一見、何の問題もなく幸せそうに見える仲良し夫婦。

けれども彼らの中には、さまざまな問題を抱えていることが多いのだ。

仲良し夫婦だと思っていた北岡あゆみ(32歳)は、あるメールをきっかけに、夫である樹が浮気をしていると確信する。しかし、決定的な証拠がなく、問い詰めても言い逃れをされるばかり。

あゆみは紀子と一緒に、探偵事務所を訪れる。そこで事務所の代表である星川と話をし、冷静さを取り戻した。




ー絶対に浮気しない人など、いません。

探偵の星川に言われた言葉に衝撃を受けながらも、樹にも浮気をしたくなるような3つの条件に当てはまることがあったのだろうかと、あゆみはぼんやりと考えた。

しかしその条件が樹に当てはまるかどうか、いまのあゆみには分からない。それよりも、どうやって樹の浮気の証拠を集めるかを考えなければならないのだ。

「では、まず浮気の証拠が分かったとして、その後の最悪のケースも視野に入れて進めましょう」

証拠を集めた後、どうしたいのかはっきりと決まらないあゆみに対し、星川は色々とアドバイスをしてくれた。

「最悪なケースとは、離婚裁判をする場合です。どこまで証拠集めをするかはお任せしますが、これ以上あゆみさんが疑っていることをご主人に勘づかれないようにしてください。調査しづらくなります」

初めは彼の冷たい態度に怒りを覚えたものだったが、淡々と話す彼のおかげで、あゆみも冷静に考えることができた。

「では、一番可能性のありそうな金曜、土曜の2日間を、まずは来週尾行します。そこで一旦証拠が取れるか試してみましょう」

星川に提示された報告書込みでの見積もりを見て、覚悟していたものの、やはり高いな、と思う。けれども、そうも言っていられない。樹なんて、彼女のためにその額以上を使っているかもしれないのだ。

「分かりました。ではその方向でお願いします」

あゆみはしっかりとした口調で答えた。不思議なもので、こうして目的を持って行動をしていると、何も分からずもがいていた時の恐怖心が、少しだけ和らいだ。



帰り道、何となく黙ったまま歩いていると、紀子が先に口火を切った。

「あゆみちゃん、すごく頑張っていると思うわ……」

紀子の言う、その言葉の意味が一瞬分からなかった。今の自分は、何も褒められるようなことをしていない。


紀子の言葉の意味とは…?


浮気と戦うvs見て見ぬ振り


「私ね、見た目が結構派手だから…よくお金目当ての結婚だって誤解されるけど、夫とは正真正銘の恋愛結婚なの。少なくとも私は彼に夢中だったわ。

出会った頃の彼はまだ会社を立ち上げたばかりで、お金もなくて忙しくて…全然構ってもらえなかった。それでも、彼のことが大好きだったの」

真っ暗な夜道の中、夫とのなれそめを話す紀子の横顔は、見惚れるほど美しく見えた。




「結婚した時も本当にお金がなくて。それでも一緒にいられれば、それだけで幸せだった。それなのに……。子どもができで、夫婦から親へと関係性が変わって徐々にね……。徐々に、私たちは何かが違っていった」

紀子が、ポツリ、ポツリと言葉をこぼした。周りの喧騒に掻き消されそうなその声を、あゆみは逃すまいと真剣に耳を傾ける。

「そして、夫が浮気を繰り返すようになって、私は怖くなったの。“子どもたちのために”なんて言いながら、真正面から向き合ったら捨てられるんじゃないかって。妊娠してすぐ仕事を辞めてしまったから、簡単には復帰できないし。

子どものためにだけでなく、どこかで、昔に比べてすっかり楽になった今の生活に、すがっていたのよ」

「紀子さん……」

紀子の気持ちが、痛いほどに分かる。あゆみも子どもがいて仕事を辞めていたら、同じように考えただろう。

「そうして見て見ぬ振りをして、夫の都合の良い人間に成り下がって、ただ逃げていたの。これが一番だって自分に言い聞かせて。

でも、あゆみちゃんが戦っている姿を見ていたら、自分がただの臆病に思えてきたわ。子どもたちの手前、仲良いふりをしているけど、きっと気付いてるわ…。こんな状態、子どもにとっても良いはずがないのにね」

紀子はあゆみの方を向いて、悲しい目をしながら微笑んだ。

「紀子さんは立派だと思います。今の生活を捨てるのが怖いと思うのは当たり前ですし、子どものためにって、自分の気持ちを犠牲にしてまで戦っていたんです。私が紀子さんの立場だったら、そんな風に、見て見ぬ振りをできていたか分かりません……」

気がつくと、二人は道端で涙を流していた。もう散々泣いたはずなのに、涙は枯れてくれなかった。



約束の、金曜日。星川に樹の尾行をお願いした日だ。

あの日からあゆみは、言われた通りなるべく平静を装った。はじめはギクシャクしていた二人だったが、あゆみの態度が和らいでホッとしたのか、樹は元の生活に戻り、夜も家にいるようになっていた。

ーもしかして、浮気相手と別れたのでは?それとも、はじめから、浮気なんてなかったのでは?

未だにそんな風に思ってしまう自分に少し呆れながらも、このまま何もなければ良いのに、と切に思った。とは言え、証拠が出てこなければそれはそれで、ずっとモヤモヤが残ってしまうだろう。

複雑な気持ちになりながら、星川にSMSを送った。

「いつも通り、主人は7時半に出ると思います。」

星川からはすぐさま、「了解」と返ってきた。

この日は普通の出勤であるが、MRという職業柄、どこで浮気相手と会うか分からないので、丸1日尾行をお願いしていた。

しかし22時過ぎに家に着くと、樹はすでに帰っていた。いつもなら金曜日の夜は、同僚と飲みに行くと言っていないことが多いが、この日は特に何もなかったらしい。

星川に、樹の帰宅を確認したことを告げ、この日の調査は終了した。

次の日の土曜日。あゆみがいつも通りヨガやランチを終えて帰宅すると、樹が家にいた。

「ただいま…。今日は出かけないの?」

「今日さ、俺、何も予定ないんだけど、あゆみは?空いていたら、久しぶりにご飯でも行こうか?」

樹が久しぶりに見せた、結婚した当初と変わらない穏やかな笑顔。それを見て、あゆみは不覚にもひどく動揺した。


樹の言葉の真意とは…?


昔と同じ夫の態度


「えっと…、予定はないけど…。」

「そう、じゃあそうしよう。どこか予約しておくよ。久しぶりに『フォンダ・サン・ジョルディ』のパエリアが食べたいな。それか『ビストロ カルネジーオ』もいいなぁ…」




週末にこうして出かけるのは3、4ヶ月ぶりだろうか?誘われたことに素直に嬉しさを感じながらも、同時に猜疑心も湧いてくる。

「あゆみ、『フォンダ・サン・ジョルディ』が、19時から予約できるって。じゃあ、少し早めに出て、買い物でも一緒に行こうか」

―樹は、一体何を考えているのだろう…?疑っていることを知って、心を入れ直してくれたの……?

さまざまな思考が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。しかしそれでも昔の樹に戻ったようで、嬉しさを感じずにはいられなかった。

「わかった。着替えたり用意したいから、ちょっと待ってて?」

不審に思いながらも、星川に連絡を入れてその日の調査を終了し、週末は樹と楽しく過ごしたのだった。



「ご主人、相当警戒しているようですね。来週も、もしかすると動かないかもしれません」

後日、星川から電話でそう言われた。結局、調査した金曜日と土曜日は、全く怪しい動きはなかったそうだ。

「少し様子をみましょうか。今週調査する予定でしたが、少しずらした方がいいでしょう」

「そうですか。…あの、星川さん。夫のこの行動は、浮気がばれて家庭を壊したくないと思っているからですよね?」

週末楽しい時間を過ごし、改めて樹が自分を裏切っているとは考えたくなかった。しかし少しでも希望を見つけようとするあゆみの問いかけに、星川は冷静に切り返した。

「…そうとは言い切れません。もし浮気がばれて、相手に慰謝料請求をされれば、その女性に迷惑がかかります。また、ご主人も必ずダメージがあります。それを防ぐためかもしれません。離婚となった場合は不利になりますし」

その言葉を聞いて、あゆみは一気に悲しくなった。まだ傷が浅いうちに樹が浮気をやめて戻ってくれれば、いつかは元に戻れるのでは、と期待していたからだ。

「それにもし、ご主人が浮気をやめたとしても、北岡さんの疑う気持ちはなくなりませんよね?嘘をつかれたことも引きずるのではないでしょうか?」

確かにそうだ。今はただ浮気をやめてほしい、こんな状況を早く終わらせたい、という思いが優っているが、戻ってきたとしても樹への信頼は失ったままだろう。

「そうですね、分かりました。では今週は一旦やめて、再来週に調査をお願いします。」



それからしばらく、樹は怪しい行動を見せず、あゆみの心にも少し平和が訪れていた。

そして調査を再開した金曜日。時々入る星川からの連絡メールをみるに、樹は真面目に仕事をしているようだった。

-やっぱり心を入れ替えて、浮気をやめてくれたんじゃ…。

そう思っていた矢先、あゆみの元に星川からSMSが届いた。時間は夜20時を回っている。

「ご主人が今、杉並区にあるアパートに入って行きました。引き続き、調査します」

…視覚的な表現というのは、どうしてこうも残酷にそしてダイレクトに、脳に焼きつくのだろうか?

スマートフォンの画面上に無機質に並ぶその言葉を見つめながら、あゆみは足元から崩れ落ちそうになるのを、必死で、必死で堪えたのであった。

▶NEXT:3月15日 木曜更新予定
ついに樹の浮気が明らかに…!樹の浮気相手とは…?