人事部ー。

社内の人間模様や、人間の黒い欲望に直接触れることもある部署。

人事部から見た社内、それは人の業が蠢く社会の縮図であった。

涼子が働く恵比寿のベンチャー企業では、管理本部長・坂上の社内システム入れ替えのミスを、総務課長・後藤になすり付ける、黒い思惑にまみれた人事異動が発表された。

損害を蒙る人や部署、保身に走る管理職や社長の考えに触れ、人事部・涼子は黒幕に不正を突き付け、社内システム入れ替えを完遂させることができた。

人事部涼子と同期の誠、彼は一体どのように感じていたのか。

人事部と仲良くする男の画策とは果たして―…




誠の視点


誠です。

俺は人事や管理部門が大嫌いでした。

新卒で入った商社では、経理は領収書が遅いとそんなに怒らなくてもいいじゃんってくらいに怒ってくるし、総務だって備品在庫の場所を聞いたら、こんなのも分からないの?って面倒な顔をされる。

とりわけ人事は、自分たちが採用してやった、自分たちが給与を支払ってやっていると言わんばかりに、上からの態度がひどかった。

管理部門というのは売り上げを上げず、コストでしかない。

そういう感覚がないヤツが、俺は嫌いだった。

その上管理部門の女たちは、定時前には会社のトイレに駆け込み、ギラギラして出てくるし、飲み会には香水のにおいを振りまき、猫撫で声ですり寄ってくる。

俺はそういう女が苦手だった。自分と対等に仕事の話でも何でも話せる女性がいいなと考えていた。

先輩に言うと、お前はわかってないなぁと言われたが、その考えは曲げられなかった。

商社での仕事も営業だったから、仕事に打ち込むほど成果が出てた。それが面白かったが、先輩より成果を出すのが当たり前になり、最年少リーダーになったとき、この会社での成長はここまでかな、なんて思った。

この会社にいれば、順調に役職や給料が上がるだろうと思いつつ、若いうちに外の世界で勝負してみたいという思いが、年々強くなっていた。

転職すると決め上司に話をしたら、何が不満だ?なんて驚かれたけど、俺はこの世の中、自分の成長が大事だと考えていたから、商社のブランドには特に執着はなかった。

そして、自分の力を試せそうなベンチャー企業に転職したんだけど…。


ベンチャー企業での誠の画策とは


商社と似たような女性たちは、やはり一部いたもののそれは少数派で、夜遅くまで働いたり、男女対等に話す人が多くて新鮮に感じたのを覚えている。

そして、会社にも仕事にも慣れてきた頃、ある一人の名前をよく耳にすることに気づいた。

「涼子」という女性だ。

仲良くなった同僚に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

『人事の高橋涼子という女性で、可愛い上に、仕事も丁寧で早く、デキる』と。

単純に、そんな風に言われる女性とは、一体どんなヤツだろうと興味がわいた。

そうして俺は、涼子に興味を持った。

前職の事もあり、俺は騙されないぞ、いい人の仮面を被った偉そうな人事なんじゃないかと疑っていたし、化けの皮を剥いでやるとも思っていた。

だが、誰に聞いても、彼女を悪く言う人がいなかった。

涼子は、時には「妊娠したが上司に言って嫌がられないか」といった悩み相談をうけたり、根回し役になる。また別の時には、誰かが最近しんどそうだといち早く気付く。

彼女が解決できなくても、上手く人に繋いでくれる。涼子という女性は、社内のそんな存在だと知った。

単純に興味を持ったのは事実だが、人事と仲良くしたら何か情報が得られるのではないか…。そんな思惑があったのもまた事実だ。

だから俺は、自ら近付いてみようと距離を縮めるためすぐに動いた。




個室のある店で、美味しいご飯とお酒があれば口を滑らせるんじゃないかと考えて『青山 彩』に涼子を連れていき、一つの鍋をつつきながら、人事でどんな仕事をしてるか聞いた。

しかし、曖昧な答えしか返ってこないし、終わってみれば収穫と呼べるものは何もなかった。

涼子自身は、自分の仕事の話は全くしない。

気付けば俺の方がたくさん喋ってしまって、後から喋り過ぎたなと反省したほどだ(涼子は酔っているから次の日には忘れるよと酔った口調で言っていたが、実は酔っていないことは気付いている)。

涼子には、人を信頼させる特別な魅力がある気がした。

俺が涼子に抱いた感情。それはただの興味や好奇心なのか、同僚としての仲間意識なのか、はたまた恋心なのかは、よく分からなかった。

こんなことは初めてだった。

実は、1度涼子に聞いたことがある。社内恋愛したことはないのかと。


誠の本音 本当に踊らされているのは誰?


「社内恋愛はする気はない。人事が社内恋愛すると平等に見れなくなりそうだし、周りからの信頼も失いそう」

涼子からはそんな答えが返ってきた。

仕事熱心な涼子らしいなと思ったのを、よく覚えている。



人事異動が出た時に、営業部次長の平山さんがおかしな動きをしている事も、涼子にはあえて話をした。

涼子に話してみたら、どんなことになるのかなという興味があったのは認める。

後藤さんの昇進を祝う会で、後藤さんが早く帰ろうとしているのを見つけた俺は、それとなく涼子に知らせたし、平山さんと後藤さんの密会を見つけて、涼子に教えたりもした。

自分でも、スパイみたいだなと思うこともあったが、それを楽しんでいる自分がいた。




涼子が相談してくれたときは、なんだか嬉しく感じた。

今まで涼子から仕事の相談というのはなかったから、何か心境の変化があったのかなと、少しだけ心が躍ったものだ。

「相談だけなんて残念だな」と言ってみたら、涼子は真に受けて驚いている様子だったから、すぐに茶化した。二人の間が気まずくなるのだけは避けたかったからだ。

もし、この気持ちが恋心なのであれば、これを打ち明けられるのは、仕事を辞める覚悟ができた時だろうなと思っている。

だから俺は、どこに転職しても通用するように、更に自分を成長させていこうと、日々自分を奮い立たせている。そういう意味ではいい刺激である。



第1Qの終わりかけ。目標も達成して落ち着いた昼下がり。

あれから会社のシステムの入れ替えが大きく動いたり、総務人事部の組織改編など色々あった。

坂上さんが突然辞め、社内では『中国で女ができたから』『より条件のいい会社に引き抜かれた』などの憶測と噂が飛び交ったが、それもすぐに収束した。

一連の出来事に涼子が関わったのかどうかは定かではないし、聞いてもはぐらかされるだけ。そう考えたが、機会があれば聞いてみたい、そんな考えがむくむくと出てきた。

3ヶ月ほど前、「何も言わずに付き合え」と言われ、普段の涼子だったら行かないような店に連れて行かれたことがある。それを持ちだして、『そろそろあの借り、返してくれよ!』と涼子にLINEを打った。

『ごめん!今日はどうかな?』

その返事に俺の胸は高鳴り、仕事を早く片付けようと姿勢を正した。

この高揚の理由は、偵察の興味に対する高揚だけでないことは、自覚している。

だがその時、俺はある思いに至った。

始めは偵察のつもりで涼子に近づいたはずが、どうしてこうなっているのか。

俺こそが、涼子の手の平で踊らされているのではないか、と。

もしこれが、涼子や人事のやり口だったら?

人を信用させ、弱味を見せ、更に信頼や好意を得ていく。できる人事ほど、社内の人間に本心を見せないという話も聞いたことがある。

―…いや、涼子に限ってそんなことはないはずだ。

頭を左右に振り、その考えを追い払うようにしたが、一度芽生えてしまうと、そう簡単には消えてくれず、考えは膨らむばかりだった。

自分が気づいていないだけで、涼子のような人間が、社内に何人もいるのではないかと… 。

Fin.