって1位に君臨しているパイン・バレー・ゴルフクラブ(アメリカ・ニュージャージー州)は、コースの創始者のひとりであるジョージ・クランプの設計ですが、同氏は建造途中で不慮の死を遂げてしまいます。そこで、そのあとを継いでコースを完成させたのが、コルトとアリソンだそうです。

 さて、そのアリソンですが、廣野GCを作るときには師匠のコルトに代わって、世界の名だたるコースのエッセンスを注ぎ込み、当時のコースの集大成を造ったとされています。

 ですから、パイン・バレーGCの名物ショートホールに似たデザインのホールが、廣野GCでも再現されています。そういうこともあって、廣野GCの評価がすこぶる高いのです。

 井上誠一と上田治もアリソンの影響を受けており、日本のコース設計の原点は、チャールズ・H・アリソンと言えます。

 昔の名門倶楽部は、発起人やメンバーに公爵や伯爵などの華族と財閥関係者が名を連ね、名設計家を招聘してコースを建造。そんな感じで運営されて、現在に至っています。

 ここまでが「名門クラブ」のお話ですね。

 次に昭和の終わり頃から、平成にかけて大挙してやって来た、海外の設計家のコースのお話をします。彼らはバブルのちょっと前から日本に来て、さまざまなコースを設計しました。

 私の知っている限り、画期的だったのは栃木県のニュー・セントアンドリュースゴルフクラブ・ジャパン(1975年開場)です。ジャック・ニクラウス設計で話題になりましたが、実際は設計家のデズモンド・ミュアヘッドとの共同制作でした。

 以前、何度か行きましたが、本物のセントアンドリュースよりはるかに難しく……って、本物は行ったことないですけど。

 いやぁ〜、とにかく参りました。バンカーがスキーのゲレンデみたいにそそり立っていて、これに入ったら「どうやって出すの?」と、首をひねりっぱなしでした。もちろん、大叩きですよ。二度と行きたくないと思いつつ、また行きたくなる、SMクラブみたいなところですかね。

 そんなわけで、他にもロバート・トレント・ジョーンズJr、ピート・ダイなど、そうそうたる名設計家が、バブル時代に日本で素晴らしいコースを作りました。

 その当時の総工費最高額コースとして名高いのが、千葉にあるゴルフ5カントリーオークビレッヂ(旧オークビレッヂゴルフクラブ)です。デズモンド・ミュアヘッドが、アーサー王伝説をモチーフにして設計しました。

 石像や目玉のバンカーなど、オブジェがてんこ盛りで、しかもアゴの高いバンカーやアイランドグリーンも設置し、大いに話題になりました。コースとクラブハウス、改造費を足して250億円ほどかかったそうです。

 ここは、よく叩くコースとして有名になり、最低でもボールを半ダースは持って仲間内でいきました。怖いもの見たさ、ですかね。高低差6mのバンカーに入れて「出ない」と嘆き、アイランドグリーンに”特攻”して果てるのが、お約束でした。

 そういうコースは他にもあって、千葉県のきみさらずゴルフリンクス(旧・真里谷カントリークラブ)が、ピート・ダイ設計のアイランドグリーンを初期に設置したコースとして有名です。当時はアイランドグリーン目当てにたくさんの人がやって来て、バンジージャンプ並みの人気で、ほぼアトラクション化していましたね。

 茨城県の石岡ゴルフ倶楽部も、ジャック・ニクラウス設計の真骨頂であり、難易度の非常に高いコースです。フェスキューのラフというか、身の丈以上ある草が有名で、そこに入れたら確実にロストボールでした。

 ちなみに、某有名選手がトーナメント中、8番ショートホールで「19打」も叩く日本記録を残しています。これで、ますます人気に拍車がかかり、連日お客さんが詰めかけたというのですから、不思議ですよね。


名門コースというと、確かに難易度は高いのですが...

 一方、関西に行けば、日本最高峰の難易度を誇っているコースがあります。兵庫県のゴールデンバレーゴルフ倶楽部です。なにしろ、コースレートが「77.4」って、プロが回っても78ぐらいは叩くってことですから。

 設計は、ロバート・トレント・ジョーンズJr。彼は関東じゃあ、オーソドックスなコースを作っていて、オーク・ヒルズカントリークラブ(千葉県)や軽井沢72ゴルフ(長野県)などが有名です。けど、関西じゃあ、暴れ馬みたいなコースを作っているんですね。

 こうしたバブル以降の外国人設計家のコースは非常に面白いのですが、コースの経営者が代わったりして、名門倶楽部として残っているゴルフ場は少ないです。

 とはいえ、コースとしては面白く「名コース」と言えます。どうせ、我々は名門倶楽部にはなかなか行けませんので、そんな名コースに行って楽しみましょうか。

 さあ、いよいよ発売になった『ヘボの流儀〜叩いても楽しいゴルフの極意』には、叩くと必ず現れるキャラ”大叩詠一(おおたたき・えいいち)”も登場して、盛り上げています。よろしければ、全国の書店やアマゾンなど電子書店で購入してください。

◆シニアゴルファー「オレも昔は飛んでいた」問題の深層>>

木村和久(きむら・かずひさ)
1959年6月19日生まれ。宮城県出身。株式をはじめ、恋愛や遊びなど、トレンドを読み解くコラムニストとして活躍。ゴルフ歴も長く、『週刊パーゴルフ』『月刊ゴルフダイジェスト』などの専門誌で連載を持つ。

『ヘボの流儀〜叩いても楽しいゴルフの極意』3月5日発売
詳細はこちら>