イギリスの国営放送局であるBBCは、いまもなお仮想現実(VR)の研究・実験に熱心に取り組んでいる。

BBCは2017年11月、ニュース、ファクチュアル、ヒストリー、アート、そしてカルチャーなど、さまざまな部門と協働する5〜10人のVRプロデューサーを集め、チームを結成した。それ以前は、VRや360度動画に関する作品のほとんどはBBCの研究開発部門が手がけたものであり、その作品はタスター(Taster)を通じて公開・展示されていた。

BBCは現在、アフリカ地域の特派員のアラステア・ライトヘッド氏とともに、ナイル川をめぐる情勢を特集した「ダミング・ザ・ナイル」(Damming the Nile)という2編構成のドキュメンタリーの公開を準備中だ。2017年12月、ニュース部門のチームが2週間半をかけて4人体制で撮影を行った。BBCはまた、イギリス国内での女性の参政権を祝うためのVR作品も近日公開予定だ。

「これまでとは異なるモデル」



「これは、これまでのBBCで行われてきた取り組みとは異なるモデルだ」と、BBCのVR部門のトップを努めるジラー・ワトソン氏は語る。「ストーリーを伝えるにあたって新しい媒体を活用するためには、編集とクリエイティブはテクノロジーと切り離して考えてはいけないということがわかってきた。これまでテクノロジーとクリエィティブは別モノだったが、我々は多くの専門分野にまたがるチームであり、全員にそれぞれの分野をつなげる役目がある」。

VRの探求を続けて2年目に入ったBBCは、オーディエンスがVRにどのように反応するかという定性分析を行なった。「明らかになったことは、テレビよりも品質の高いものをヘッドセットを通じて提供できるならば、VRの研究を続ける価値はあるということだ」と、ワトソン氏は語る。

この分析結果では、VRコンテンツを見つけることの難しさや、まだデバイスを持っている人が少なくコンテンツも乏しい、といった既知の問題点が明確に示された。2017年6月のPwCの予測では、2021年までにイギリスで1600万台のヘッドセットが流通し、そのうちのおよそ1200万台を、サムソン(Samsung)の「Gear VR」やGoogleの「Cardboard」などのスマートフォンを使ったポータブルなVR機器が占める見込みだ。

「評価基準はリーチではない」



ソニーのVR体験を制作したエージェンシー、ラルフ(Ralph)でクリエィティブディレクターを務めるクリス・スタック氏によると、ブランドのVR体験の制作コストはおよそ50万ポンドから75万ポンド(7500万から1億1200億円)ほどだという。VRコンテンツにはこれまでのテレビよりも豊かな体験を提供できることが求められるが、いまではパブリッシャーは、それに費やした金銭と労力に見合う価値があるかどうかの見極めができるようになってきている。

「成功の評価基準はオーディエンスへのリーチではない。なぜなら、現在はまだ配信の問題に制約を受けているからだ」と、デジタルとテクノロジー部門のディレクターを務めるジェームズ・モンゴメリー氏は語る。「だがBBCは、進化を続ける動画の技術を取り入れて、この先の方向性を見定めようとしている。これはつまり、進化を遂げられるように、長期的な視点で能力開発を続けていくということだ。我々はVRの研究に時間を使っているが、そのことでこのプラットフォームの進化を促せることを期待している」。

Googleやサムソンなどのテック系企業は、VRコンテンツを作るためにガーディアン(Guardian)やニューヨーク・タイムズ(New York Times)などのメディア企業に出資している。だが、政府の助成金には期限がある。BBCの民間部門であるBBCワールドワイド(BBC Worldwide)の運営は、ライセンス料よりも広告で成り立っているため、ブランドと協働してVRコンテンツへの共同出資を行える機会はあるが、敷居を越えるためには、見込めるオーディエンスがまだ少なすぎる。

PwCの同予測によると、イギリスでのVRの市場規模は2021年までには76%増大して8億100万ポンド(約1195億円)に達する見込みで、VR市場としてはヨーロッパ・中東・アフリカ全土で最速で成長率となり、規模も最大となるという。

「時代を逆戻りした感覚」



VRカメラや録画装置が急速に進化している一方で、ポストプロダクションではいまだ困難な障壁があり、パブリッシャーは膨大なファイル容量や、VRコンテンツが効果を発揮するにはパワー不足なソフトウェアに四苦八苦している状態だ。カギとなっているのは、最終的な作品をどのようなものにしたいのか、という明確なビジョンを持つことだ。

「我々は、動画編集は素早くできて操作も簡単だということに慣れきってしまっている」と、ワトソン氏は語る。「すべての工程に時間がかかるし、スキルの再習得も必要だ。面倒で制約の多かった時代に逆戻りしたような感覚だ」。

Lucinda Southern(原文 / 訳:Conyac)