重要な情報の8割は「人」から入ってくる

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新規事業では、多くの会社がつまずく。代表的な敗因は、顧客を持っていないため、売り先がないこと。もう一つの要因は、商品やサービスに新しさがないことだ。顧客に求められる商品やサービスを生むには、新鮮な情報が欠かせない。情報収集力こそ、ビジネスパーソンの生命線である。プロパンガス販売からリフォーム、環境ビジネスへと次々に新規事業を成功させているアイ・エス・ガステム会長の石井誠一さんに、新規事業の進め方や情報収集のコツを聞いた。

■人を喜ばせるのが商売だ

両親が一所懸命、どろくさく働いている姿が好きだった。プロパンガス会社だから、トラブルが起きたら、夜中でも対応する。枕元に電話を置いていた。休みは元日だけで、1月2日から仕事を始める。子供のころは、年に一度しか遊んでもらえなかった。

親父は儲けが出たら、事業を広げるために使った。マンションを建てたり、ベンツを買ったりする人もいたが、余計なことは一切しなかった。そして、親父は社員に好かれていた。どこまでも顧客本位で、社員思いの親父を見ていると、「人を喜ばせるのが商売なのだ」と気づかされた。私は生物学者になりたいと思っていたが、結局はそんな親父を喜ばせたくて、家業を継いだ。大学を出て石油会社に勤めていた20代後半、家に戻り、36歳で社長になった。

会社を率いる準備のため、31歳のころだったか、セミナーや研修など、外で勉強することを自ら始めた。親父は、帝王学らしきものを一切教えてくれなかった。お金は出しても、口は出さなかった。教えられたことをやっているだけでは、考える力はつかないから、今では何も教わらなくてよかったと思っている。何もないところから、自分で目標を作り、ゴールに向かうのだから、失敗を繰り返す。いろいろな人に会い、ときにはだまされた。転んで、すりむいて、少しずつビジネスのコツを心得ていくプロセスは、お金では買えないものだった。

■一番の難関は、新規顧客をつかまえること

経営の勉強を始めて、最初に刺激を受けたのがライフサイクル論だった。商品にも企業にも寿命があり、ピークを迎えたら徐々に落ちていく。われわれのようなインフラ系企業は他業界に比べれば寿命が長いはずだ。しかし、将来の安定を考えると、柱となる事業が複数ほしいと考えた。理想を言えば5つくらい。そこで、本業のプロパンガス販売にくわえて、環境ビジネス(飲食店の油脂清掃)と住宅リフォームに相次いで参入した。

何と言っても、新規事業でもっとも難しいのは、新しいお客様をつかまえることだ。時間とコストがかかる。どれだけいい商品や技術があっても、新規顧客の開拓ができず、その間に資金が底をついてしまう会社が多い。その点、われわれはプロパンガス販売で5万軒のお客様を持っていた。リフォームの有力な営業先だ。

ただ、既存顧客だけでは大きなビジネスにならないことがすぐにわかった。リフォームは一生に数回しかしないからだ。商圏を広げるか、他社の顧客を奪うしか、事業を拡大する道はなかった。手ごたえはあったが、私が目を離して停滞してしまった。

そのうち、リフォームのブームが訪れ、新規参入が一気に増えた。今やリフォームビジネスは過当競争に入り、利益が出にくくなっている。われわれは本業が別にあるからまだいいが、リフォーム専業の会社はとくに厳しいだろう。その証拠に、そういった会社から優秀なマネジャーを引き抜けるようになった。引き抜いた人材を所長にして、営業所を徐々に増やしている。リノベ―ションに力を入れるなどして、私が再びリフォーム事業を見るようになったから、売り上げが伸び始めた。

過当競争になって、潰し合うのはごめんだ。無用な競争を避けるために、誰も想像していない、新しいビジネスを始めるつもりだ。

■同業者が、誰も想像しない新ビジネス

かつて、プロパンガス会社は価格競争に巻き込まれることもなく、経営は安定していた。リスクを取ってまで新規事業に乗り出す必要はなかった。同業の社長たちには、セミナーを聞きに行ったり、勉強会に行ったりはして、すぐに実行に移す者などいなかった。しかし、自由化による競争激化と猛烈な省エネルギー化(ガス給湯器のエコ性能は上がり続け、消費量も劇的に減っている)のなかで、もう悠長なことは言っていられない。

このままいけば、われわれも同業他社と争うことになる。行く末は、価格競争だ。勝っても地獄、負けても地獄。悲惨な結末が見えているので、争うことはやめ、同業他社に協力したいと考えている。同業他社が顧客に対していいサービスを行うため、われわれがノウハウを提供し、その対価をいただく。あまりくわしく言えないが、ノウハウとは技術的なことだけでなく、販売や人事まで含まれている。この間、ずいぶんいろいろ試して、作り上げてきた。業界としては、女性社員の比率が極めて高いのも、その一環だ。

私は激しい環境変化を予測し、備えてきた。同業他社に先んじて、失敗も成功も、数多く経験している。転んで、すりむいて、もがきながら、立ち上がってきた。同業他社がわれわれに追い付くには、相当な時間がかかるだろう。

商売の本質は「時間」を売ることだ。はやく湯を沸かし、はやく部屋を暖める手段としてガスを売っているのも、逆に、他社から幹部社員を引き抜いて社員を育てる時間を買っているのも、同じ理屈だ。だから、同業他社がわれわれのノウハウを買うのもまた自然だ。

■われわれは「信用」を買ってもらっている

プロパンガス会社には、大きな可能性がある。最大の資産はこれまでに培った「信用」だ。「こんにちは」と訪ねれば、家の中に入れてもらえる。これが他業種の経営者からうらやましがられる特権だ。長年、顧客と付き合ってきた実績があり、顧客のことをよくわかっている。顔も見えている。逆に顔も知られているから変なことはできないというプライドもある。

「アイエスさんのことを信頼しているから、キッチン全部変えてくれない?」とか「お風呂をリフォームしたいんだけど、アイエスさんがやってよ」というリクエストを昔からいただいていた。同業他社も同じだ。

こんなことをよく考える。なぜ、私たちは普段よく行く店でモノを買うのか。洋服であれば、どこで買っても一定水準の機能があるのに。結局、人はその店が好きだから、買うのではないか。最終的には、好き嫌いで選ぶのではないか。店にとっては、好かれるか嫌われるかが、それが最大のポイントになるのではないか。言い換えれば、「信用」があるかないかだ。人は、安心できる人や企業からしかモノやサービスを買わない。この点は、前述の新しいビジネスを考えるうえでも重要な点だ

31歳から勉強を始めて27年間。その集大成が、この新しいビジネスモデルになるかもしれない。これまで、座学もたっぷりやったが、それだけでは不十分だった。ビジネスには、生の情報が欠かせないからだ。

■有用な情報は、人を通じて入ってくるもの

新規事業だけでなく、ビジネスで優位に立つには情報が欠かせない。新聞やテレビニュースも役に立つが、経営者同士のネットワークが最も有用だ。さまざまな業界のトップとつながっておきたい。まだ表に出ていない情報が、先に入ってくるからだ。「石井さん、これ、あなたに役立つと思うよ」と連絡をくれる。

あとは専門家に会うことだ。役人にしろ、研究者にしろ、上までいく方はもれなく面倒見がよく、丁寧で、偉ぶったりせず、広い人脈をお持ちだ。「石井さんは、この人に会うべきだ」と言っては、キーマンを惜しみなく紹介してくださる。

もちろん、こうした「与えられる状況」がすぐにできたわけではない。私は自分から与えることをずっと意識してきた。「死ぬまでに、何かの形で返ってくればいいや」くらいの気持ちで、ギブ&ギブの精神でやってきた。その結果、想像よりずっと早く、いろいろなものを返してもらえるようになった。私のために何かをしてくださる人には、感謝の気持ちしかない。

ただ、情報が入りすぎるのはよくない。危険なのはネットで調べすぎることだ。私は「縁」を最優先している。強く求めていれば、情報は「縁」を通じて入ってくるものだ。私の情報源は、「人」が8、それ以外はネットを含めて2くらいだ。

最後に、私が経営者として大切にしていることを述べたい。

■経営者として、大切にしていること

私が理想とする経営者としての生き方は、「独立不羈」(どくりつふき)である。ほかの何にも影響されず、自ら考えて行動すること。これに尽きる。多くの経営者を見てきたが、独立心があり、自分で人生を切り開いた人だけが大きな成功をしている。「自分にできないことなどない」という気概が必要だ。社員には「私にできないのは、時間を戻すことと亡くなった人を生き返られることだけだ」と宣言しているほどだ。

そして、経営者にとっての生命線は「情熱の継続」だと思う。私に促されて事業承継を決めた親父に、当時の公認会計士がこう言った。

「会社を譲るということは、後継者が会社を潰そうが、成長させようがすべてを任せるということです。その覚悟はありますか」

親父が覚悟を決めて経営権を渡したのは、私の能力を認めたからではない。私の会社に対する情熱が、親父のそれを超えたと悟ったからだ。代表権は、私一本でスタートした。

社長になって以降、会社では、何をやっても私が一番だった。でも、今は違う。それぞれの分野で私より優れた社員が出てきた。私が誰にも負けないのは、情熱だけになった。私を越える情熱を持った人間が出てきたら、それが次の経営者だろう。

■会社は祭りのようなものだ

最近では、会社は祭りのようなものだと思い始めた。祭りにはいろいろな人が関わる。みこしの上で跳ねる人だけでなく、担ぐ人、作る人も必要だ。露店を営む人、片づけをする人など、すべてがそろって、やっと祭りになる。何か一つかけても、祭りにならない。中小企業は人材が豊富なわけではない。そのなかで、どうやって祭りをうまく作り上げるか。盛り上げるか。適材適所をいつも考えている。

もし、私が目標半ばで交代したとしても、後継者がその目標を引き継ぎ、いつか最高の祭りを開いてくれる。そう考えると、会社というのは、とても素敵なものだ。

(アイ・エス・ガステム 会長 石井 誠一 構成=荒川 龍 撮影=小川 聡)