松下幸之助氏

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 「経営の神様」として各界の尊敬を集めたパナソニック創業者の松下幸之助翁。謦咳(けいがい)に接する機会はなく、先輩が入院中の病室で取材したなどの逸話を聞くのみだ。

 それでも担当記者時代、ゆかりの場所を見学する機会があった。南禅寺(京都市左京区)にほど近い別荘で、今は迎賓施設の「松下真々庵(しんしんあん)」。生前の幸之助は、ここで思索にふけったとされる。静かな庭を眺めながら感性を磨いていたのかもしれない。

 8代目社長として現在のパナソニックを率いる津賀一宏氏は、家電メーカーに固執せず、車載機器を中心とするBツーB事業の転換へアクセルを踏む。ただ「物をつくる前に人をつくる」「お客さま大事の心」など幸之助の理念は変えないという。

 日本の電機メーカーは20世紀末から環境の激変と業績悪化に苦しんできた。ようやく最近、増益決算や日立製作所の中西宏明会長の経団連会長内定など、業界から明るいニュースが聞かれるようになった。

 7日に創業100周年を迎えるパナソニック。創業者の思いを未来に伝承する「パナソニックミュージアム」が同日開館し、9日から一般公開する。日本勢の代表の一角として、新たな世紀に幸之助に誇れる実績を上げてもらいたい。

車載機器、新たな柱に成長
 パナソニックは7日、創業100周年を迎えた。2012年3月期に当期損益で7000億円を超える赤字(前年同期は740億円の黒字)に陥り、同社史上最悪の経営危機に瀕(ひん)した。それから約6年。津賀一宏社長はプラズマテレビなど不採算事業のリストラを進め、車載機器という新たな柱を育てた。2月には18年3月期連結業績予想を上方修正し、念願だった「売り上げ増を伴う営業利益の拡大」を射程に捉えた。

 車載電池事業は、主要顧客である米テスラが新車種の立ち上げでつまずくなど、不安要素がないわけではない。ただ、その車載電池もトヨタ自動車との協業を決めるなど、リスク分散が進む。中国やインドなどでは現地企業に対し車載電池や電気自動車(EV)の開発ノウハウの提供を始めるなど、成長市場の足場も固めつつある。

 パナソニック社外取締役の冨山和彦氏は「3―4年前に津賀社長が手を打った改革が形になっている。今後は経営危機を再発させないため、より根本的な体質改善に取り組む段階にある」と指摘する。

 次の100年に向けた体質改善策として最初に挙がるのは、製品単品を売るのでなくシステムやサービスと合わせて提供するソリューションビジネスを車、住宅、家電などの全事業に浸透させることだ。競合に敗れたテレビ事業などと同じ轍(てつ)を踏まないため、製品に陳腐化しにくい価値を加える狙いだ。津賀社長がパナソニックの目指す姿とする「社会に『お役立ち』を提供し続ける会社」にも通じるビジネスモデルだ。

 もう一つは、家電部門などが取り組みを始めたイノベーション創出の活動だ。社外から招いた人材に責任を持たせて、米シリコンバレーの企業やベンチャーファンドなどと連携を始めた。

 パナソニックが得意とするモノづくりの現場は、価値観や考えの似通った人たちが長期間働くことで技術やノウハウを蓄積してきた。しかし、100年の間に身に付いた手堅さや凝り固まった社内ルールは、新しい挑戦の足かせになることもある。

 イノベーション創出の活動を通じて、新しく異質な発想を受け入れやすい体質を社内に根付かせる。これが、さらなる成長のカギになる。
(文=大阪・錦織承平)