-保険プランニング-

そのとき、人間の本性が自ずと露わとなる。

その人に適した保険を設計するには、人生計画、金銭事情、価値観、そして家族や異性関係についても…様々なヒアリングを重ねる必要があるからだ。

三上保(みかみ・たもつ/30歳)は、外資系保険会社の保険プランナー。

東京のアッパーな男女たちを数多く顧客にもつ彼は、順調に成績を伸ばし、トップセールスマンとしての地位を確立している。

しかしラブラブすぎる新婚夫妻など、表からは知る由もない男女の内情を目撃するたび「結婚は最大のリスクである」と考えを拗らせていくのだった。




至福のスイーツ


-おお、これが噂の…!

ホテルニューオータニの『SATSUKI』。

恭しくサーブされた希少かつ高価なショートケーキを前に、保はひとり心踊らせた。

“エクストラスーパーあまおうショートケーキ”

莓界の王様・博多あまおうを贅沢に使用したこの特別仕様のショートケーキは、なんと一切れ3,000円。

何を隠そう、保はスイーツ男子である。特に、ショートケーキには目がない。

軽くランチを済ませた後、期間中に是が非でも行っておかなければと、ひとりウキウキと食べにやってきた。

-美味すぎる!

しっとりとした食感、きめ細やかなクリームの舌触りの良さ。何より、あまおう苺との完璧なバランスといったら…!

保は存分にその味を堪能し、ひとり満足げに頷くのだった。

…しかし次の瞬間、一本の電話が至福の時を切り裂く。

「…もしもし、三上です」

慌てながら小声で応答すると、耳元で甲高い早口が響いた。

「ああ、三上さん!ちょっと緊急事態で…赤坂のお店にすぐ来られるかしら?30分以内に」

声の主は、田所紗英(たどころ・さえ)。

都内で複数店舗を展開するコルギサロンのオーナーで、月額15万円の積立保険を契約してくれている、そこそこの太客である。

「…わかりました」

保はすべてを諦め、そう答えた。

なぜなら前に一度彼女の要求を断ったら、一体どこからそんな声が…というほど低く野太い声で「ええ?」と凄まれたのだ。

触らぬ神に、祟りなし。

保は残りのショートケーキをほぼ丸呑み状態で食すと、田所の元へと急いだ。


コルギサロンオーナー・田所紗英。彼女に起きた、緊急事態とは?


横暴な美魔女


「急にお呼び立てしてごめんなさいねぇ〜。どうぞ、こちらに」

田所紗英のサロン(赤坂店)は、赤坂見附駅近くのビル地下にある。

狭いスペースではあるがウッド調のインテリアで統一された空間は居心地がよく、アロマオイルの香りに心がほぐれる。

「お昼はもう食べました?これ、良かったら」

田所紗英は、先ほどの電話と同じ人とは思えぬ柔らかな物腰で保を迎えてくれ、奥のキッチンで用意したのだろうか、笹の葉に包まれたおむすびとお味噌汁を出してくれた。

…保はすでにお昼も、スイーツまでも済ませているが、そんなことは彼女の前で言ってはならない。

「わあ、うまそう!ありがとうございます」

笑顔を作って礼を言うと、田所紗英は嬉し恥ずかしといった表情ではにかむ。

-こうして会えば、可愛らしい人なんだけどなぁ。

実際、美しい女性なのだ。40歳をとうに超えているが、外見は非常に若々しく、30代にしか見えない。

「どうされたんですか。緊急事態…?」

味噌汁をすすりながら、保は本題を切り出す。

すると、すべてを言い終える前に田所紗英の声がかぶさってきた。

「それがね」

少々芝居がかったそぶりで急に真顔になった彼女は、再びマシンガンのように話し始めた。

「実はこの間…胃に腫瘍が見つかったのよ。精密検査をして良性だとは言われたんだけど、急に不安になっちゃって。

だってほら、私が倒れたらこのお店は?従業員にもものすごい迷惑をかけるし…

そもそも、彼氏のせいなのよ。前に話したかしら…彼のこと。

結婚する予定だったのよ。彼の離婚が成立すれば、ね。それが本当に突然よ、妻が妊娠したとか言い出して。意味がわからない。

しかもその妻ってのが、私、写真見たことあるから知ってるんだけど全然綺麗じゃないのよ。顔もまん丸で…私の店でコルギしてあげたいくらい。それでね…」

-医療保険、追加しますか?

保としては、ただその一言を告げたいのだが、彼女の言葉は途切れることを知らない。

彼女の彼が妻帯者で、その妻が不美人であるなどという情報に何の興味もわかないが、時々「あー」とか「ええ!?」とかいう言葉を発しながら、保はひたすら聞き役に徹した。


横暴な美魔女に疲弊させられた保。しかし苦労の後にはご褒美もある?


ついに、運命の出会いが!?


どうにか話を打ち切り田所紗英のサロンを後にした保は、疲労感を引きずりながら次のアポイントへと急いだ。

先日、渋谷の某ITベンチャーに勤める20代女性から、コールセンター経由で保険の設計依頼が入った。

会社近くで少しならば抜けられるということで、15時に『セルリアンタワー東急ホテル』のラウンジで約束をしている。

20代女性、コールセンター経由。…少額契約の匂いしかしない。

ベテラン勢はこういう時、知って知らぬふりである。

したがって自動的に、入社2年目、物腰柔らかで人当たりの良い保に白羽の矢が当たってしまうのだ。

損な役回りだとしか思っていなかったが、しかしこのアポイントが保の運命を変えることになるとは...この時はまだ、想像さえしていなかった。




「三上さん、ですか?」

ガーデンラウンジ『ZABOU』に現れた女性を、保は思わず二度見してしまった。

突然だが、保は女優・石原さとみの大ファンである。

主演ドラマはもとより、CMで見かけるたびについ一時停止してしまうほど。彼女のポジティブな雰囲気、キュートであざとい顔や仕草が猛烈に好きなのだ。

それが今、まさに保の前に、石原さとみが…いや、石原さとみにそっくりな美女が現れたのだ。

-これはもしかして…。俺にもついに、運命の出会いが!?

完全に彼女に見惚れている保は返事も忘れ、ひとりお花畑な妄想に酔いしれる。

そんな保を彼女は面白そうに見つめ、弾むような可愛らしい声で「原井美里です」と名乗った。

軽く首を傾げて会釈をするその仕草は、まさに保の好みど真ん中である。

「初めまして、担当させていただく三上です。どうぞ…おかけください」

眩しい笑顔に、どうしても頬が緩む。

しかしこれは、仕事である。「しっかりしろ」と自分に喝を入れ、保もようやく平静を取り戻す。

そうして落ち着いて彼女を観察してみると、保はいくつかのことに気がついた。

彼女は25歳、独身。渋谷のIT ベンチャーで働くOLで、恵比寿で一人暮らしをしているとの前情報を得ている。

しかし-。

微かに感じる違和感の正体に、保はようやく合点がいった。

彼女が身につけているものが、年齢と職業の割にやけに高価なのだ。

仕事を抜けてきている彼女は、バッグこそ男の保が一瞥でわかるようなブランドものではないが、運ばれてきた紅茶ポットを注ぐ指には、ティファニーTのダイヤ入りリングが光っている。

カーディガンの袖口からチラリと見える手首には、カルティエのタンク(こちらもダイヤ付)。

横に置かれたコートも、そのしっとりとした質感はどう見ても高級感があるし、身につけている洋服も安物ではなさそうだ。

-お嬢様なのだろうか?

しかしそれならば、自らコールセンター経由で保険契約を希望したりするだろうか。

…もしくは、男に貢がせているのか。

保は関わらないようにしているが、東京には、港区女子なる生き物が存在するのである。

訝しんでいると、原井美里は、その答えを自らあっさりカミングアウトしてくれた。

「今日はありがとうございます。そろそろ保険とかちゃんと考えたくって…なんせ私、貯金0円なので♡」

-貯金0円…!?

…そう、原井美里は、収支バランスが明らかにおかしい、割とヤバめな浪費女だったのである-。

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一目惚れした女性はまさかの浪費女。リスキーな女に深入りは禁物...?