トヨタ自動車・豊田章男社長(つのだよしお/アフロ)

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 米国を中心とする世界的な景気の拡大に支えられ、わが国の主要企業の業績が拡大基調で推移している。2018年3月期、上場企業全体の純利益は2年続けて過去最高を更新すると期待されている。

 特に、昨年12月に成立した米国の減税法案がもたらす増益効果は大きい。IT、自動車など本業に加え、減税効果によって増益を確保した企業は多い。同時に、本業の一部が不振に直面していても、減税や為替の影響によって増益を確保した企業もある。

 トヨタ自動車の業績を見ていると、北米市場での販売台数の減少を、減税やコスト削減、円安の効果が補った。今後、北米市場では自動車の買い替えが一巡し、需要が逓減していくと考えられている。加えて、自動車業界では、ネットワーク技術の普及によって大きな変革が起きている。その変化は、非連続かつスピードが速いものとなる可能性が高い。先行きの経営環境の不確実性は高まっている。

 企業として重要なことは、変化にいかに対応し、需要を創造していくかだ。それができないと、企業の存在意義は低下し、長い目で見れば市場原理によって淘汰される可能性がある。それを防ぐために、トヨタはさまざまな取り組みを進めている。今後、その考えがわが国の企業社会全体に浸透し、革新を目指す機運が高まることを期待したい。

●日本経済を支えてきたトヨタが迎える大変革
 
 トヨタはハイブリッドカーのコンセプトを実用化することによって、ガソリンやディーゼルエンジンありきの自動車業界に、新しい発想を持ち込んだ。それは新しいプロダクトの創造によって需要を生み出すイノベーションにほかならない。ハイブリッドシステムを搭載した自動車は、世界各国でエコカーとしての地位を手に入れ、他の企業の追随を呼んだ。

 1990年台初頭、わが国のバブル崩壊後、株式や不動産価格の急落、それによる金融システム不安によって、現状維持を優先し、リスクテイクを極端に避ける心理が強くなった。そのなかで、トヨタのイノベーションを生み出す力は、経済のさらなる悪化を食い止める大きな要因だったといえる。

 そのトヨタが、大きな試練に直面している。今回の第3四半期決算について、決算数値上のポイントは米国の減税と円安によって、実力以上の利益が確保されたことだ。それは重要だが、持続可能なものではない。世界全体での販売台数も伸び悩んでおり、需要を喚起できるか否か経営の実力が問われる。

 さらに重要なことは、中長期的に考えると、これまでの自動車の常識が、徐々に通用しなくなる可能性が高まっていることだ。中国では、電気自動車(EV)の普及が重視されている。それ以外にも、世界的にネットワークシステムと連動した(つながった)自動車の開発が急がれている。自動車というプロダクトは、移動の手段ではなく、生活の場であり、データ収集機器であり、その他のさまざまな応用が目指されるデバイスとして扱われ始めている。

 今回の決算発表にてトヨタは『競争力プレゼンテーション資料』を決算発表の場で示した。それは、変化が進むなかでも、これまで以上に技術力を引き上げて、環境の変化に対応できる企業としての基礎体力を高めようとする意思表明と読み取ることができる。

●競争力を左右するネットワークサイエンス
 
 今後の自動車業界の展開を考えると、従来にはなかった取り組みが、かなりのスピード感を伴って進んでいく可能性がある。まず、電気自動車(EV)へのシフトが注目を集めている。その理由は、中国が電気自動車の普及を重視しているからだ。すでにトヨタは中国の合弁相手先である第一汽車と広州汽車からEVを調達し、当面の対応を進める方針だ。それはトヨタの中国市場の開拓が遅れたことの結果である。同時に、環境の変化を見定めながら、長めの目線でコアとなる技術を開発するために必要な発想と見ることもできる。この判断がトヨタの経営にどう影響するかは、時間の経過を見る必要があるだろう。

 このように考えるのは、自動車業界の変革がEV化にとどまるとは考えられないからだ。最終的に自動車はコネクテッドカーとして使われるようになるだろう。1月にラスベガスで開催された世界最大の家電見本市である「CES」では、トヨタがコンセプトカーである「e-パレット」を出展した。これは、自動運転を含む移動だけでなく、物流、宿泊、物販等、さまざまな用途を念頭に置いたコネクテッドカーのコンセプトである。このコンセプトを延長していくと、自動車が医療機関になる、オフィスになるなど、幅広い応用が可能だろう。

 重要なことは、特定の用途に限定したプロダクト(移動のための自動車という発想)ではなく、ネットワークシステムとデバイスである自動車が連動し、同期化する環境を実現することだ。それによって、物品や物流、移動、生活など必要に応じたサービスなどを提供することが目指されている。それを実現するひとつの手段がコネクテッドカーと考えられる。

●重要なオープンイノベーションの促進
 
 e-パレットのコンセプトは、トヨタ単体の発想と技術力だけで実現するものではないはずだ。自動車がネットワークシステムとつながるスマートフォンのようなデバイスとしての機能を担うようになれば、車体の設計は自動車メーカーが行い、人工知能は他の企業が担うなど、複数の企業の協力によってひとつのプロダクトが生み出されるようになるだろう。

 それは、企業が自前の創意工夫によって変革を目指そうとする発想ではなく、オープンイノベーションの考えにほかならない。業種や企業に関係なく、必要な技術やコンセプトを組織外から積極的に取り組んでいくことが、コネクテッドカーの実用化には欠かせない要素となっていくだろう。

 トヨタに求められることは、他の企業の利害が絡み合うなかで議論のイニシアティブをとることである。そのためには、これまでの成功体験を捨てることも必要になるかもしれない。成長・重点課題分野に経営資源を配分しながら、当面のビジネスを支える経営手腕が求められる。

 それができれば、これまでにはない自動車のコンセプトにトヨタならではのアイディアや技術を埋め込むことが可能となる。反対に、議論の主導権を他企業に渡してしまい、集団の一企業としての存在に埋没してしまうと、一部品メーカーの地位に甘んじてしまうことも考えられる。その場合、トヨタの存在感は低下してしまうだろう。

 新しい発想の実用化は、過去の延長線上の発想で実現できるわけではない。世界各国の自動車、家電、IT企業などがコネクテッドカー市場の覇権を手に入れようとしているなか、ハイテク分野、バッテリーなどの基幹技術などで優位な技術力を持つ企業とのアライアンスを組んでいくことは、今後の変革に対応するためには不可欠だろう。それに加え、人工知能やネットワークサイエンスの分野で新しい理論の実用化を目指す企業家を支援し、次世代のICT環境を見据えた企業態勢を整備していくことが重要となるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)