監督賞はまたもメキシコ出身、アカデミー賞の「国際化」事情

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第90回のアカデミー賞で、いちばんの栄誉とされる作品賞は、ギレルモ・デル・トロ監督の「シェイプ・オブ・ウォーター」に輝いた。話し言葉を失った女性とアマゾンの神と崇められる異形の生物との「恋愛」物語は、アカデミー賞史上初めて作品賞を受賞した「怪獣映画」とも言われている。

監督であるギレルモ・デル・トロは、幼い頃、日本の怪獣映画を観て強い影響を受けた。尊敬するのは特撮監督の円谷英二だとも伝えられている。日本のアニメやコミックにも造詣が深く、押井守や大友克洋などの作品も愛してやまない。映像作品の特殊メイクに関わった後に、積年の念願でもあった映画監督にも進出した。

これまでの監督作品には、アメリカン・コミックの映像化である「ヘルボーイ」(2004年)、世界各国の映画賞で賞に輝いたダークファンタジー作品「パンズ・ラビリンス」(2007年)、太平洋の海底から現れる怪獣たちと巨大ロボットが戦う「パシフィック・リム」(2011年)などがあり、どちらかというと「アンチリアル」な作風の監督として受け入れられていた。

今回、アカデミー賞の作品賞を受賞した「シェイプ・オブ・ウォーター」には、アマゾンで捕獲された水棲の生物は登場するが、かなり現実にも寄り添った設定になっており、第二次大戦後の東西冷戦を時代背景に、主人公である話し言葉を失った女性の充たされぬ心情と愛のかたちが実に丁寧に描写されている。特殊撮影、ファンタジー作品、怪獣映画の監督と見られていたこれまでのギレルモ・デル・トロ監督の新たな一面をのぞかせた作品でもあったのだ。


作品賞を受賞した「シェイプ・オブ・ウォーター」の出演者、監督、スタッフら(Photo by Kevin Winter/Getty Images)

さて、「シェイプ・オブ・ウォーター」は作品賞にも輝いたが、今回のアカデミー賞では、ギレルモ・デル・トロは、監督賞も併せて受賞している。実は、このアカデミー賞の監督賞は、今回のギレルモ・デル・トロの受賞により、直近5回で実に4回、メキシコ出身の監督が受賞したことになる。

まず、2013年は「ゼロ・グラビティ」のアルフォンソ・キュアロン、2014年は「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、そして2015年はイニャリトゥが「レヴェナント: 蘇えりし者 」で2年連続受賞。昨年度こそ「ラ・ラ・ランド」でアメリカ人監督のデミアン・チャゼルが受賞したが、今回のギレルモ・デル・トロ監督含めこの5年間で都合4回、3人のメキシコ出身の監督が受賞している。

しかも、このアルフォンソ・キュアロン、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、ギレルモ・デル・トロの3人は、2007年にメキシコで「チャチャチャ・フィルム」という映画製作会社も共同で立ち上げており、いわば盟友と言ってもよい。ちなみにキュアロンが1961年生まれ、イニャリトゥが1963年生まれ、デル・トロは1964年生まれと、仲良く歳の順に、監督賞を受賞きた。


(左から)アルフォンソ・キュアロン、ギレルモ・デル・トロ、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ(Photo by Nick Wall/WireImage)

また、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥが2年連続で監督賞を受賞した2015年は、同じくメキシコ出身のエマニュエル・ルベツキが史上初の3年連続で撮影賞に輝いており(対象作品は、もちろん「ゼロ・グラビティ」、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」、「レヴェナント: 蘇えりし者」)、ハリウッドに「メキシコ旋風」が吹き荒れたとも言われた。そして、また、今年度の監督賞はメキシコ出身のギレルモ・デル・トロだ。

どうもハリウッドでは、どこかの国の大統領の発言とは異なり、メキシコとの間に「国境の壁」はつくられてはいないようなのだ。「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」で作品賞と監督賞を受賞したとき、イニャリトゥ監督はこんなジョークも飛ばしていた。

「たて続けに、メキシコ人が受賞して、政府は移民の受け入れに関して、来年規制を入れるかもしれないね(笑)」

ところで、ここ10年を見ても、監督賞を受賞したアメリカ人監督はわずか2人しかいない。2008年度に「スラムドッグ$ミリオネア」で受賞したダニー・ボイルはイギリス人、2009年度の「ハート・ロッカー」のキャスリン・ビグローこそアメリカ出身だったが、2010年度「英国王のスピーチ」のトム・フーパーはイギリス、2011年度に「アーティスト」で受賞したミシェル・アザナヴィシウスはフランス、2012年度の「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」のアン・リーは台湾出身だ。

2013年度以降は前述のように「メキシコ旋風」が吹き荒れて、結局、この10年間でアカデミー賞の監督賞に輝いたアメリカ人は「ハート・ロッカー」のキャサリン・ビグローと「ラ・ラ・ランド」のデミアン・チャゼルだけなのだ。

この結果から見て、アカデミー賞がいまや「国際化」していると断じるのはいささか早計だとは思うが、いまハリウッドには世界中から優秀な映画の才能が集まってきているというのは、紛れもない事実かもしれない。

今回、ギレルモ・デル・トロの「シェイプ・オブ・ウォーター」と作品賞を争ったと言われる「スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー監督はイギリスとアイルランドのふたつの国籍を持っている。「ブレードランナー2049」の監督に抜擢されたドゥニ・ヴィルヌーブ監督はカナダの出身であるし、その他ヨーロッパや南アメリカからも続々と新しい才能が発掘されて、ハリウッドでの仕事を展開している。

日本のお隣りの韓国からも「イノセント・ガーデン」(2013年)を撮ったパク・チャヌク監督や、「オクジャ/okja」(2017年)のポン・ジュノ監督などが、映画の本場に招かれて作品を発表している。

今回のアカデミー賞では、「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」(ジョー・ライト監督、日本公開3月30日)で、メーキャップ&ヘアスタイリング賞を日本人の辻一弘さん(48歳)が受賞したが、いつの日か、日本人の映画監督がアカデミー賞の作品賞や監督賞に輝くことはあるのだろうか。


メーキャップ&ヘアスタイリング賞受賞者。左端が日本人の辻一弘(Photo by Kevork Djansezian/Getty Images)

筆者は一度、現地で実物のオスカー像を手にしたことがあるが、意外に重かった。それにふさわしい監督がこの国からも登場することをひそかに期待している。

映画と小説の間を往還する編集者による「シネマ未来鏡」
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