キャリアで成功を収め、金も名誉も手に入れられたなら-。

都会には、そんな野心に溢れる男たちが溢れている。

一方で、これまでのらりくらりと平凡な人生を歩んできた大阪男・藤森勇人。

そんな彼が直面したのは、野心が無ければ人は何も手に入れることができないという現実だった。

大阪という、広いようで狭い世界の中で、転居と転職を繰り返し、次第に高みを目指していく勇人。その先で出会う様々な女たちに翻弄されながら、勇人は、どこにたどり着くのか?




俺の第1の人生は、あんまりだった。簡単に言うと就活に失敗したのだ。

いや、はじめは、失敗したことにすら気が付いていなかった。

俺、藤森勇人は、正直それまでの人生で、大した苦労をしたことがなかった。

社会人になるまで、梅田に近くファミリー層から人気のある吹田で育ち、関関同立の一つ・関西学院大学を卒業した。

顔は中の上くらいだけど、面白さやトークにはかなりの自信があったし、彼女に事欠いたことは高校以来一度もない。

そんな俺が、人生における大きな過ちを自覚したのは、忘れもしない、社会人になってまだ3週間目のことだったー。



「勇人さんは、お仕事何してるんですか〜?」

4月3週目・金曜夜。今日は、ミナミのお店で、社会人になって初めての食事会だ。

入社したばかりの会社では、人事研修や現場のローテーション研修が終わり、いよいよ営業のOJTに差し掛かったところだ。

毎日気合を入れて研修に取り組んでいたが、今日ばかりは朝から、俺はソワソワして落ち着かなかった。今夜に向けて、気合いは十分だ。

4対4の食事会の男メンバーは、大学時代からのいつもの仲間。

学生時代もこの4人でよく食事会に出かけては、ブイブイ言わせていた。顔担当、スポーツ担当、優しそう担当の3人を尻目に、一番モテていたのは、”面白い”担当の俺。

今日は女の子がみんな可愛く、たまたま隣に座ったナナコちゃんは特にお気に入りだ。

ストレートなロングヘアに、大きな目が特徴の女子大生で、聞くと大阪生まれで大阪育ち。ミナミが近く、よく遊びに来ているそう。強気で明るくグイグイな感じがいいなと思っていた。ミニスカートからすらりとのびる足にも思わず目が行く。

「機械メーカーで、営業やってるねん。」

社会人になって初の食事会。お仕事何しているの?という人生初の質問に、社会人の一歩をついに踏み出した気がして、俺は胸をはってそう答えた。

そういえば、就活のときも、楽勝だった。

そこそこ名前の通っている大阪の機械系メーカーの営業職に、苦労せず内定が出たのだ。ここでも面接官の笑いを誘ったことが決め手となった。

そして、学生の貴重な残り時間を遊びに使うため、内定が出て早々に就活を辞めたのだ。

しかし、そんな自信満々な俺にとって、ナナコちゃんの反応は想定外だった。


メーカー営業男子が受けた、社会人の洗礼


「機械メーカー?私、機械わかんない〜」

あまりにも食いつきが悪いのだ。

「ほら、あの会社なんだけど…」

「あー、なんか聞いたことある気はするけど」

会社名を口にしてみても、反応はすこぶる悪かった。

それならば、一人暮らしの話はどうだ?俺は、意気揚々に一人暮らしを始めたばかりの天満の話をしてみる。

ところが、ナナコちゃんはこう言った。

「天満〜?なんかあのガチャガチャしたところやろ?」

冷たく一蹴されて、俺たちの会話は終わった。(今でこそ天満は女子会特集にも取り上げられて盛り上がっているが、確かに当時は下町感がまだまだあった。)

就活の面白エピソードや、社会人最初の失敗話。天満の美味しい隠れ家の話でも、大学時代の話でも何でもいい。

引き出しはいくらでもあるのだが、引き出しに手を掛けると同時にナナコちゃんにピシャリと閉められる。

―俺の引き出しって、社会人だと通用しぃひんのか…?

学生の頃は、持ち前のトークで盛り上げられない食事会なんてなかったのに。

不安と動揺で話が途切れはじめ、会話の糸口を掴めないまま、ナナコちゃんの興味は、徐々に他の男の話に移っていった。

気が付けば、目の前の大学時代の仲間、スポーツ担当の圭祐の話に女子たちが食いついている。

圭祐は、学生時代の食事会では、熱血でむさくるしそうだと女たちから興味を持たれないことがほとんどだったのに、なぜ。




圭祐は、「商社マンは〜」と大して面白くもない自慢話を披露している。

俺は、ぼんやりとその声に耳を傾けながら、心の中では苦笑していた。

ーあいかわらず、おもろない男やな…。

今日の男メンバーのうち、俺を含めた3 人はテニスサークルのメンバーだ。圭祐だけは例外で、体育会ラクロス部に所属していた。

圭祐は、男ばかりのむさくるしい空間で4年間を過ごしたからだろうか、女の子を笑わせるという技術にイマイチ欠ける。筋肉ばかり発達して、肝心の笑いのセンスはどこかに置いてきてしまったようだ。

大阪人のくせに面白くない男なんて、大阪の恥だ。

そうせせら笑っていると、耳をつんざく甲高い叫び声が聞こえた。

「圭祐さん、すご〜い!商社マンの鏡やん!」

ナナコちゃんの、俺への態度との違いに、俺は愕然とした。圭祐を取り巻く女たちの黄色い声が、頭にガンガン響いて目眩がする。

―商社マンか…。

体育会という枠で、商社の内定を手に入れた圭祐の完全勝利だった。

そこそこ知られた機械メーカーの営業なんて、泥臭いだけで、女の子からしたら何の価値もないのだ。このときはじめて、就活をないがしろにしたことを、とてつもなく後悔した。

おもろいだけで、人生安泰。昨日まで本気でそう信じていたのに。

こうして俺は、社会の洗礼を、新卒4月そうそうに浴びたのであった。


勇人の葛藤。そして彼が心に誓った決意とは?



「あるある!商社のヤツらだろ?アイツら、めっちゃ偉そうやからなあ」

翌日の昼休憩で、先輩に昨晩の出来事を愚痴ると、先輩たちは半ば諦めた顔つきで頷いた。

「悔しくないんっすか?」

俺は納得がいかずに尋ねるが、先輩たちは揃いも揃って、首を傾げるのである。

「まぁ、昔は悔しかったけど…。もう慣れたというか…」
「なんやかんや、ここまで来たしなぁ…」
「嫁が転職、許してくれへんねん。ここも給料はいいし…」

-なんてネガティブなんだ…。

しかし俺は、諦めきれない。社会人早々、出鼻をくじかれまくったが、このまま先輩のように人生を進むのだけはごめんだ。なにか、一発逆転できる方法はないものだろうか?

そんなことばかりを悶々と考えていた。




一方で、プライベートの方も、順調とは言い難かった。

今日はナナコちゃんと、2人で食事。俺が彼女を気に入っている事もあったが、商社マン圭祐に負けたくなかったという理由も大きい。何度か誘い、ようやく2人での食事にこぎつけたのだ。

社会人らしく和食のお店をと『魚匠 銀平』を予約したが、ここでも圭祐を意識しない訳ではない。

あいつはどんなお店に女の子を連れて行っているのだろうか?そんなことが気になってモヤモヤする。

ナナコちゃんは今日も綺麗だ。ツヤツヤでストレートのロングヘア―は何度見てもうっとりする。

サックサクの天ぷらに舌鼓を打ちつつ、俺はナナコちゃんをどうにかして笑わせようと、必死になっていた。

「このキスの天ぷら、めっちゃ美味しいなぁ。今釣ってきたんかなぁ?」

しかし彼女は、俺の話には耳も傾けず、遠くを見つめながらため息をはく。

「圭祐さん、お仕事が忙しいみたいで…さすが商社マンやわぁ…」

ここでも商社マンの持ち上げが甚だしい。

どうやら、圭祐とメッセージのやり取りはしているものの、2人での食事にはまだ行っていないらしい。

だが残念なことに、俺は圭祐とはアレからも食事会で何度か顔を合わせている。「脈が無いんじゃない?」という言葉は、ぐっと飲みこんだ。

―圭祐が本気にならない女の子に夢中になってる俺って…。

何だか自分の思考が、圭祐への嫉妬でいっぱいになっている事に気付きつつ、このドロッとした感情を追い払うことができなかった。



それからさんざん悩み抜いて俺が出した答え、それは転職だった。

3年間は転職してはいけない、なんてまことしやかな噂があるが、その反面3年間は第2新卒という扱いがあるという。

限られた第2新卒枠を掴むためには、今の仕事で成果を出そう。職務経歴書に書ける実績を作る為に、とにかく仕事をしまくるのだ。

そして、俺は心に誓った。

-転職して、商社マンになってやる。

▶NEXT:3月14日火曜更新予定
第2の人生、中途入社の洗礼。泥沼商社マンの戦い。