グレアム・アリソン氏プロフィル/政治学者。ハーバード大学教授。同大ケネディ行政大学院初代学長、同大ベルファー科学・国際問題研究所長を務めた。専門は政策決定論、核戦略論。レーガン政権からオバマ政権まで国防長官の顧問を、クリントン政権では国防次官補を務めた。著書には1971年に刊行され今も政策決定論の必読文献である『決定の本質――キューバ・ミサイル危機の分析』(中央公論新社、日経BP社)のほか、『核テロ――今ここにある恐怖のシナリオ』(日本経済新聞社)、『リー・クアンユー、世界を語る』(サンマーク出版)などがある。(撮影:疋田千里)

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台頭する中国とアメリカのあいだで北朝鮮をきっかけに戦争は起こりうるのか?そして、中国がもつ“パワー”の源は従来の覇権国とどう違うのか、さらに“模倣”を得意として成長を遂げてきた中国がイノベーションを起こし世界に冠たる大国へと成長できるのか? 2017年米アマゾンのベストセラー歴史書『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』の著者で、アメリカの安全保障の実務にも精通するグレアム・アリソン・ハーバード大学教授が2月上旬に緊急来日、経済学者であり政治の現場も知る竹中平蔵・東洋大学教授と対談が実現しました。この対談前編では、米中関係に影を落とす北朝鮮問題や、ホワイトハウスの真意、対する中国のパワーの源泉をひもといていきます。

竹中平蔵氏(以下、竹中) アリソン先生はかつてのギリシアにおける覇権国スパルタと新興国アテネの争いを引き合いに、新旧大国が衝突する力学を「トゥキディデスの罠」として提示され、過去500年の新旧大国の事例を検証されてきました。その観点から、現在の米中関係や北朝鮮問題をどのようにご覧になりますか。

グレアム・アリソン氏(以下、アリソン) かつて「トゥキディデスの罠」に陥って戦争に至った事例は、過去500年の新旧対決16件のうち、第一次大戦など12件にのぼります。一方で、残り4件は戦争を回避できたという事実もある。ですから、米中両国の場合も戦争が避けられないとは言えませんが、非常に危険な状況にあります。
 新興国の台頭が覇権国にとって脅威になると、思わぬきっかけで戦争に陥る危険な力学がはたらくためです。それはある意味、自然な流れでもある。国家間だけでなく現代の企業間において――たとえばIBM対Apple、あるいは新聞などの旧来メディア対Googleなどの間にも起こり得る衝突です。

 台頭する新勢力は「自分たちは大きく強くなったのだから、相応の影響力を発揮できるはずだ。昔ながらの環境は、現況に合わせて変えていくべきだ」と力を行使したがる一方、覇権を握ってきた旧来勢力は新勢力の突き上げに対し「成り上がりのくせに、大きくなれたのは誰のおかげだと思っているんだ。その秩序を崩すつもりか」と不満や不安を抱きます。

 ですが、新興国はみずからが強くなったからといって直接戦おうとはしないし、覇権国も新興国に対して今のうちに潰してやろう、などと考えるわけではない。第三者的な別の国や事象に挑発されるかたちで新旧両国が反応し、対立が一気にエスカレートする恐れを秘めているのが、「トゥキディデスの罠」の怖さなのです。

 目下であれば、米中関係の火種になりかねないのが、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正恩・労働党委員長です。北朝鮮がICBN(大陸間弾道ミサイル)の実験を続けて、再び朝鮮戦争が勃発するようなことになれば、米中間で戦うことになり、日本も参戦せざるを得ないでしょう。

北朝鮮をめぐるホワイトハウスの真意をよみとく

竹中 1月末にダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)に参加してきたのですが、今年はトランプ米大統領がスピーチをすることになって、大変な注目を集めました。トランプ大統領は大方の予想に反して抑制した話しぶりで、自分はリアリスト(現実主義者)だと訴えつつ、北朝鮮の非核化に向け事態の悪化を避けようとしていることを強調されました。ただ一方で、たとえばマティス米国防長官は「巨大な軍事行動」も採りうると強硬な言い方をされます。

 アメリカのスタンスは一体どちらなのか、日本から見ていてしばしば混乱するのですが、現在のホワイトハウスの戦略をどのように分析されていますか。

アリソン トランプ大統領が非伝統的な政治指導者であり、近代において世界のどこにも見たことがないキャラクターの持ち主であることは明らかです。そういえば、竹中先生が大臣だった当時の小泉首相は、リアリストでありつつも「不思議な人」と評されていましたよね(笑)。たしかに一風変わってはいたと思うけれども、トランプ大統領と比べれば小泉首相はかなり“普通”でした。トランプ大統領の頭のなかについては、私たちのうちの誰も定かに分かっていません。
 ただ明らかなのは、トランプ大統領に安全保障分野の経験がない、ということです。
 トランプ大統領の就任段階で、すでに北朝鮮には短距離・中距離ミサイルが50発ほどはできていて韓国や日本に届くレベルでしたし、長距離ミサイルもアメリカに届くかもしれない、というレベルに達していました。トランプ大統領は「誰のせいで、こんなことになったんだ。大失敗じゃないか」と憤り、「自分はオバマではない。ブッシュでもない。クリントンでもない。俺はトランプだ」と強硬論をほのめかし、北朝鮮にICBNの実験は続けさせない、と言っています。

 でも我々専門家からすれば、その論理はおかしい。こちらから攻撃すれば、向こうも反応するはずです。すると再び朝鮮戦争が起こり、悪くすると核戦争に突入しかねません。経済学者であり政治学者でもあるトーマス・シェリングがチキン・ゲームで優位に立つためにコミットメント(意思表明)の重要性を指摘したのは、みなさんご存知でしょう。
 トランプ大統領がやっていることは、金正恩と習近平(中華人民共和国国家主席)を説得して、こちらは避けないぞ、そちらが避けなければどうしようもないぞ、という脅しともいえる意思表明です。それがハッタリなのか、そうでないのかは誰も分からない。伝統的なゲーム理論でいえば、信じられないものを信じられるようにしなければなりません。相手方を説得しつつ、自分のほうがもっとクレイジーだと相手を納得させられるか。トランプなら、それができるかもしれない。「俺のほうがクレイジーなんだ」とね。

竹中 アメリカと中国という新旧大国が、第三者の挑発などをきっかけに衝突する可能性があるとすると、北朝鮮のほかに、中国の領土的野心もその発端になりえそうです。
 特にアジア各国は中国との関係を重視せざるを得ないなか、南沙諸島や南シナ海などの領土問題を避けて通れません。アメリカも通航権を主張するなどしていますが、今後この問題はどのように発展するでしょうか。

アリソン 拙著『米中戦争前夜』でも、米中間が戦争に陥るシナリオを5つ提示しています(海上での偶発的な衝突、台湾の独立、第三者の挑発、北朝鮮の崩壊、経済戦争)。いちばん早く導火線に火が付くシナリオは、先ほど申し上げた北朝鮮発でしょう。
 そして、指摘された領土戦争も起こり得ます。東シナ海、尖閣諸島、そして南シナ海などの島に日中両国いずれかの国民が上陸して旗を立てたりすると、その挑発に相手が反応して、さらに過敏に応戦して……とエスカレートする恐れは常に秘めていますから、各国の人々には慎重に行動してほしいと願っています。
 国際政治を学ぶ者として、謎にも感じつつ歴史的な事実として言えるのは、領土問題はさほど重要に見えなかったとしても、ナショナリストの感情に影響を与えることで、ときに政治家に冷静さを失わせる問題だということです。

 中国も豊かになっていけば、人々は自由を求めて、日本や台湾のように民主化が進むだろうと、長い間思われていました。ですが、中国は今のところそうなってはいないし、習近平・国家主席が共産党大会で「中国で西側や日本のような民主化が起こるなんてありえない。中国は共産党が主導していくんだ」というメッセージを明確に打ち出している。
 他方、民主化した台湾や香港の人たちは自由でありたい、中国の支配下には戻りたくないと思うでしょうが、習は意見の違いを受け入れないし譲らないでしょう。すると、かなり早期に台湾などとの間にも衝突が起こる可能性があります。現在の状況が極めて危険であることを認識して、慎重に議論し、対応しなければなりません。万一戦争になれば、米中両国、もちろん日本にとっても破滅的です。

中国がもつパワーの性格は従来型の新興国とは異なる

竹中 台頭する中国に話を移すと、過去に覇権国と対立するようになった新興国とくらべて、その特殊な国家形態に最大の特徴があると思います。具体的には、(共産主義の政治体制をとりながら、国家が経済活動を主導し資本主義を推進しようとする)「国家資本主義(state capitalism)」を採っている点です。昨今では官民一体となって特殊なビッグデータをもつ企業なども成長している。従来の覇権国がもつパワーとくらべ、その性格は随分異なります。

アリソン そうですね。中国は約25年という非常に短期間に台頭して、アメリカを超える存在に成長しました。アメリカにすれば、想像していなかった出来事です。

 かつて日本も社会学者エズラ・ボーゲルの著書『Japan as Number One』(邦訳『ジャパン アズ ナンバーワン』TBSブリタニカ、1979年)に象徴されたように、その急成長ぶりはアメリカにとって脅威でした。しかし、中国はそれをしのぐ勢いで成長した。しかも、日米が思うような自由主義経済ではありません。中国共産党がすべてを主導している。政治だけでなく経済も、企業すら支配して、必要なお金はすべて政府主導で投下できます。

 2015年には製造業強化のロードマップ「中国製造2025」を発表し、10の重点分野(新情報技術、ハイエンド工作機械・ロボット、航空宇宙設備産業、海洋エンジニアリング設備・ハイテク船舶、先端鉄道交通設備、省エネ・新エネ自動車、高付加価値の電力設備、農業機械、新素材、バイオ医薬や高性能医療機器)で2035年に製造強国に、建国100周年にあたる2049年には世界トップを目指す、といって官民一体で取り組んでいますね。
 日本もかつて通商産業省(以下、通産省。現在の経済産業省)主導で産業を大きく成長させましたが、それと現在の中国の手法との違いはどのような点にありますか?

竹中 日本のエコノミストが当時の日本の「産業政策」を――その定義は非常にあいまいで、かつてロバート・ライシュ・ハーバード大学教授が「government-business relations(産官協調)」に置き換えて解説されていましたが――厳密にリサーチしてみると、日本における通産省主導の産業政策は、1960年代まではそれなりの役割を果たしたけれども、それ以降はむしろ政府の役割は極めて限定的だったのではないか、という評価があります。
 たとえば、日本の自動車メーカーは9社あります。当時の通産省は、自動車メーカー各社に「アメリカでもビッグスリー(3社)しかないのだから、日本でも合従連衡が必要だ」と言ったのですが、各社はそれを受け入れず、お互いに競争することが大事だ、と突き返したのです。結果的に、日本の自動車メーカーは競争を通じて強くなりました。
 同じころ、日本政府は「日本の自動車メーカーが造っている小型車は付加価値が低い。もっと付加価値の高い大型車を造れ」とも言ったそうですが、日本のメーカー各社は「われわれは小型車が得意です」といって聞き入れなかった。すると1973年にオイルショックが起こり、結局、小型車が圧倒的に有利になりました。
 つまり、日本の自動車メーカーは通産省の言うことを聞かなかったから強くなった、というのが現実だと思うんです。同じようなことは他の業界でもたくさんありました。

アリソン なるほど。むしろ民間の力が成長の原動力だったんですね。

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