昨年12月11日、東海道・山陽新幹線「のぞみ34号」が走行中に異常音や異臭などの不具合が生じ、名古屋で運転を中止した。調査の結果、13号車の台車に亀裂が生じていたことが判明した(写真:共同通信)


トラブルを起こした「のぞみ34号」の13号車の台車。残り3cmの亀裂で破断のおそれがあった(写真:JR西日本)

現場で働く人々が、世界に誇る新幹線の安全性を支えてきたことは間違いない。それだけに現場の判断が狂うとその安全性は一気に崩壊する。2017年12月11日に起きた新幹線「のぞみ34号」の台車亀裂トラブルは、亀裂の長さが14cmにも達し、あと3cmで台車枠が破断するという極めて深刻なものだった。その原因は現場力への過信や思い込みだったことが明らかになった。

このトラブルには2つの重要なポイントがある。1つ目はなぜ台車枠に亀裂が発生したのか。そして2つ目は異常を知りながらなぜ運転を続けたのかということである。1つ目のポイントについては、2月28日にJR西日本(西日本旅客鉄道)と、問題の車両を製造した川崎重工業がそれぞれ記者会見を行い、問題点が少しずつ見えてきた。順を追って見ていこう。

外観は同じでも製造工程は違う

「平らになるまで削れ」。川重の兵庫工場で鉄道車両の台車枠製造の責任を担う班長が部下にそう指示した。2007年2月、量産化がスタートしたばかりの新幹線N700系の製造現場だ。


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新幹線車両の製造に際しては、メーカーはJRの設計図どおりに造る必要があるが、細かい製造方法はメーカーに一任されている。N700系は川重のほかに日立製作所や日本車輌製造といったメーカーも製造している。見た目や性能はまったく同じだが、製造方法においては各社が得意とするノウハウがふんだんに詰まっている。

今回問題を引き起こしたのは、台車枠の底面と「軸バネ座」と呼ばれる別の部品とを接合する工程だ。班長の目の前にあった外注品の台車枠は厚さ8mmの鋼板をロの字型に折り曲げたものだ。しかし、折り曲げの精度が甘く、底面に歪みが生じていた。これでは軸バネ座をすき間なくぴったりと取り付けることができない。すき間があるとガタつきが生じる。


川崎重工業は2月28日に開いた記者会見で、台車枠を業界基準を超えて削っていたことを明らかにした。右は金花芳則社長(写真:共同通信)

どのように歪みをなくして平らにするか。プレス機で完全に平らにする、あるいは軸バネ座を削って台車枠の歪みに合わせるといった方法もある。班長が選んだのはどちらでもない台車枠を削るという方法だった。

台車枠は車両走行上、極めて重要な部材である。それを削ることは本来あってはならない作業だが、例外として溶接部分の周辺については0.5mmまでなら削ってもよいと、業界基準で認められていた。班長はこの基準を拡大解釈して部下に底面を削るよう指示した。

「まさか0.5mmを超えて削ることはないだろう」と班長は思っていたという。しかし、部下は業界基準など知らず、最大で3.3mmも削ってしまった。仕上がりを班長が確認しなかったため、基準超えの事実は見過ごされてしまった。

JR西日本の仕様では台車枠の厚さは7mm以上であることが求められていた。しかし、底面については最も薄い部分が4.7mmしかなく、強度不足は明らかだった。

匠の技を過信したか

「このN700系は量産初期のもので、生産工程上やりにくい部分がいろいろとあった」と川重の志磨貴司・車両カンパニー品質保証本部長は説明する。現場が造りにくいと判断したときには、設計部門に設計変更を依頼することもある。そうなると当然、製造コストは膨らみ、納期も厳しくなる。


川崎重工業の兵庫工場で製造される新幹線「N700系」。新幹線製造には高い精度が要求される(撮影:ヒラオカスタジオ)

設計の無理な要求を現場の知恵と工夫で解決しよう。班長はそう考えたのかもしれない。班長は40人の部下を率いて新幹線・在来線合わせて何百台もの台車を造っている。「しっかりした人物」と、川重首脳からの信頼も厚い。

ぴたりと接合した台車枠と軸バネ座を前にして、現場に「手抜きをした」という判断はなかった。それどころか、他部署の手を煩わせることなく、「うまく仕上げることができた」と解釈していた――。そんな見方について、小河原誠常務は「少なからずあった」と認める。

JR西日本は2007年から2010年にかけての4年間に川重からN700系を購入している。この間、班長のやってはいけない作業が続けられていた。JR西日本が保有している川重製の台車をすべて検査したところ、底面の厚さが基準に満たない台車は303台中100台に達していた。川重は不備のあった台車を交換するための製造費用を全額負担する。安全性への信頼を損なったことで営業面での影響も計り知れない。「現場力」に対する過信が招いた判断ミスはあまりに高くついた。

ところで、台車枠が薄くなっただけではこれだけ大きな亀裂が生じることはない。超音波で傷を調べた結果、台車枠底面と軸バネ座の溶接部分に長さ4〜5mmの微細な傷が生じていた。おそらくは溶接の工程でできた傷だ。これは必ずしも致命的ではなく、「品質管理をしっかりしてほしいというレベルの問題」(JR西日本の平野賀久副社長)。この程度なら台車枠の底面に十分な厚さがあれば傷の進行は防げるので、運転に支障はないという。

だが、運悪く台車枠の底面が基準より薄かった。わずか4〜5mmの傷は10年かけて、JR西日本が定期的に実施している検査をすり抜け2〜3cmにまで広がった。トラブルが起きた昨年12月11日の朝の検査でも見逃されたことを考えると、その日の運行開始後に亀裂が一気に拡大した可能性がある。これがJR西日本が推定する亀裂発生のプロセスだ。ちなみに川重は、溶接時の傷と亀裂との因果関係については「あくまで可能性の1つ」と発言するにとどめる。


東京都内にある新幹線総合指令所。JR東海やJR西日本の指令員が共同で新幹線の運行指令業務を行っている(2010年記者撮影)

もう1つのポイントは、異常を知りながら、なぜ運転を続けたのかということである。その点について、JR西日本は車掌やパーサーに加え、車両保守担当者3人、および新幹線総合指令所の担当者3人への聞き取りを行った。聞き取り結果を要約すると、台車に亀裂が見つかった13号車では、車掌やパーサーが博多出発直後に異音や異臭を感じ、指令員に報告。指令員は車両保守担当者3人を岡山駅から乗車させて、確認作業に当たらせた。

最も重要な発言を聞き逃した

保守担当者3人は13号車の音や「床下からビリビリ伝わる振動」が気になったとしている。パーサーは13号車の客室内に「もや」がうっすらとかかっていると感じ、床下の音については「うるさく感じるほど大きい」と発言している。その後の岡山―新神戸間における保守担当者と指令員のやり取りは以下のとおりだ。

保守担当者「床下を確認したい」

指令員「走行に支障があるのか」

保守担当者「そこまではいかないと思う。見ていないので現象がわからない」

別の保守担当者「モーターが少し大きい音を出している可能性がある」

保守担当者「安全を取って新大阪で床下をやろうか」

この「床下を確認したい」という最も重要な発言の直前、指令員の上役に当たる指令長が、指令員に対して現状の報告を求めたため、指令員は受話器から耳を離して、「ちょっと待ってください」と発言した。つまり、指令員は保守担当者の「床下を確認したい」という発言を聞いていないわけだ。逆に指令員の「ちょっと待ってください」という発言を、保守担当者は、新大阪で床下点検の準備をするためちょっと待ってほしいという意味だと解釈した。

そして、指令員は指令長に対して「床下から音はしているものの運転には支障がない」と報告し、運転が続行された。

新神戸到着時、保守担当者は車外で13号車の車体とホームの間を懐中電灯で照らして目視で確認したが、異常は感じなかった。それに続く、新神戸―新大阪間での指令員と保守担当者のやり取りはこんな感じだ。

指令員「走行に支障がある感じではないか」

保守担当者「判断できかねるので、走行に異常がないとは言い切れないかな」

指令員「台車関係かどうかというのは疑わしいけれど、わからないということですよね」

保守担当者「そうですね。はい」

指令員は、保守担当者は本当に危険があれば「危険だ」と伝えてくると思ったという。結局、指令員は走行に支障がないという判断を変えないまま、のぞみ34号は新大阪に到着。保守担当者は下車。車掌や指令員はJR東海(東海旅客鉄道)への引き継ぎの際、異音や異臭がしたが運行に支障がないことを伝えた。

運行を止める判断の難しさ

現場で危険を察知しながらなぜ列車を止められなかったのか。その原因を解明するためJR西日本は、有識者会議を設置して、あらためて関係者にヒアリングを行うなどの調査を実施しており、最終報告書は3月下旬にまとめられる予定だ。


JR西日本が設置した有識者会議の会合。最終報告書は3月下旬に取りまとめられる(記者撮影)

有識者会議の座長を務める安部誠治・関西大学教授は、2月26日に行われた第3回の会議後、「現場の保守担当者は少々おかしいと感じながらも、自信を持って、すぐに列車を止めて検査する必要があると言うところまでは至らなかった」と述べた。そのうえで、「内心思っていても明確な言葉で発していないので、指令としては止めなくても大丈夫という判断になったようだ」と説明している。

危ないと思ったら、迷わず止める。スローガンとしては正しいが、実際に行うのは簡単ではない。列車を止めれば運転再開に時間を要するし、後続列車にも影響が出る。もし、列車を止めて調査したが、そのまま運転しても支障がないという結果が何度も続いたら、かえって利用者に迷惑がかかる。そのため、安部教授は「保守担当者が異常を見極める力をつけるべきだ」と指摘している。たとえば、異音の事例を集めて保守担当者に聞かせるなどの方法が考えられるという。


大阪府内にある新幹線第2総合指令所。指令員同士のコミュニケーションも円滑に行われている(撮影:梅谷秀司)

保守担当者の力量を高め、自信を持って判断できるようにする。この方向性は間違っていないが、詰め切れていない部分もある。指令員と保守担当者のやり取りを読むと、保守担当者は強い言葉ではないにせよ床下点検を提案しており、新大阪では床下点検が行われるものと考えていた。一定の力量はあるようにも思える。

一方で指令員は、異常事態に関する現場とのやり取りの最中に、指令長に呼ばれてやりとりを中断し、「床下点検をしたい」という、最も重要な発言を聞いていない。保守担当者が自分の意思を明確に述べたとしても、指令員とのコミュニケーションが適切に取れないのでは意味がない。指令長はなぜ重要な会話が終わるのを待たず、会話に割って入ったのだろう。

核心部分に迫れていない有識者会議の調査

2月26日、有識者会議メンバーは都内の新幹線総合指令所を訪ね、指令員へのヒアリングを行った。それを踏まえて、「重要な会話の最中に上司に呼ばれ受話器から耳を離して会話が聞けないということがありうるのか」と安部教授に質問したところ、驚きの答えが返ってきた。会話の最中に受話器から耳を離したかどうかという質問自体をしていなかったのだ。問題の本質を知るうえでいちばん重要な質問ができていなかったことになる。

また、JR東海とJR西日本の指令員は隣り合って業務を行っており、JR東海の指令員も山陽新幹線区間におけるやり取りを承知している。JR東海の指令員にもヒアリングをすることは客観的な状況を把握するうえで有効なはずだが、安部教授は「話を聞く必要はない」と言い切る。

コミュニケーションギャップは至る所に生じる。川重の台車製造ミスにしても、班長の独断が直接の原因かもしれないが、それをチェックする仕組みがまったくなかったのは問題だ。意思疎通をおろそかにするとどんな事態が起きるか。家庭や職場でも同様のことは起こりうる。決してひとごとでは済まされない。