好相性の安倍首相とトランプ大統領だが、貿易戦略いかんでは、日米間の緊張が高まる可能性も(写真:Jonathan Ernst/ロイター)

日本と米国は今週、劇的に二分した。長期的な同盟関係にある日米だが、その関係における隔たりが1970年代初期のニクソンショック以来最も明確に広がったのだ。米国が貿易戦争へと突き進み、鉄鋼とアルミニウムに厳しい関税を課す準備を進める中、日本は新たな多国間貿易協定である環太平洋経済連携協定(TPP)の署名を行うべく、チリで11カ国の代表を集めた。

日本に市場開放を迫ることに生涯を費やし、自由貿易を擁護してきた米国の貿易専門家たちにとって、この役割の逆転は奥深い皮肉といったところだろう。

新たな役割を担っている日本

「過去1年間の日本の経済外交には大変驚き、感心している」と、元国務省高官で、現在は戦略国際問題研究所の国際経済政策主任を務めるマシュー・グッドマン氏は語る。

「35年前、最初に日本に来た時に『日本がいつか貿易をリードし、米国はその後ろからついていくことになるだろう』と言われたならば、地元の居酒屋で時間を費やしすぎなんじゃないですか、と言っていたに違いない」

TPP交渉を主導する日本の政府関係者は、この新たな役割を受け入れている。「端的に言えば日本の役割は、米国が目を覚まし従来の米国の貿易方針に立ち返るまでの間、第二次大戦後に築かれた、ルールベースの多国間自由貿易制度を維持し発展させることだ」と、TPP首席交渉官の梅本和義氏は話す。

日本にとってTPPにはもう1つ重要な役割がある。中国が閉鎖的な市場と、技術や知的財産の盗用に基づく重商主義的な貿易制度を作ろうとしている中、これに対抗するための戦略的な武器でもあるのだ。梅本氏は、「この協定は中国の捕食者的な貿易政策に対抗できる最善の方法となるだろう」と主張する。

一方、日米の貿易戦略の隔たりが大きくなる中、多くの専門家はこれが今後どこへ向かっていくのか頭を悩ませている。今後、日本と米国は貿易戦争に突入することになるのか、あるいは、ドナルド・トランプ大統領が再び舵を切り、TPPへの再加盟を決めるのか――。

「貿易の自由化におけるリーダーの役割を米国が放棄したことと、トランプ政権が多国間貿易制度に敵意を抱いていることを考えると、私たち皆が新たな領域に踏み込んだことになる」と、日本の対外経済政策の専門家で、首都ワシントンにあるブルッキングス研究所シニア・フェローであるミレヤ・ソリス氏は指摘する。

「TPPを救い、EUとの自由貿易協定をまとめ上げることにより、日本は超大規模の貿易協定を達成した。そしてその意味は、交渉開始当時とは大きく異なったものになったのだ」

米国と中国への対抗手段を打つ日本

TPPとEU協定はどちらも、米国の保護主義と中国の重商主義的なやり方への対抗手段だとソリス氏は語る。「どちらも開かれた市場と、関税撤廃の行使に賛成の立場をとり、ルールを成文化したもの。世界の二大経済の方向性に対し深刻な懸念が出ている今、この立場をとることは意義がある」。

だが、米国では最近これとは異なった声が聞かれる。その中には、トランプ政権にしっかりと根付いている考え方もある。「1980年代に帰れ」――。トランプ大統領は、貿易については一貫してこの考え方を抱いてきた。「今は経済ナショナリストが、ホワイトハウスを支配している」とソリス氏は言う。

「米国は一国主義を選んだ。これは明らかに保護主義だ」と、トランプ政権のピーター・ナヴァロ通商製造業政策局長。同氏は、大統領の後ろ盾を得られたと確信し、現在は公に自らの戦略を推し進めている。

「トランプ政権は、米国製品や労働者に不利で不公平な貿易および貿易協定とみなすものを攻撃する、と言い続けているが、これは本気だ」と、元通商交渉官で自由貿易政策を批判するクライド・プレストウィッツ氏は言う。「今後は、(トランプ政権が)貿易において間違っていると見なすものを正そうとする方向に進むのではないだろうか」。

日本に関しても著書が多いプレストウィッツ氏は、こうした中で、新たに自由貿易におけるリーダーシップをとろうとしている日本については楽観的な見方はしていない。

日本が新たな国際秩序で覇者になれるか

「国際貿易政策において日本が主導的役割を果たすとは思わない」と、プレストウィッツ氏。安倍晋三首相がTPPを受け入れた主な理由は、これを日本の農業を改革するため、また中国に対抗するための手段として利用したいと考えたからだ、と同氏は見ている。

「日本経済は、大部分が輸出によって再び成長しています。日本の経済は昔よりはるかに開かれたものになっているが、それでもまだ米英がいうところの開放経済ではない。なので、私には日本がいわゆる『自由主義的な世界秩序』の重要な勝者になれるとは思えない」

トランプ大統領が政権についてから最初の数時間でTPPの撤退を決めたことの衝撃を受け、TPPを生き残らせようとした安倍政権の決意は、米国が最終的に協定に戻ることをある程度期待してのことだった。協定の新バージョンには、主に米国が求めていた知的財産権および投資ルールの保護に関する旧契約の重要な部分が明確に残されている。

米国に協定に戻るインセンティブを与えるとともに、米国がTPP11の「フリーライダー」となる、つまりTPPに参加せずに協定の利益を得ることを防ごうとする措置である。

今年1月ダボスで開かれた「世界経済フォーラム」の演説で、トランプ大統領が「よりよい条件で交渉できるなら、TPPに加盟できるかもしれない」という趣旨の発言を突然した時には、日本の計算が正当化されるのでは、という兆しもあった。

この発言には、大統領顧問でさえ驚いたが、最近の鉄鋼・アルミニウム輸入関税への動きではっきりしたように、トランプ政権の貿易政策において1つだけ確かなものは、混沌だ。著者が話を聞いた専門家の全員が、米国がTPPに再加盟する動きは今や大変難しくなっている、と考えている。

今の米政権と交渉したい国などない

「トランプ政権のTPP11に関する予備交渉は決して説得性のあるものではなかった」と、ソリス氏は話す。

「トランプ政権は、米国にとって『よりよい条件』を要求しているのだが、貿易協定によって商品の貿易赤字を減らそうという試みを優先させる見当違いなやり方、さらに既存や交渉済みの貿易協定を使い捨てのように扱うやり方を考えると、こんな政権と交渉したいという国がどこにあるだろうか。おそらくないだろう」

日本の政府関係者もこの見方に同意する。「トランプ政権からTPPに対する真剣さは感じ取れない」と、梅本氏。「米国がTPPに変更を加えようとした場合、それは事実上非常に困難で時間がかかる交渉となるだろう。そのような交渉に臨みたいと考える国はないと言っていい」。

「トランプ政権が、TPPに真剣に再加盟しようとする可能性は低い」と、プレストウィッツ氏も同意する。「現在、農業関係者は積極的に働きかけている。日本市場では、オーストラリアやカナダにシェアを奪われつつある、と感じているからだ。

しかし、米自動車大手のフォードやクライスラー、UAW(全米自動車労働者組合)は最初からTPPなど望んでいなかった、ということを忘れてはいけない。輸入車、特に日本製トラックに対する関税を引き下げることになるからだ。米国の農産物輸出による利益は、日本から米国への自動車輸入の潜在的な増加の価値にはるかに及ばない。米国のほかの産業も、TPPがベトナムを本質的にもう一つの中国へと変えてしまうのではと恐れている。ベトナムから米国への輸出が爆発的に増えるのでは、と」

プレストウィッツ氏はさらにこう指摘する。「トランプ大統領がTPP再加盟に向けた交渉を真剣に考えていると見えれば、こうした反対派が再び表面化してくるだろう。ただ、トランプ大統領が何を考えているかわかる人はいない。本人すらわかっていないかもしれないのだから」。

トランプ大統領の心がどう動くのか誰もわからないのであれば、日本政府も当然心配になるはずだ。今のところ日本は、米国との貿易における黒字についてバッシングを受けていない。その理由の1つはトランプ大統領が安倍首相を好いているからであり、もう1つは北朝鮮や中国との関係における日本の地政学的な役割がある。

日米の緊張感が再び高まる可能性は?

「しかし、日本は注目されている」と、ソリス氏は警告する。その兆候は日本における自動車に対する非関税障壁を批判した最近の報告書にも見られる。日本はすでに米国のTPPからの撤退により損害を被ってきた。

鉄鋼類に課そうと検討されているような関税のたぐいは、日本にもさらなる影響を与えることになるのだ。北米自由貿易協定(NAFTA)の交渉が失敗すれば、同協定に基づいてメキシコとカナダに工場を設立した日本の企業に多大な影響を及ぼすだろう。

いずれにせよ、日本が戦火に巻き込まれることは避けられなさそうだ。ただ今後、貿易戦争が拡大しても、同盟が終結することは考え難い。安全保障の側面は依然として最重要かつ強いものだからだ。加えて安倍首相は、日本に対する安全保障上の脅威を強調するトランプ政権に絶大な信頼を寄せている。

ただし、貿易戦争は安倍-トランプ関係を緊張させることになり、安倍首相がトランプ大統領の「お気に入り」であり続けることは難しくなるかもしれない。

安倍首相が自分にとって「いいお友だち」ではなくなったとトランプ大統領が考えた場合、1980年代の緊張の時代に戻ってしまう可能性も出てくる。1つ1980年代と決定的に違うのは、役割が「逆転」していることだ。これが世界貿易においてどういう影響を及ぼすのかは、未知数ではあるが。