一流の飲食店が軒を連ねる銀座の鮨屋は、そのこだわりが強すぎて、食べる側にもいろいろと求めてくるところも少なくない。

まずはツマミから、そして白身から、おしゃべりは小声で…。正直うんざり、我々はただ鮨が好きなだけなのに。

そんなとき銀座の名店を出自とする若き寿司職人が、鮨好きのための鮨屋をオープンさせた。

なんと握りのみ30貫のコースを、それぞれ3部屋のカウンター個室で提供するという。その実力はいかに?




鮨好きが狂喜乱舞する極上の握りを堪能せよ
『はっこく』


世界の鮨通が訪れる国際的な美食の街“銀座”。新旧合わせ、数多の鮨店が鎬を削るこの鮨の聖地に、またひとつ、キラ星の如き一軒が産声をあげた。2月3日にグランドオープンを迎えた『はっこく』がそれだ。

雑居ビルの3階、エレベーターを降りれば、そこは仄暗い無機質な空間。

漆喰の壁に洗い出しの床とイマドキのモダンフレンチ!?を彷彿とさせるウェイティングスペースに対し、個室は吉野檜のカウンターも清々しい凛然とした和の空間。それもカウンター個室が3つという贅沢さだ。

それぞれ、6人の客を相手に職人ひとりが立つスタイルとか。「一人ひとりにカスタマイズなサービスをと考えたら6人が精一杯です」こう語るのは、念願の独立を果たした佐藤博之氏。

鮨好きにはおなじみの銀座『とかみ』を、予約の取れない人気店に仕立てあげた立役者だ。



ミディアムレアに茹で上げた車海老。甘みを引き出しつつプリッとした食感も残している


今、その目は広く世界に向けられている。曰く「世界が認める鮨のグランメゾンを目指す」ときっぱり。ウェイティングスペースを設けたのもそれゆえ。

鮨屋らしいコンパクトさの中にも、ゆったりした寛ぎ感がほしいと、個室のカウンターはアイランド形式にしてゆとりをもたせるなど随所にこだわりがみえる。



鮪の突先は手渡しで。パリパリの海苔とねっとりと濃醇な叩き状態の鮪とのコントラストも美味


今後は、デンマークからの研修生を受け入れる等々、鮨のグローバル化を見据えている佐藤氏だが、鮨自体の有り様はむしろ原点に回帰。「本来、鮨屋は握りを味わうもの」との思いから、ここでは肴はなし。

なんと握りのみ30貫が、怒涛の如く次々と繰り出されるのだ。口開けは鮪の突先。鮪の後頭部に当たる部分を、丁寧に筋から梳き取り海苔で巻いたもので、『とかみ』時代からのいわば佐藤氏のスペシャリテ的逸品。

「よく動く部位だから味が濃い」の言葉通り、いわゆる中落ちとはまたひと味違う濃密感に、のっけから心を揺さぶられる。



下田産の天然本鮪の握り。手前から大トロの砂ずり。血合いぎしの中とろ、赤身の漬け。砂ずりとはいわゆる大トロのさらに先の部分で腹の一番下にあたる。通称蛇腹ともいわれる脂ののった部位


この後、白身に始まるコースには、締めもの、貝類などをバランス良く配置。だが、特筆すべきは、やはり鮪だろう。

猖遒六蕕茲衞と香リ〞を第一に考える佐藤氏。取材時のそれは下田産。氏によれば「この辺りは、黒潮が蛇行していて小魚に恵まれている。だから味のある鮪が取れる」のだそうだ。

赤身ひとつにしても、突先の一部や血合いぎしといった稀少部位をだしたり、中とろも、筋と筋の間の身を梳いたはがしといわれる部分を出したり牛肉さながらに、鮪をマニアックに味わえるのも、鮪を愛する佐藤氏ならでは。

山を幾つか作りつつ提供するその流れも精妙。最後まで舌を飽きさせない配慮も見事だ。



低温調理で火を入れた軽やかな煮はまぐり。



春子鯛は、薄塩をしてからさっと湯霜にかけ、酢おぼろにまぶしてある。ふっくらとした身とほろりと口中で解ける酢飯とのバランスも上々。



珍しい鰆の漬け。切りつけてから煮切りに五分ほどくぐらせた後、握る。程よく脂ののった鰆のしっとりとした身には、わさびではなく辛子を上に塗るのが佐藤流。「上に塗ることでファーストアタックが強くなる」のだ。



コースの掉尾を飾るのは、やはり『とかみ』時代からのスペシャリテの玉子。表面にグラニュー糖をふり、バーナーでキャラメリゼしたもの。クレームブリュレ風の佳品だ。