就職活動は、今や「売り手市場」と言われ、かつての就職氷河期などどこ吹く風。

しかし、時代を問わず“狭き門”とされる企業は常に存在し、選ばれし者だけが生き残るのが現実だ。

そして「就活の頂点」を目指す若者たちは皆、こう信じている。

-就職で、すべての人生が決まる。

本連載で紹介するのは、内定のためなら手段を選ばない数々の猛者たち。彼らが語る、驚くべき就活のリアルとは?

先週、就活のために男を使い捨てる女が登場したが、今週は・・・?




【今週の就活男子】

・名前:慶一(28歳)
・現在の勤務先:バイオ系輸入会社
・出身大学:東京大学大学院
・就職時の内定企業:外資金融、外資コンサル、総合商社、官僚 他多数

爽やかな休日の朝。

慶一は、Macbook 片手に『ブレッドワークス天王洲』に現れた。

美味しそうにクロワッサンを頬張る慶一を前に、彼に関する事前情報を思い出す。

-落ちた会社は、1社のみ。

慶一は、5大商社すべてに加え、外資金融や外資コンサルの内定を総なめにしたという“内定ゲッター”。おまけに国家公務員試験をパスして官僚の内定までもらったという。

あまりの内定の多さに、本人すら正確な数字を思い出せないというから驚きだ。

驚異の内定率を誇る慶一だが、現在彼が勤務しているのは意外にも、社員数5人の会社。大学の先輩から誘われた会社で、マーケティングに携わっている。

年収は決して低くはないが、外資金融やコンサルで提示された金額の6割程度だし、役職があるわけでもない。

-なぜ、超難関企業の内定を捨てて、今の勤務先を選んだのだろうか…?

疑問に思っていると、彼はこんなことを呟いた。

「僕が心から信頼していた二人の人間から、同時に裏切られたことがきっかけでした」


優等生だった男に、一体どんな過去があったのか?


敷かれたレールに乗っているだけの人生


阿佐ヶ谷で生まれ育った慶一は、教育熱心な良心に育てられ、有名男子高を卒業し、東大の大学院まで進んだ。

勉強一筋だった彼を変えたのは、大学2年の頃にできた女子大の彼女だ。人生初の真剣交際。慶一は彼女のことが心から大好きで、卒業してもずっと一緒にいようと誓い合った。

事件が起きたのは、大学4年の冬。

その頃、周りの学生は春からの就職を控え、最後の学生生活を楽しむことに精を出していた。一方、慶一は、化学の研究を続けるため、院への進学が決まっていた。

そんなときに突然、彼女からフラれたのだ。まさに、青天の霹靂だった。

「慶一、ごめんね。他に好きな人ができた」

慶一をさらに傷つけた事実は、彼女の新しい相手が、慶一の友人・直樹だったことだ。直樹とは、大学でいつもつるんでいた仲で、心の底から信頼していた相手だったのに。何度か3人で食事をしたこともあったが、まさかこんなことになるとは…。

そんな直樹は就活を無事に終え、春からメガバンクで働くことが決まっていた。

「私、早く結婚がしたいの…彼とだったら、安定した幸せが築けそうだから…」

確かに彼女が卒業してすぐにでも結婚したがっていることは知っていた。しかし、これから大学院に進もうとしている慶一は、まだ結婚どころではなかったのだ。

こうして彼女は、慶一の前から静かに姿を消したのだった。




直樹とは当然絶縁状態となったが、一度だけキャンパスで見かけたことがある。彼はサークル仲間たちと固まって大きな声で話をしていた。

「うちは父親も銀行員なんだ。だから就職先も銀行以外は考えられなかったな。特に深い志望理由なんてなかったけど、まあ父も喜んでるし。お前は商社だろう?」

「まあね!そういえば、聞いたか?あいつは官僚らしいな。友達として鼻が高いよな」

「俺たちみんな揃って、一生安泰だな」

声高らかに内定先を口にし、肩をたたき合って褒め殺し合う彼らを見つめながら、慶一はその場に立ち尽くしていた。

ー俺は、あんなにつまらない男に負けたのか…。

敷かれたレールの上を歩くだけの人生。高校も大学も、両親が用意してくれた安全な道を歩み、就職先ですら親の顔色を見て決める。そして、いわゆる一流企業に就職することがゴールと信じている。

しかし同時に、慶一自身も彼らと何ら変わらないのだと、気が付いた。

これまで慶一も、優等生の手本のように生きてきた。将来は、高給取りのサラリーマンになって、30歳くらいで結婚する。そんな、“普通”の人生を歩むものだと思っていた。

「俺は、こんなにつまらない人生を歩むのか…?」


大失恋が、彼にもたらしたものとは?


酸っぱいブドウ


この一件以来、彼は、大企業への就職や官僚など、多くの東大生と同じ道を歩むことに抵抗を感じるようになった。

だからと言って、すぐにレールから外れたいと思いきれるほどの勇気もなくて、なんとなく心の中にモヤモヤが残り続けた。

大学院に進学した慶一は、化学の研究に没頭していた。その努力が功を奏し、彼は化学関係の特許を取得している。

今の会社の上司と出会ったのはその頃だ。小さな会社だが、慶一にとって、その業務内容はとても魅力的だった。

海外から化学薬品を買い付け、日本の研究機関に提案し、研究内容のアドバイスまで踏み込める仕事だ。金額が小さいために大企業が輸入しない試薬を取り扱っていることにも惹かれた。

大企業では扱わない試薬こそ、重要な役割を果たすことがある。自分自身も試薬探しに苦労した経験も踏まえ、この会社に携わりたいと本心で思った。

しかし、この会社に惹かれた本当の理由。それは、大手一流企業に入るのが勝ち組だと信じている直樹のような友人や元彼女への、反骨精神によるものだったのかもしれない。




慶一が両親に就職の相談をすると、案の定猛反対された。聞いたこともない名前の、社員数5名ぽっちの企業だと聞いて、顔を真っ青にした。

「慶一、何も就活が始まる前から諦めることはないじゃないか。お前なら必ず大企業への内定を取れるぞ。失敗を恐れずに自信を持ちなさい」

親に何と言われようと、自分の意志を貫く気でいたが、この父親の言葉に、慶一はふと立ち止まった。

そうか、小さな企業に行くと言うと、人は「諦めた」「自信がなかった」「失敗した」と決めつけるのかー。

きっと、元彼女や直樹も同じだろう。それだけはしゃくだと思った。

「ならば、ありとあらゆる内定を取ってやる。その上で、自分の行きたい道を主張するんだ」

そう、慶一は決心した。

イソップ童話に、“酸っぱいブドウ”の話がある。キツネが、木に実ったブドウを見つけ、食べたくて何度もジャンプするが届かず、「あのブドウは酸っぱくてまずいんだ」と決めつけ、自分を正当化する話。

酸っぱいブドウを食べた上で、酸っぱかったというのと、食べもしないで酸っぱいと決めつけるのは、訳が違う。はっきり言って、後者は負け犬の遠吠えだ。

「あらゆる内定を取って、それでも自分は大企業を選ばない。そう言うために、内定を取る必要があったんです」

こんな経緯で、慶一は難関企業や大企業、官僚の受験を決めた。

ペーパー試験には問題のなかった慶一だが、面接は入念に準備をした。

彼が見せてくれたのは、“虎の巻”。過去10年分の面接内容や、合格者のエントリーシートの解説がびっしりと記載された分厚いファイルだ。東大のOBOGによって作成されたものらしい。

慶一は、この虎の巻に肉付けし、面接練習を徹底的に行った。自分の練習姿を録音、録画して確認したり、フィードバックも怠らなかった。

必死の努力の甲斐あって、慶一は見事、あらゆる企業の内定をゲットしたのである。

レールから外れることには、恐怖もあった。自分はこれで良かったのだろうかと思うこともある。

しかし今となっては、大企業に行った友人達は、激しい出世争いと戦っているし、外資系に行った友人は、露骨な評価と報酬格差を嘆いている。

「結局、皆、迷って苦しんでいる。安全な道やレールなんか、この世に一つもないのかもしれません」

そう言って、慶一は笑う。

今日も学生達は、一流企業の内定さえ獲れれば人生一丁あがりだと信じ、目の色を変えて椅子を奪い合っている。

しかし、その椅子を放棄した慶一の笑顔が、これまで会ったどの就活生よりも、充実感に満たされているように見えたのだった。

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内定もらいに、ボストンまでひとっ飛び!?