女の人生は、多様性に満ちている。

女性活躍推進が叫ばれる今、社会から女性への期待は増す一方だ。

最近では高学歴でもキャリア志向を持たず、あえて一般職の道に進み、結婚しやすい環境を整える女性も多いと聞く。

-男に頼って、何が悪いの?-

「恋の大三角形」に登場したゆるふわOL・“シバユカ”もまさに、そのひとり。

慶大経済学部卒の学歴を有していながら、大手不動産会社の役員秘書に甘んじるシバユカ。実は彼女には、したたかな野心があった。

“結婚ありき”の人生を描くシバユカはさっそく婚活に勤しむが、早々にお食事会は無意味だと悟る。

お食事会以外での出会いを求めるシバユカに、ある誘いが。




留美先生の教え


留美先生のお料理教室“Rumi’s table”。

開放感あるLDKに、洗いものの水音が響いている。

平日夜クラスが終了した後、こうして留美先生とふたり、粛々と後片付けする時間を、私は好んでいる。

緊張感から解放された留美先生が、雑談とともに様々なアドバイスをくれるからだ。

「シバユカちゃん、ホームページはもう作った?」

大理石のテーブルに残された、ロイヤルコペンハーゲンの食器を流しへと運ぶ私に、留美先生が思い出したように尋ねた。

「はい、留美先生に言われて一応…。まだほとんど更新できてないんですけど」

遠慮がちに答えると、留美先生は満足そうに頷いてくれた。

「偉いわ。そうやってすぐに行動に移せる子って、実はなかなかいないものよ。

今の時代、フリーで仕事をしようと思ったら発信力が命。まずはホームページやSNSで、オリジナルレシピやテーブルコーディネートなんかを地道にコツコツ発信し続けること。

そうすれば必ず、実を結ぶ時がくるから」

留美先生の力強い言葉が、胸に響く。

無意味だと悟ったお食事会には、もうほとんど参加しなくなっていた。

その代わり、時間を見つけてはお料理をしてレシピ開発に勤しみ、HPでブログを更新したりInstagramで発信したりしている。

私はまだ、何者でもない。

だけどいつか、きっと。


留美先生のアドバイスに従い、コツコツ努力を続けるシバユカ。そんなある日、とある誘いが。


港区ホムパへの誘い


“土曜の夜、空いてる?”

就寝前の日課となったレシピブログを更新していると、LINEが届いた。

慶應の同級生で、広告代理店に就職した梨奈からだ。

彼女からのLINEはいつも短文で、余計な装飾がない。そのことからも、忙しく働いているのであろう彼女の日常が伺えた。

“空いてるよー♡何かのお誘いかな?♡”

すぐに返信するも既読にならないので、私は諦めてブログ更新に戻る。

梨奈から返信が届いたのは、1時間以上が経過した後だった。

そしてその内容に、私は目を見張る。

“虎ノ門ヒルズに住んでる知り合いからホームパーティーに呼ばれてて。一緒に行ってくれない?”

…巷の噂で、そのような会が存在することは知っていた。

しかし、いわゆるTHE港区ホームパーティーに誘われるのはこれが初めて。

場違いな気はしたが、梨奈と一緒なら…と思い直し、同行することを決めた。

もしかすると良い出会いがあるかも、なんて、ちょっぴり期待もしつつ。




待ち合わせた梨奈は、『フレンチキッチン』で会った数ヶ月前よりも、さらに大人っぽく色気を増したように見えた。

普段は細身のデニムスタイルが多いのに、今夜は背中に大きくスリットが入ったタイトドレスを身に纏っているからだろうか。

「今夜のホストは、アプリ開発で成功した起業家なの。仕事関係で知り合ったんだけど…30半ばくらいかな。

あとは、彼の知り合いのIT界隈の男性と…インスタグラマーみたいな?よくわかんない女がいっぱいいると思うけど。ま、適当に楽しもう」

非常にざっくりとした説明に、私は曖昧に頷く。

まあとりあえず、笑顔で会話を楽しめば大丈夫だろう。それなら、得意分野ではある。

「お邪魔しまーす」

梨奈の後ろで赤いソールを見つめながら歩き、足を踏み入れた部屋に、私は息を飲んだ。

個人の住居とは、とても思えない。

ホテルラウンジのような広々とした部屋からは、目前にこれぞ東京、という夜景が広がる。東京タワーもベイエリアのライトアップも、すべてを一望することができた。

「すごい…」

小さな私の呟きは、集まっている男女の声に、すぐにかき消された。

「お、梨奈ちゃん。いらっしゃい」

「渡辺さん、今日はありがとうございます」

私たちの姿を認め、家主らしき長身の男性が近づいて来た。

“渡辺”と呼ばれたその男は、紳士的でこなれた笑顔を私たちに向ける。

そして何の躊躇いもなく、梨奈にハグをした。続いて、私にも。

上等そうなグレーのニットから、ふわりと香水の匂いが漂う。

決して、嫌な気はしない。

しかし…私は渡辺という男の、そのやけに白い歯と肌ツヤを、直感的に「嘘臭い」と感じた。

「それより、何このお部屋!素敵すぎる!ねぇ、シバユカ?」

似合わない媚びた言い方で、梨奈が興奮気味に私を振り返る。

…お金の匂いは、簡単に人を狂わせてしまう。

私は梨奈の美しい後ろ姿に、なんとも言えぬ不安を感じてしまった。


初めて参加する、港区ホムパ。そこでシバユカは、とある女と出会う。


謎のインスタグラマー


「楽しんでいってね」

渡辺にそう声をかけてもらったものの、私は所在無げに過ごす他なかった。

梨奈以外に知り合いはいないが、彼女は渡辺の隣につきっきりで、邪魔するのも悪い。

数多くいる他の女性たちは、渡辺の知り合いだという男性3人の周りに文字通り群がっているが、そこに紛れる気にはなれなかった。

良い出会いがあるかも...なんて、ちょっとでも期待した自分が恥ずかしい。

私を含め、彼らにとってここにいる女性は “飾り”と同じ。

見栄えのためだけに料理に添えられる、パセリのようなものだ。人として対等に、まともに相手にされるわけがないだろう。

私は割り切って“飾り”に徹することに決め、用意された豪華なケータリングを楽しんだ。

盛り付けやメニューのレパートリーなどをメモしておけば、今後、自分の仕事の参考にもなるかもしれない。




「お料理、美味しいですよねぇ」

頭の中でレシピを考えながらチキンのハニーマスタード煮を味わっていると、可愛らしい声がした。

振り返ると、笑顔で佇む女性の姿があった。同じ女でも、つい頬が緩んでしまう人懐っこさがある。

若く見えるが、私と同じくらいの年だろうか。目鼻立ちのくっきりした、綺麗な子だった。

梨奈は「インスタグラマーとか、よくわからない女たち」がいると言っていたから、彼女もその類なのかもしれない。

あまり接したことのないタイプではあったが、話し相手ができたことは純粋にありがたかった。

「シバユカちゃんは、お仕事何してるの?」

お互いに名前を教え合ったあと、彼女-マリナからそう問われ、私はどういうわけか口を滑らせてしまった。

「今はただのOL。…でもいつかは、料理の仕事で独立したいと思ってる」

梨奈にも聡子にも話していない夢を、初対面の彼女に口走ってしまったのは…もしかすると無意識に抱いていた、小さな対抗心のせいだったのかもしれない。

「え、すごい偶然!実は私もお料理の仕事してるの」

私の言葉を聞くと、マリナは興奮気味にそう言って、肩にかけていたシャネルのチェーンウォレットからカードケースを取り出した。

「少し先なんだけど、来年頭に原宿でカフェをオープンするんだ。もしよかったら、ぜひシバユカちゃんにもレセプションに来て欲しいな」

差し出された、綺麗な水色のカード。

そこには“Marin Cafe”という名前とともに、千駄ヶ谷の住所が記載されていた。

「そうなんだ…原宿でカフェなんて、すごいね」

そう答えながら、私の頭の中はたくさんの疑問で埋め尽くされていく。

彼女は、何者なんだろう?

資金はいったいどこから調達しているの…?

すると私の考えを見透かすように、マリナはこう続けたのだった。

「そうだ、レセプションでシバユカちゃんにも紹介するわ。カフェの資金を出してくれてる、私のまあ…いわゆるパトロンっていうのかな。すごいやり手の人だから、繋がっておいて損はないよ」

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港区女子・マリナとの出会い。パトロンの力でのし上がる女は、勝ち組なのか?