「恩返ししたいと思って作った施設です」(筆者撮影)

これまでにないジャンルに根を張って、長年自営で生活している人や組織を経営している人がいる。「会社員ではない」彼ら彼女らはどのように生計を立てているのか。自分で敷いたレールの上にあるマネタイズ方法が知りたい。特殊分野で自営を続けるライター・村田らむと古田雄介が神髄を紡ぐ連載の第28回。

一歩中に入るとピンクの世界

最近話題になっている観光スポット「岩下の新生姜ミュージアム」に足を運んだ。ここは岩下食品の商品「岩下の新生姜」をモチーフにした施設である。


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岩下食品本社のある栃木県栃木市に建てられている。マジメそうな外観の建物なのだが、一歩中に入るとピンクの世界につつまれた。

ピンク色のジンジャー神社は御神体もピンクの新生姜。こま犬の場所にはツノが新生姜の鹿(イワシカ)が建てられている。

高さ5メートル、天井までとどく新生姜のかぶりものがあったり、イメージキャラクターであるピンクのアルパカが大量に並んでいるスペースがあったり、擬人化した新生姜と恋人気分で写真が撮れる“新生姜の部屋”があったりと見ていて飽きない。


新生姜の巨大なかぶりもの(筆者撮影)

もちろん歴代の岩下の新生姜のパッケージギャラリーや、新生姜の誕生物語を知ることができるマジメなコーナーもあるのだが、どうしても奇抜なコーナーに目がいってしまう。

またピンク色のグランドピアノが設置されたステージがあり、ここではさまざまなミュージシャンを呼んで無料ライブが開催されている。

館内にあるカフェでは、岩下の新生姜を使用したメニューが食べられる。ただしお漬物らしい和風のメニューではない。

ピザ、スパゲッティ、新生姜肉巻きなど、ひとひねり加えたオシャレな洋風のメニューだ。

漬け物といえば高年齢層が好んで食べる印象だが、若者にも向けた施設になっている。取材は平日だったにもかかわらず、かなり多くの人たちが訪れていた。カップルや家族連れのお客さんが目についた。

新生姜ミュージアム内で、岩下和了社長(51歳)に会った。つねにニコニコと笑顔のたえない人だ。


新生姜の部屋(筆者撮影)

岩下社長は、本人名義のツイッターを非常によく活用していることで知られている。「岩下の新生姜」についてつぶやいたツイートに対して、積極的にリプライ(返信)を送ったり、リツイートしたり、いいねを押す。

現在なんとのべ67万回以上の「いいね」を押しているという。ツイッターも比較的若い世代が使うSNSであり、こちらも漬け物のターゲット層とはズレている。

漬け物メーカーとしては従来にない活動を続ける岩下社長に、現在に至るまでの話を聞いた。

中学くらいまではどっぷり音楽につかっていた

「小さい頃は普通の田舎の優等生でしたね。音楽が好きでした。自分では演奏はやらないんだけど……」

岩下社長には5歳年上の兄がいて、彼の部屋からは毎日、洋楽のレコードが聞こえてきた。それで音楽が好きになった。

兄は慶應義塾高校に進学した。東京から栃木に里帰りしたときには、さまざまな曲が録音されたカセットテープをもらった。

ビートルズ、カーペンターズ、ボブ・ディラン、レインボーなどを兄の影響で聞いた。ラジオでかかっていたセックス・ピストルズも好きになった。

「中学くらいまではどっぷり音楽につかってましたね。田舎だったから家に帰ったら、音楽聞くくらいしかなくて(笑)」

中学2年のとき、クラスの催しもので「何かやって」とクラスメイトに頼まれた。

岩下社長はキャプテン・ビーフハート&ザ・マジック・バンドの「ホットヘッド」という曲をだみ声でみんなに聞かせた。

「超自己満足ですね(笑)。ほかには卒業文集で<卒業しても友達だよ><みんなありがとう!!>とか書く欄に『首はなくとも胴体は』って筒井康隆の小説の一文を書いたりしました。今となっては面白くもなんともないんだけど……そういうことをしたがるありがちな中学生でしたね(笑)」

大学受験がないのがいいと思い、兄と同じ慶應義塾高校に進んだ。

高1の春、クラスメイトの持っていた慶應義塾普通部(中学校)の卒業アルバムを見せてもらっていたら、クラッシュのレア盤のジャケットを模写している人がいた。それを見て、

「似たような趣味のヤツがいるな……」

と思った。

クラスメイトから紹介されて模写をしていた生徒と会うことになった。彼は後に東京スカパラダイスオーケストラのドラマーとして活躍する青木達之さんだった。

彼に見せられた便箋には、彼が好きなバンドの名前がビッシリ羅列してあった。

「俺はこういうの好きだけど、お前はどう?」

そう得意げに言いたげだった。彼とはすぐに友達になった。

「何も持ってないんだけど、趣味の良さをアイデンティティにできちゃうような、そんな青春時代でしたね。それは大学まで続きました」

兄が家を継がなくなった

青木さんは自分でも演奏していたが、岩下社長はあくまで演奏はやらなかった。

「私は家を継ぐというのが既定路線になってましたからね。兄が家を継がなくなったので……」

岩下社長が高校2年のとき、兄は家を継がず、将来はエコノミストになりたいと宣言した。

経済学部ではトップクラスの優秀な学生で、卒業後は日本銀行に進んだ。当時の昭和的感覚では長男が家を継がないのは収まりが悪かったが、それでも日本銀行という異色な勤務先に進むなら仕方がないということになった。そして岩下社長にお鉢が回ってきた。

「しょうがないな〜と受動的ですが受け入れました。まだ子供でしたし逃げられない感じでしたね。兄は結果的に京都大学の教授になって『エコノミストになる』という夢を叶えました。青木は彼が好きだったミュージシャンと相思相愛でガンガン共演していました。すごいですね。私はそういう『自分の道をガツガツと決めていく人たち』とは考え方が違いましたね」

大学3〜4年の時は、経済学の勉強を頑張り、卒業後は住友銀行に就職した。

「ゼミ生のほとんどが金融機関に入る、そんな時代でした。家を継ぐことを念頭に置いての就職先でしたが、あまり深くは考えていませんでした」

銀行では4年間働いた。

その頃、岩下食品は関東を中心に「岩下の新生姜」のテレビCMを流しはじめた。

岩下社長は、

「これは話が変わってしまったな」

と思った。

岩下食品は長い歴史を持つ食品会社であり、らっきょう漬けと生姜漬けのトップシェアを持っていた。しかし岩下食品という社名はほとんど誰も知らなかった。つまり知名度的には、存在していないに等しい会社だった。

CMが放映された結果、急激に会社と商品名の知名度が上がった。もちろん宣伝効果にはなるが、逆宣伝効果になる可能性もあった。

自分が継ぐことになるならば、もう会社に入ったほうがいいと考えて26歳のときに岩下食品に入社した。

「ワンマンの中小企業ですから、コンプライアンスなど整っていない部分もたくさんありました。知名度が上がってしまうと、そこが問題視されるケースもあります。

私はそういう部分を修正する、ブレーキ役でした。ただし管理はしなければならないけれど、管理過多になると『高コスト』『競争力低下』『客離れ』などろくなことがありません。バランスを取るのが難しいですね」

そして2004年、父親の後を継ぎ、岩下食品の社長に就任した。

しかし社長になってもしばらくはあまり目立った変化を起こせなかった。それは退任したとはいえ、いまだ会社に毎日来ていた父に気を遣ってのことだったかもしれない。

「実父から経営権を譲られたので、彼の古くからの意向にも配慮せざるを得ないという思いが重かったです。親子で同じ職場で働いている場合、単に仕事についての考えの相違が家族対立に進展しがちで、簡単には割り切りがつけにくいものでした。

2014年4月に父が亡くなり、気を遣う必要がなくなりました。そこからはきっぱり割り切りをつけて、前から考えていたことを実行することにしました」

若い世代の消費者をどう取り込むか

漬け物業界は現在非常に厳しい状況に置かれている。まず“漬け物”という伝統食文化の厳しさがある。習慣として食べる人が昔に比べて減っている。

それに加え、健康上の理由からも食べることを敬遠されがちだ。厚生労働省は「塩分をとりすぎないようにしよう」というプロモーションに力を注いでいる。漬け物は“塩分の高い食品”というネガティブなイメージをつけられてしまった。

若い世代の消費者を取り込むことはできず、また従来の年配者の消費者はより少なく食べることを選択するという状況になった。


岩下社長(筆者撮影)

「漬け物に対してはネガティブなイメージがあるのですが、生姜には“身体があたたまる”“さまざまな薬効が期待できる”などポジティブなイメージがあります。

無理に業態を変更しなくても、イメージを変えるだけでお客様に喜んでいただけるのではないか?と思ったんですね」

高齢者の客層にどのように尽くすのかは経営上大事な課題だが、未来を考えるとどう若い人たちを取り入れていくかを優先しなければならない。岩下社長はSNSのツイッターを介して、若者の意見を探ってみた。すると若い人たちには“岩下の新生姜”は、“漬け物”というより“生姜”というイメージを持っている人が多いということがわかった。

そして、岩下の新生姜を愛してくれている人が多いのを知った。

「ツイッターをヘビーに利用するようになったのは2011年以降ですね。エゴサーチ(自分の名前や自社の会社名や商品名を検索する行為)してみると毎日20人くらいの人が岩下の新生姜のことを『おいしい』『好きだ』と言ってくれていました。単純にとてもうれしかったです。どうしてもお礼の言葉を返したくなりました」

そして1人にお礼のリプライ(返信)を書いた。1人書いてしまったんだからと、それからは全員にお礼を書いた。

社長のお礼効果もあって“岩下の新生姜”についてつぶやく人は10〜20倍に増えていった。現在ではさすがに全員にリプライは書けなくなったが、いいねを押したり、リツイートしたりしている。

「『好きだ』という気持ちをわざわざ人に伝えてもらっているわけです。それはとてもありがたいことで、そういう気持ちに対しては恩返しがしたいです。

ツイッター上ではさまざまなアイデアをいただくこともあります。それらは、なるべく実現させたいと思っています。

その恩返しの最たるものが『岩下の新生姜ミュージアム』ですね」

恩返しをしたいと思って作った施設

岩下の新生姜ミュージアムはもともと、父親が館長を務める私設美術館だった。

「父親は後年美術品の収集に夢中になってしまったんですね。収集品の置き場に困って、もともと建設会社の本社があった建物を買い取って美術館に改装しました」


岩下の新生姜ミュージアム(筆者撮影)

前社長が館長を務めたのは、会社ではなく美術館を中心に活動することで、岩下社長が会社内で父親の目を気にすることなく活動しやすくなるよう気を遣ったのかもしれない。

10年ほど館長を務めたとき、ガンにおかされていることがわかった。前社長はすべての美術品を売却することにした。

「父は根が商売人なので、どうせなら全部まとめて売却したほうがおカネになりやすいという発想だったんでしょうね。ただし、多くの美術品はバブル期に買い集めたものだったので、結果的には大損しました」

美術品を売り終えて、美術館は空になった。中身のない美術館に意味はない。維持費もかかるので売却しようと考えていたが、母親から意外な話を聞かされた。

「自分の人生の後半は美術品におカネをかけすぎて失敗だったな。結果的に美術品も全部なくなってしまったし。ただ、美術館だけは残ったな」

と母に語っていたという。

「『美術館だけは残った』と思っていたと知って驚きました。とはいえ、中身がなくては展示はできません。ということは父は『この場所で新たに何かやれ』と言っているのかな?と思いました」

それならば、やることにした。

岩下社長にはやりたいと思っていたことがいくつかあった。それらをまとめてこの場所でやれないか?と考えた。

1つは“岩下の新生姜”を素材としたさまざまな食事が食べられるレストランだ。

2012年には岩下の新生姜を使ったレシピ集、『We Love 岩下の新生姜 ツイッターから生まれたFANBOOK』(マガジンハウス)が発売された。

現在、料理レシピのコミュニティウェブサイト クックパッドには岩下の新生姜を使ったレシピが1000以上載っている。


ハンバーグ(筆者撮影)

これらの岩下の新生姜を使用したオリジナルメニューが食べられるレストランを作ってみたかった。

「そもそも東京あたりで作りたいなと思っていたんですが、父がガンになったこともあり頓挫していたんです。せっかくだったら、ここでやろうと思いました」

もう1つのやりたいことは、子供の頃から好きだった音楽にまつわることだった。

「私は東京の中央線界隈(新宿、中野、高円寺など)のジャズ文化が好きで、仲の良いミュージシャンも多いのですが、栃木に呼びたいと思っても栃木にはライブハウスが一軒もないんです。地元にはピアノを置いているバーすら一軒もない。だったら、ライブ、コンサートができるスペースを作ろうと思いました」

個性的なアトラクションがそろった

ミュージアムというからには、その他にもさまざまなアトラクションや施設を作らなければならない。


ジンジャー神社(筆者撮影)

最初は広告代理店も利用したのだが、無駄におカネだけがかかって何か面白くなかった。若手の社員に声をかけて、いろいろなアイデアを出させた。

「僕は『大きい、見上げるものは印象に残るよ』『大量にあるというのはインパクトがあるよ』などとヒントだけ出しました」

そして冒頭で語った、新生姜の巨大なかぶりもの、大量のピンクのアルパカぬいぐるみ、ジンジャー神社など個性的なアトラクションがそろった。


大量のピンクのアルパカぬいぐるみ(筆者撮影)

「アルパカは景品ゲームのありもののキャラクターでした。たまたま私の娘が好きだったので、新生姜のプレゼントにさせていただくと、応募が殺到しました。商品とキャラクターはあまり関連がなくてもいいんだなと気づきました。

むしろピンク色だったらどうどうと関連していると言っていいんだと思いました。そうやってピンクのものを岩下の新生姜のキャラクターだと言っていると、いつの間にか逆転して、街角にあるピンク色のものが新生姜に見えてくるから不思議です(笑)」

施設は話題になり、2年半で25万人が来場した。旬刊旅行新聞の選ぶ「プロが選ぶ 観光・食事・土産物施設100選」に2年連続で選ばれた。

「お客様を呼び込むまでは奇抜性が大事ですけど、いったん来たお客さんに『良かった』と言ってもらったり、再び来てもらったりするにはそれだけではダメですね。大事なのは来場していただいたお客様に、いい気持ちになってもらうことです。かわいい、たのしい、うれしい、そういう気持ちになってもらいたいですね」

入場料は無料なので、収益は売店とカフェだけである。もちろん黒字には至らない。


ピンク色のグランドピアノが設置されたステージ(筆者撮影)

社長が好きなミュージシャンや関連のあるミュージシャンのライブイベントも不定期的に開催されているが、こちらも無料である。ミュージシャンにはギャラはきちんと支払っているため、会社持ち出しのイベントになる。

「そもそも、恩返ししたいと思って作った施設ですから採算は度外視しています。

気持ち良い思いをして帰っていただいて、日々のお買い物の中に岩下の新生姜を加えていただけたら何よりありがたいですね」

あくまで客を大事に

実際に宣伝効果は出ているようで、岩下の新生姜の売り上げは2年連続で2ケタ成長している。

また九州地方など今までは食べられなかった地域でも商品が入るようになったという。


売店(筆者撮影)

商品の知名度が上がった結果「安ければ良し」という価格競争から免れることもできている。

あくまで客を大事にし、客に恩返しをすることで結果的に収益を上げる。

岩下社長の優しい宣伝方法が成功しているのだ。