高学歴・高収入・男性に引けを取らない仕事への情熱。

都内の高級エリアに住み、欲しいものは何でも自分で買うことが出来、食事は本当に美味しいものしか食べたくない。

にゃんにゃんOLのように自分の生活を誰かに変えてもらおうと、必死で結婚相手を探す必要もない。

そんな無敵のような女に訪れた苦難。あなたは、どう感じるだろうか?

上司から突然のNYへの赴任辞令を言い渡された可奈子。

夫の清とは、日本とNYの遠距離での別居婚となったが、毎日の電話は欠かさず、ふた月に一度はどちらかが会いに行く生活を続け、充実した結婚生活を送っている。NYでは上司や同僚にも恵まれ、仕事と子供へ前向きに向き合おうと思った矢先に生理がだいぶ遅れていることに気づく。




1週間以上も生理が遅れるなんて初めてだった。

可奈子は、急に奈落の底に落とされたように、辺り一面真っ暗になった気がした。

何をしていてもそわそわして落ち着かない。

―本当に子供が出来てたらどうしよう? 会社にはいつ報告すればいいの?

出産後のことを考えるとNYの方が、ナニーもヘルパーも気軽に頼めて体制が整っている気がする。きっと親に頼んだら数ヶ月はこっちに滞在してくれるだろう。

だが、清のいない場所で出産するのは気が進まない。

もし選択肢が与えられるのであれば、日本で出産をさせて貰いたいと可奈子は考えている。

リアルに出産や出産直後のことを考えると、これまでは“大丈夫”と思っていたことが急に不安になってくる。

「だから俺がわざわざ忠告してあげたのに」とドヤ顔で言ってくる西島の顔が頭に浮かんだ。

薄々想像していたことではあったが、いざ直面するとまさにパニックというしかない状況になり、可奈子は泣きそうになりながら母親に電話することにした。


妊娠パニック、その後…


「もしかしたら私、妊娠したかもしれない…」

悲壮感を漂わせながらそう告げたが、母からの返事は「あら、よかったじゃない」と随分とあっさりしたものだった。

「これからどうしたらいいのか不安で…」

そう言うと母は驚いたようで、無駄なことまで不安がるのはやめて、今一番体にとって大事なことを考えましょう、と一旦電話を切るとすぐさま病院に連絡を取ってくれた。

そして、聖路加病院だったら、NYの病院からの紹介状を用意して20週目までに予約すればいいそうよ、とテキパキと教えてくれた。

母と具体的なことを色々と話したら、可奈子も徐々に、きっとなんとかなると前向きな気持ちになってきた。

不思議なもので、自分のお腹の中に子供がいるかもしれないと考えただけで、この子を守れるのは私だけ、という母性がむくむくと湧いてくる。

今までは友達の子供を見ても、ピクリとも心が動かなかった可奈子だったが、ふとインスタやFacebookで友達が子供のお食い初めの写真をアップしていたことを思い出して、見てみたりもした。

ーもうすぐ私も、これをするのかな。

そんなことを想像しては、自然と顔がほころぶほどだった。そして翌朝起きても、お花畑状態は続いていた。

いつも通りにコーヒーを淹れようとしたが、ハッと思い「飲まない方がいいかな」と呟いては、一人で頬を緩めた。

夜、いつものテレビ電話で清に「妊娠したかも」と報告すると、清はすごく嬉しそうな顔をした。

そして電話を繋げたまま、可奈子は昼間買っておいた妊娠検査薬を清に見せて「今から検査してくるね」と満面の笑みで伝える。

妊娠判明の瞬間は、清と一緒に迎えたかった。

清は泣いてしまうかもしれないな、なんて思いながら、可奈子はお手洗いに入った。

しかし、待つ間もないほどのスピードで結果が出た。陰性だった。




可奈子は怒りで思わず箱を床に投げつける。

―最近の妊娠検査薬は、ドキドキする間すら与えないわけ!?

こんなにすぐに分かるなんて間違ってるんじゃないの?とも思ったが、妊娠していなかったと認めるしかない。こんなに早合点で大騒ぎしたのが恥ずかしくなり、清に報告するのが恐怖に近かった。

可奈子が重たい気持ちでスマホの前に戻ると、そんな可奈子を見て、清は一瞬で表情を変えた。

「…出来てなかったんだね?」

「…うん。がっかりさせちゃって、ごめん…」

「気にしないで大丈夫だよ。また二人で頑張ろうよ。」

「…うん。…もし、このまま出来なかったら、どうしよう?」

普段はあまり考えないような、悲観的な思いが急に膨らみ、つい口からこぼれでた。

「可奈子と結婚を決めた時から、二人ともいい年だしそんな可能性があることも覚悟してるから大丈夫だよ。それでも、可奈子とだったら楽しくやっていけると思ったから結婚したんだ。

きっと子供がいる生活も僕らだったら楽しいに違いないから、出来るところまで頑張ってみようよ。」

清はいつも寛大だ。それに引き換え自分が余りにも母親になることに無知過ぎて、可奈子は自分のことながら呆れてしまう。

気がつけば周りにいる友達は、可奈子と同じくキャリアを追い求めて仕事に邁進するような女だけだった。

ここ数年は、子供を産んだ友人とは生活軸が変わってきて、一緒に過ごすのはいつも可奈子と同じように仕事のことで頭がいっぱいの友人だけ。女同士の会話も、自然と仕事が中心になっていた。

思えば、これまで避けるかのように出産の話をしてこなかっただけなのかもしれない。

それでなくても東京では生きているだけで、家族や職場からタイムリミットを突きつけられているのに、女同士でいる時まで傷口に塩を塗り合うような真似はしたくないのだ。

その結果、仕事のスキルばかりが磨かれて一人で生きていく力だけは人並み以上だが、家族を作る準備は全く出来ていない女になっていたのだった。


子作りにさらに邁進するかと思いきや、新たな辞令が…!?


可奈子はこれまでずっと、子供を産むことで今の人生を失うことに不安を感じていた。

それなのに気がつけば、人生を楽しんでいる今を、将来自分は後悔するかもしれないという不安に襲われていた。

先日、NYで知り合った女友達に言われたことを思い出した。

「この前、こっちで結婚してる友達に言われたんだけど、私の年齢だったら1日も早くブライダルチェック受けて、受精卵の凍結をしておいた方がいいって。」

可奈子は友人の不妊治療の話を事細かく清に話した。清も保険のような気持ちで、可奈子がやりたいのであればいいんじゃないかと、賛成してくれた。

今まで卵子凍結の話は聞いたことがあったが、結婚する前は、相手も見つかってないのに保管料だけ払い続けるなんて…と、他人事にしか感じられなかった。

しかし今の自分の環境は、やっておくべきタイミングに思える。

子供を授かる保障を得られる訳ではないが、将来のために今やっておけることは何でもやっておきたいと思い始めていた。

髪を振り乱しながら一心不乱に働いてきた日々を、後から間違った選択だったと思うような生き方はしたくない。

そんな感情が、急激に可奈子の中で膨らんでいたのだった。



ーそれから約1年…




異動の季節を控えて、可奈子は今日、日本のマネジメントと人事に関する電話会議をしていた。

まだNYに来て2年しか経っていないため、去年と同じように特別な話はないだろうと高を括っていたが、その会議で可奈子は再び、息が止まりそうな思いをすることになる。

「…え?わたしが昇進ですか…?」

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再び驚きの辞令が可奈子に下される。