裁量労働制の拡大撤回を余儀なくされた安倍首相。構造改革は進まず、金融・財政政策により将来の成長を先食いするのみか(写真:共同通信)

私がキャスターを務めるTBSの報道番組「NEWS23」で、黒田東彦日本銀行総裁の再任にからむ経済問題を取り上げた。その中で、就職活動中の学生が給料の使い途を聞かれて、「老後の蓄え」と答えていたのは驚きだった。日銀は金融緩和路線を続け、安倍晋三政権は財政規律を軽んじて景気対策を重ねる。にもかかわらず、物価は上がらず、消費も拡大しない。将来不安を抱く人々は踊らされず、「老後」を見据えているのだ。

金融緩和から抜け出し、金利のある経済に向かって着々と歩み出す米国とは対照的な日本。安倍政権の金融・経済政策はこのまま行き詰まっていくのか、それとも打開の糸口はあるのか。

黒田氏は3月2日、日銀総裁の再任案(任期5年)が国会に提出されたことを受けて、衆議院の議院運営委員会で所信を表明、質疑に臨んだ。「2%の物価安定目標を最優先に政策運営を行う」と強調。金融緩和からの出口戦略については「直ちに議論するのは適切ではない」と述べた。

2月27日と3月1日に米国議会で証言したFRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長が、出口戦略を明確に描き、決然と利上げ続行の意思を表明したのとは対照的だ。パウエル証言を受けてニューヨークの株価は下落したが、トランプ大統領がパウエル氏を批判することもなかったし、FRBの方針が揺らぐ様子も見えない。

日銀と政府による無理な政策は消費に逆効果

日本では、日銀による国債買い入れが積み重なり、政府の財政出動で借金が膨らむ中、国民には「いずれは国債も償還しなくてはいけないし、借金も返済しなければならない」という将来不安が募っている。その不安心理が重くのしかかり、人々は貯蓄を続けて、消費は増えない。GDP(国内総生産)の6割を占める消費が不振なら、景気が拡大するはずはない。つまり、日銀と政府による無理な景気対策が、逆に国民の将来不安につながり、景気の足を引っ張っているという構図だ。

米国の利上げ続行には、将来、リーマンショックのような危機が再び訪れた場合、金利調整による景気対策という対抗手段が不可欠だという判断がある。それに対して、日本では出口戦略が遅れ、マイナス金利が続く。「金利のある経済」は当面、望めない。日本の将来世代が、金融危機に対抗する際の有力な「手段」を奪っているのである。

財政面では、2015年10月に予定されていた消費税の10%への引き上げを安倍首相が2度、計4年にわたって延期した。2019年10月となった消費増税でも、財政再建に充てる分を子育てなどに回すことになり、財政再建の道のりはいっそう険しくなっている。安倍政権が金融、財政の両面で、将来世代の「富の先食い」をしていることは明らかだ。

自民党内には「安倍首相は9月の総裁選で勝ち、2021年まで首相を務めれば満足なのだろう。その後の経済情勢がどうなろうが、関心はないようだ」(派閥領袖の一人)という見方さえ出ている。「将来世代のことを考えず、今さえよければ、という政策だ」(閣僚経験者)という批判がくすぶり始めている。

円安・株高のみ、成長戦略・構造改革進まず

一方、安倍首相はいまの通常国会を「働き方改革国会」と位置づけて、関連法案を提出する方針を示してきた。残業の上限規制や非正規労働者の待遇改善に加えて、裁量労働制の対象範囲拡大が大きな柱となるはずだった。ところが、裁量労働について厚生労働省が集めてきたデータに多くの誤りがあることが判明。安倍首相はこのデータに基づいて「裁量労働のほうが一般労働者より労働時間が短いというデータもある」という国会答弁を続けてきたが、それらをすべて撤回。謝罪に追い込まれた。

野党の攻勢はやまず、結局は関連法案の中から裁量労働制の拡大に関する部分を分離することを余儀なくされた。裁量労働制拡大は当面見送りとなったのである。裁量労働制の拡大はアベノミクスの成長戦略の大きな柱とされ、財界も期待していただけに、政権にとっては大きな打撃となった。

2012年の発足から5年余となる安倍政権。アベノミクスの旗を掲げて経済再生を進めた。第1弾の金融緩和が効果をあげ、円安・株高をもたらしたが、その後の成長戦略・構造改革がうまく進まず、金融緩和だけがズルズルと続いた。財政再建も遅れが目立ち、人々の将来不安が払拭されない。

安倍首相が秋の総裁選で3選を果たし、このまま「富の先食い」政治が続くのか。それとも将来世代にツケを残すなという勢力が台頭してくるのか。憲法改正が大きな論点となるとみられてきた自民党政局だが、経済論争も重要なテーマに浮上してきた。