中野物産の4代目、中野盛正社長(写真:中野物産)

赤い小箱に桜の花びらでお馴染み「都こんぶ」は、発売87年の歴史を誇るロングセラー商品です。


この連載の一覧はこちら

昨年12月初め、その製造販売元・中野物産の中野盛正社長にお話を聞く機会がありました。

盛正氏は4代目。ただ京大法学部卒業後は商社(伊藤忠商事蝓砲貌社し、7年後に会社に戻ったそうです。その社長就任の経緯は、後継者問題に悩む中小企業の社長さんにひとつのヒントになるのでは、と思いました。

昆布を手軽に食べられるおやつに

ただそのエピソードの前に、まずは、中野社長ご持参の新商品を賞味させてもらいました。

2017年10月2日発売の「パリパリっとパリリ昆布 ごま&オニオン」は、文字どおりパリパリとした食感で、おやつやおつまみに最適。同月16日発売の『昆布と梅のグミ物語』はグミの食感に昆布の旨味、そしてあと口爽やか。どちらも初めての食感です。


新製品「昆布と梅のグミ物語」(写真:中野物産)

「そもそも日本の昆布は、その9割以上が北海道で獲れます。昔は北前船で大阪へ。昆布は大阪でも馴染み深い食品なのです。しっかりと噛むと顎も発達します。それに食物繊維やミネラルがたっぷり。旨味もたっぷりです。日本人には欠かせない食べ物なんです」と中野社長(なお昆布の栄養や大阪との関わりについては、当連載2017年10月9日の記事「知らないと損をする『昆布水』の意外な効能」もご参照ください)。

その昆布を、手軽に食べられるおやつにしたのが、中野社長の祖父・中野正一氏です。まずは、「都こんぶ」誕生までのストーリーをお聞きしました。

中野正一氏は京都の出身で、尋常小学校卒業後、堺の昆布問屋に丁稚奉公に出ました。堺は江戸時代、北方からの海産物を運ぶ北前船が頻繁に出入り。また有名な包丁の産地でもあり、北海道から届いた昆布を切れ味鋭い包丁を使ってとろろ昆布、おぼろ昆布に加工していました。日本有数の昆布製品生産地だったのです。


創業者の中野正一氏(写真:中野物産)

当時は食料事情も悪く、丁稚たちは昆布の切れ端をおやつ代わりにしゃぶっていたそうです。加工前なので、柔らかくするために酢漬けにしてあります。

正一氏は酸っぱい昆布をしゃぶりながら、この小さい昆布を甘く味付けしたらおやつとして売れるのではないか、と考えました。さらに手軽に食べることができれば、健康にも寄与できると思ったそうです。

1931年、19歳で独立して堺に中野商店(後の中野物産)を創業します。最初は黒蜜入りの酢につけ、後に甘味や旨味をつけて売るようになりました。商品名は「都こんぶ」です。

なお、現代ではこの商品の読み方で悩んでいる方もいるようで、「子供の頃から『とこんぶ』と呼んでいました」「長年ずっと疑問でしたが、『つこんぶ』が正解ですか?」といった真剣な質問が、ネット上に寄せられています。「酢こんぶ」の連想から「つこんぶ」も捨て難い(?)のですが、同社のホームページにも記載されているように、正解は「みやここんぶ」です。

正一氏の出身地・京都への郷愁と憧れから名付けられています。

日本中の子供たちの間に浸透

当時お菓子は、駄菓子屋の店先で量り売りされていました。正一氏は、自転車の荷台に大量に積んだ商品を、天王寺や松屋町の問屋街に売り込みに走り回りました。

そして駄菓子屋と並んで強力な販売ルートが、全国に広がっていた紙芝居でした。筆者も子供時代、近所に紙芝居が来るとお小遣いをねだって見に行きました。日本SFのルーツ「黄金バット」や「ゲゲゲの鬼太郎」の原型「ハカバキタロー」といった人気作品が街角で演じられ、夢中になって見入ったものです。

その時「ただ見はダメ」と言われて、水飴やせんべいを買わされたのですが、そうした定番商品の中に紙にくるまれた「都こんぶ」も入っていました。その甘酸っぱい味は、紙芝居の人気と共に日本中の子供たちの間に浸透していったのです。

終戦後、戦地から帰還した正一氏は、販路を子供から大人に広げたいと考えました。「人の集まるところに行かなあかん」と、映画館や演芸場で販売したところ売り上げは上々。手応えを感じた正一氏が次に目を付けたのが、鉄道の駅でした。


赤い小箱の基本形はずっと変わっていない(写真:中野物産)

「駅には必ず鉄道弘済会の売店(現キヨスク)がある。小さな『都こんぶ』ならそこに置いてもらえるはずや」。そう考えた正一氏は、大きさを手のひらサイズにし、ポケットやハンドバッグに入れて持ち運べるようなパッケージを考案しました。

1953年東京営業所を開設、本格的に全国各駅での販売が始まります。赤地に桜の花びら、中に正一氏の想いのこもった「都」の一文字。縦型の小さな箱は、赤地に白色の花びらによって、売店でもよく目立ちました。

「このパッケージにして60年、基本形は変えていません。時代と共に横置きにする意見が出たこともありました。でもそれは、阪神タイガースの縦縞を横縞にするぐらいあかんと言われましたね(笑)」と中野社長。昔ながらの形にこだわり、まさに定番商品として全国に普及しました。

チクロ禁止で倒産の危機に

消費者が支持した理由のひとつに、「都こんぶ」の品質の高さが挙げられます。原料に使うのは、函館周辺の沿岸で採れる真昆布のみ。安定供給を目指し、地元の業者を説得して昆布の養殖も始めました。かくして強力なライバルもなく、原料の安定供給と相まって、売り上げも順調に伸びていきました。

しかし、そこに思わぬ落とし穴が待ち受けていました。甘味料として使用していたチクロ(サイクラミン酸ナトリウム)の発がん性が指摘され、1969年食品添加物の指定が取り消されたのです。砂糖は昆布の中に浸透しないので使えません。チクロはじんわりと昆布に浸透しその酸っぱさに見合う理想的な甘味料でしたが、それが全面禁止になったのです。

この影響で11億円あった売り上げは、チクロ禁止後5年間で4億円にまで落ち込みました。一方で、昆布に浸透する代替の甘味料はなかなか見つかりません。まさに、倒産の危機でした。

開発陣が苦心の末辿り着いたのが、「浸透しないのなら、まぶしてみよか」の発想でした。1976年、アミノ酸系の甘味成分を見つけ出し、昆布にまぶすことにしたのです。幸い、昆布には旨味成分が結晶化したマンニットと呼ばれる成分が付着しており、既にして粉を吹いたような感じになっています。

そこに、新発見の甘味成分を“魔法の粉”としてまぶしても、見た目はほとんど変わりません。ただコストは以前より嵩(かさ)み、正一社長は不満だったとか。しかし、消費者も「都こんぶ」の復活を待ち望んでいました。売り上げは往時を上回る勢いとなったのです(1985年13億円)。

4代目社長、後継ぎの顛末

創業社長正一氏の後は、息子の正博氏が2代目としてさらに事業を発展させました。

「小さい頃は工場に入ってつまみ食いをしては怒られていました。父は作り手でもありましたから、昆布の香りに包まれて帰宅します。あの香りは私にとって父の匂いでもあります」と盛正社長。そんな盛正氏も大学を卒業する時期になります。

「父にこう言われました。“10年間好きにしろ。10年経った時、お前が戻りたい、継ぎたいと思える会社にしておく”」。そう言われた盛正氏は、商社入社の手続きを始めました。しかしそのタイミングで、父親が急死。どうしようかと迷った盛正氏に、母親の良子さんは「お父さんがそんな約束をしたのなら、10年はやりたい仕事をやりなさい」と声をかけてくれました。その後押しがあって商社に入社し、7年間みっちり働きました。

そして1991年、30歳になった時点で商社を辞めて中野物産に入社します。当初10年の約束でしたが、母にいつまでも負担をかけるわけにもいかず、30歳の節目に思い切って退職しました。

不在の7年間は母親の中野良子氏(現会長)が会社を経営していました。売り上げも18億円まで伸ばし、従業員も85人から115人に増やしていました。父親の遺志を継いだ母親の良子氏が、“後を継ぎたい会社”に育ててくれていたのです。

「ただそれまでまったく違う仕事をしていましたので、カルチャーショックでした。まず社員の皆さんに自分を認めていただかないといけません。現場に入って話をしながら、徐々に安心してもらい、それからいろいろと仕事を進めていきました」と盛正社長。「都こんぶ」の製造は手作業で行われています。季節によって酢につける時間が違うなど、実は職人的な仕事です。

それを知るからこそ、盛正社長は職人気質を尊重し、十分な話し合いの時間を設けたのです。

そして1990年代後半から健康ブームが到来。昆布は、低カロリーというだけでなく、甘酸っぱい味で唾液が出やすく、満腹感も刺激してくれます。加えて、最近話題の糖質制限にも効果大。「都こんぶ」1箱15グラムに含まれる糖質は2.3グラムですが、同じ重さのせんべいの糖質は12.3グラム。5倍以上も違う計算です(せんべいの糖質量は江部康二著『食品別糖質量ハンドブック』洋泉社より)。

ダイエットと健康に最適

口寂しい時の間食として、ダイエットと健康に最適。まさに時代の求めるおやつと言えます。冒頭に挙げた「パリパリっとパリリ昆布 ごま&オニオン」や「昆布と梅のグミ物語」も、そうした時代の要請に沿った新商品なのです。中野社長は「そんなにドラマチックに増えていませんよ」と謙遜されますが、堅調な増収ぶりで、今や売り上げも23億円になりました。


女性のニーズを踏まえ発売した「コラーゲン1000mg 酢っきりこんぶ 梅味」(写真:中野物産)

また昆布には、ミネラルや植物繊維も豊富に含まれているので、肌や髪の色ツヤにも効果があるとされ、女性に嬉しいおやつでもあります。

盛正社長はこうした女性方のニーズを踏まえ、2017年5月29日「コラーゲン1000mg 酢っきりこんぶ 梅味」を発売しました。「この商品は普通の昆布よりも食べやすいように、かなり柔らかくしています。世の中のダイエットや健康志向を考えて女性社員が開発しました」。

ここにも、従業員の視点を大切にする4代目社長の真摯な姿勢が感じられます。これからも、社長・従業員一丸となった努力で、「都こんぶ」の魔法の粉がさらに日本国中に振りまかれることを期待しています。