国際ホテルレストランショーにおけるサンコーテレコムの展示の様子(筆者撮影)

ここ数年、“スマートホテル”というキーワードが注目を集め始めている。“スマート”という言葉は、スマートフォン連動型アプリケーションに多数使われ、さらには昨今、多様な機器がIoT化してきた中で、ネットワークサービスを中心として宿泊施設の顧客体験を高める動きに変容してきた。

今やネットワークにつながるホテル向け設備ソリューションは決して珍しいものではない。2月20〜23日に東京ビッグサイトで開催された「国際ホテル・レストラン・ショー」に足を運んでみると、そこには多数のネットワーク連動型商品やサービスが展示されていた。しかし、照明や空調、オーディオ、ビジュアルシステムなどの設備が個々にネットワーク化されるからといって、顧客体験全体を上質に演出できるわけではない。

たとえばハウステンボスが進めるスマートホテルプロジェクト「変なホテル」。2015年に話題となったこのホテルは、ロボットが受付(実際にはカメラの向こう側に人は介在している)を行い、ロボットが荷物を運び、ロボットがルームサービスを届ける。

こうした省力化システムをエンターテインメントへとつなぎ、他ホテルとの差異化をしている例は日本独特のものだ。一方、海外で多いホテル体験の質そのものを、より上質なものに向上させるためのスマートホテルソリューションの導入は限定的だ。

「スマート化」遅れの原因は…

タブレット端末を部屋に常設あるいは貸し出すことで、部屋の設備を制御できるホテルはあっても、予約、チェックイン、部屋での出迎え、チェックアウト、そしてチェックアウト後のフォローアップなど多様な場面、場所での体験を統合的に演出するアプローチがあまり見られないのだ。

いくつかのブースを訪ねてみると、日本のホテル業界独特の問題や制約に、スマート化の遅れの原因があるように見受けられた。しかし、一方で日本市場特有の問題を解決できるシステム提案も見られた。

本稿では、ITソリューションとしてのホテル向けシステムについて、その可能性を探ってみることにしたい。

海外でラグジュアリーホテルを中心とした、ホスピタリティ向上、体験の質向上といった方向でスマート技術が導入されている例が増えている。

たとえばヒルトンは会員向けサービスを集約したアプリ「Hilton Honors」を開発し、予約や事前チェックインを行えるようにしてきた。部屋の位置なども予約クラスなどから可能な範囲で、アプリ上で選択することができる。


ヒルトンが提供する「Hilton Honors」。日本では現在は予約のみ(編集部撮影)

チェックイン時、あらかじめルームサービスを注文しておいたり、必要な設備やアメニティの手配も行える。チェックイン後に電話で手配するのではなく、空港や駅からの移動時間にリクエストできると好評だが、さらに「Connected Room」というアプリを使うことで、部屋の照明、空調、AVシステムなどをコントロールできる。

ホテル設備のスマート化は省力化にもつながるため、今後の導入が増えていくことは間違いない。さらにそれをアプリで統合し、将来的に会員向けサービスと連動する予約システムに結びつけることで、宿泊客とホテルブランドのエンゲージメントを高めようという狙いだ。

上記はヒルトンの例だが、スマートフォンとの連動は数年前から広がっている。そのスタート地点は予約システムと連動するスマートキーソリューションだ。

好みの室温などをチェックインの前に設定

あらかじめ予約情報をアプリに登録しておけば、客にレセプションでチェックインの列に並んでもらわなくとも、ホテル側はGPSで宿泊客の位置を確認できる。物理的な鍵の受け渡しに代わり、NFC(近距離無線通信)などを使用したカードキーを自動的に発行し、部屋に入室させる機能は以前から存在したが、こうしたシステム連動の幅はさらに広がっている。

たとえば部屋に入るとウェルカムメッセージとともに館内の案内がディスプレーに表示されたり、同系列ホテルを繰り返し利用するリピーター客に対しては、前回宿泊時の情報から好みの室温、湿度、音楽、照明の明るさなどをチェックインの前に設定し、最適な環境を整えてから顧客を迎えるホスピタリティが提供される。

家庭内のさまざまな設備がネットワークにつながり、スマートホームソリューションが次々に生まれ、スマートスピーカーの普及をきっかけにさらに市場が拡大しているが、それはホテルのようなホスピタリティ業界も同じということだ。新築のホテルにしろ大規模リノベーションのケースにしろ、ホテル設備の刷新とともにネットワークにつながるのは“当たり前”という状況が進行している。

もっとも、日本のホテル業界を見渡すと、こうした顧客体験の質を高めるためにスマート化を進めている例は少ない。

2016年に開業した東京・千代田区にあるザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町では、館内から電話配線を全廃。有線LANによるネットワークを張り巡らせ、そこにVoIPを用いた電話システムや海外の高級ホテルがこぞって採用する客室管理システム「INTEREL(インテレル)」を採用するなど、部分的にではあるがスマートホテル化が進んでいる。しかし、事例としては多くない。

INTERELを用いることで、顧客のチェックイン・チェックアウト情報、何らかのリクエストやルームサービスなどの情報が従業員の持つ端末に即座に反映され、ベッドメイクやアメニティのリフィル、照明・空調管理、電動カーテン・電動ウインドーシェード開閉のネットワーク化などが実現されている。照明・空調の設定情報は顧客台帳にも記録され、同系列のホテルを再訪した際には、宿泊客が好む明るさや気温に自動設定しておくといったことも行える。

またこうしたシステムはヒルトンの導入例にもあるように、ホテル会員や宿泊客向けに提供するアプリを使うことで、宿泊客自身が持つ端末からも操作が可能だ。このことは、多言語対応という意味でも大きな利点がある。

「対面でのチェックイン」が義務付けられている

では、こうした既存製品を採用すればいいだけだとも思えるが、実際にいくつかの理由で日本にあるホテルのスマート化は遅れているという。

ひとつは、米国でスマート化が進むきっかけのひとつにもなった、宿泊客のスマートフォンを“ルームキー”にする機能だが、日本では法的に対面でのチェックインが義務付けられており、導入例がなかったことが普及を遅れさせているという指摘だ。

ひとことでホテルのスマート化といっても、実にさまざまなアプローチがあるが、基本となるのはホテル会員向けサービスも包含する予約システムで、このシステムにスマートキー発行機能が加わり、それがIoT化とともに活用幅を広げてきた。もちろん、対面でスマートキーを発行するのであれば問題はないが、こうした制約から重視されていなかったことは否定できないだろう。

またホテルの予約システムは、どの国も国内企業が大きくシェアを握っている。日本の場合はNECが最大シェアを誇っているが、国内のホテル業者向けに事業を行っているため、海外のパッケージ製品と接続するには、まず互換性の問題を解決していかねばならない。

2020年に東京オリンピックを控える日本だが、そうした特殊な事情を除くとしても、現在、さまざまな国で日本ブームが起き、富裕層の間でも日本への旅行を楽しむ人が増えている。日本食や独特のカルチャーなど、「日本は面白い」「行く価値がある」と観光地としての魅力は高まっているのだ。

ところが、富裕層の訪日客が一様に驚くのがホテルなど宿泊施設の“残念さ”なのだ。日本はテクノロジー製品の国だと思って予約しようにも、そもそも高級ホテルのキャパシティが少なく、さらにホテルランクを下げようものなら、ガクンと設備の質が落ちる。

高級ホテルでも、ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町のような事例は珍しく、ほとんどの顧客が古臭いシステムを導入したまま更新されていないホテルに泊まることになる。

ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町にINTERELを導入したサンコーテレコムに取材したところ、問題の本質が見えてきた。

サンコーテレコムは、主にオフィスビル向けに情報通信ネットワークを構築するためのシステムやテレコム製品を輸入し、システム提案から設計施工を行うことが本業だった。しかし、ネットワークシステム、テレコムの機器更新が一巡。経営環境の変化に対応する必要があったという。海外の電話交換機システムなどの製品輸入代理店として、販売、設計・施工をオフィスビルやホテルに対して行ってきた。

しかし、オフィスビルのインテリジェント化が進む中で、将来的な成長戦略が描きづらくなっていった。情報化にともなって旧来のインフラ事業者が売り上げを失っていく構造は、さまざまな業界で存在している。

日本市場向けの改良・カスタマイズを行う

そこで現社長のアチュリ・カペラ・ウィリアム氏が進めたのが、海外製パッケージや対応機器を提供する企業と代理店契約を結び、日本市場向けにローカライズし、インテリジェントオフィスを構築するサービスだった。

INTERELも同社自身が代理店だが、単にパッケージ製品を買って販売しているだけではない。


鏡はタッチパネルとなっていて、さまざまな注文をすることができる(筆者撮影)

ウィリアム氏は「ホテルに必要なソリューションパッケージは、実にさまざまなものがあります。ホテルに導入されるネットワーク対応の各種ハードウエア(ディスプレー機能付きミラー、ネットワーク対応照明、電動カーテン、空調、それらのコントローラーや館内電話端末など)、オーディオ機器、映像機器と、それらにコンテンツ配信や館内サービスシステムを提供するアプリケーションなど。われわれが代理店のパッケージもありますが、本当の強みは多様なソリューションを自由に組み合わせ、一貫性のある体験にまとめられるミドルウエア(プログラム)を開発したことにあります」と話す。

海外製品の輸入代理店として始まった同社の強みを生かし、洗練されていて海外でシェアが高いのに日本での導入が進んでいないパッケージソリューションの代理店となり、日本のホテル業界にマッチするよう日本語化。さらに日本市場向けの改良・カスタマイズを主体的に行っているという。

そして、昨年よりルートロン アスカ(ルートロン エレクトロニクス社の日本法人)がホテル客室制御システムを日本に向けても販売開始し、同社が代理店及びシステムインテグレータとして取り扱う案件を、すでに国内でも進行させている。

ルートロンは世界最大手の調光機器システムベンダーで、富裕層向け、オフィス向け、ホテル向けなど、さまざまな市場に調光システムを提供してきたが、近年は空調やカーテンなど、室内環境全体を制御するゲストルーム制御システム「myRoom」へと発展させている。

たとえば前述したように日本では、NECのシェアが極めて高く、海外とは異なる予約管理システムが採用されている。そこでサンコーテレコムでは予約管理システムを開発するトップ3社のサービスに対応させているという。前述したザ・プリンスガーデン東京紀尾井町も、開業時の報道によるとNECのシステムを採用している。

冒頭でヒルトンの例を挙げ、スマートフォンやタブレットの端末で、自在に予約からチェックアウト、館内設備の制御やホテル会員システムとの接続などが行えると書いたが、そこで使われているアプリはiRiS(アイリス)という会社が提供するGXPというパッケージ製品で、実はこのシステムはグローバルのトップ10ホテルチェーンのうち8社が採用している。顧客リストには、リッツカールトン、ハイアット、フェアモント、マリオット、マンダリンオリエンタル、スターウッドホテルズなど、名だたるホテルグループが並ぶ。

GXPはレストラン予約やルームサービス、スパ、コンシェルジュなどのサービスも網羅し、またPC向けデザインを含むウェブベースのユーザーインターフェースも提供している。シェアが極めて高いため、連動できるサービスや機器も多い。実はこのiRiSも、最近になってサンコーテレコムが代理店権を獲得したそうだ。

同社はホテル向けのWi-Fiシステムも持っており、それらを組み合わせ、ワンストップのスマートホテルソリューションを提供できることが、彼らの強みというわけだ。

客側のメリットだけでなく、運営コストも下げられる

今後を見据えた場合、これらのスマートホテルソリューションは、高級ホテルの“おもてなし”による体験の質を上げるだけでなく、1泊9000円〜2万円程度のビジネスホテルでも費用対効果が高まっていくはずだとウィリアム氏は言う。


サンコーテレコムのアチュリ・カペラ・ウィリアム社長(筆者撮影)

「アプリ化することで日本では話者の少ない言語に対応できる点も大きいのですが、ルームサービスや客室の清掃、フロント業務などの効率化が行えるため、運営コストを大きく下げられるのです。大規模なリノベーションの場合でも、有線LAN以外は必要なメタル配線がありませんから、工事の初期費用、メンテナンス費用も抑えられます。ネットワーク対応のホテル設備も当たり前となって、機器側のコストも安くなり、費用対効果がとてもよくなっています」

ホテル建設・リノベーションが進んでいる中で、訪日客を増やす政府方針はあるが、彼らにリピーターとして定着してもらい、また好評を持ち帰ってもらうためには、ホテルでの体験も重要なことは言うまでもない。

これまでは海外製パッケージや機器と日本のホテル向けシステムを統合する包括的な解決策がなく、導入へのハードルは高かった。しかし、その壁が取り払われたのであれば、いよいよスマートホテル後進国からの出口も見えてくる。
 スマートホテル化の波は、今度こそ日本にもやってくるのだろうか。