バブル崩壊後の低迷する日本を生きてきた“ゆとり世代”。

諸説あるものの、現在の20代がこの世代に当たるとされる。

仕事も恋も、何もかもが面倒くさい。報われる保証もないのに、頑張る意味がわからない。

外資系コンサルティングファームに勤める瑞希(26歳)も、まさに典型的な“ゆとり”。

高学歴、高収入、容姿端麗。誰もが羨むハイスペにも関わらず、その実態は信じられないほど地味だ。

趣味はNetflix、たまに港区おじさん・水野と出かけるのは庶民的な餃子屋。

「楽に・効率的に」を行動の原則に据える瑞希だが、水野から半ば巻き込まれるような形で、プロボノ活動に参加することとなる。




巻き込まれた、プロボノ活動


「...以上を鑑みると、採算性の悪い一部地域でのサービスを終了し、採算の取れる地域へスタッフを厚めに再配置することが目下取り組むべき最優先課題と考えられます」

暖房の効き過ぎだろうか、水曜16時のオフィスにはぼんやりと眠たげな空気が充満している。

地上45階のオフィスの中でも、東京タワーを正面に据えた上司・吉田の個室からの眺望は抜群だ。

しかしそれも、毎日眺めているとただの壁紙のようになってくる。

「なるほどね。よくまとまっているし、納得感があるな。ここ2週間出張続きでなかなか見られなかったけど、上野さんが丁度入ってくれて助かったよ。この内容で一回CEOと話してみようか」

「分かりました、では調査資料と一緒にこの提案内容で一旦メールしておきますね」

自分用の資料を手早くまとめると、瑞希はそそくさと吉田の個室を後にした。デスクに戻り、大きく一度伸びをする。

―…ふぅ、早めに片付いて良かった。

水野に半ば強引に引きずり込まれる形にはなったが、思っていたよりプロボノ活動の負担は軽く、瑞希はほっとしていた。

社内でもプロボノ活動は通常業務と同じ扱いで、業務時間内に活動が認められていることも大いに助けになる。

水野が出資しているというNPO『放課後わんぱく会』は、学童保育を事業の柱とし、関東を中心とした主要自治体で事業を展開している。

そのサービス自体の需要は高いものの、質を維持しつつ広い地域で同様のサービスを展開することには、スタッフの制約、収益性から課題があった。

NPOとは言え、ある一定水準の収益性を維持できなければ、そもそも事業の展開は望めない。

そこでマネジメント側から、プロボノパートナーのコンサルに助言が求められたという次第だ。

NPOであろうと営利企業であろうと、抱える問題に対する解決を見出すという点ではコンサルの役割は変わらず、瑞希は通常業務と同じように取り組んでいた。


思っていたより楽だと安心したプロボノ活動だが…


「そのご提案は検討致しかねます」

当たり前のように言い放った『放課後わんぱく会』代表・小原の言葉に、数秒の間、瑞希は何を言われたのか理解できず固まっていた。

金曜17時の貸会議室には瑞希、上司の吉田、『放課後わんぱく会』の小原、水野含む理事3人が集まっている。

「…私どもの資料に何か納得のいかない点がございましたか?」

動揺を隠し、低いトーンで瑞希は尋ねた。




「納得がいかないというか…

仰っていることはよく分かりますが、ご提案いただいた内容は私共の理念に反しますので」

テーブルの端に座る小原は、天然パーマ気味の髪をくしゃくしゃと掻いた。

小原のくたびれたワイシャツは肘までまくり上げられ、最後にプレスしたのは一体いつだろうかと思う程にズボンの折り目は消えかけている。

パリッと糊の効いたドレスシャツに濃紺のスーツを着こなした水野の隣に並ぶと、彼の姿はより一層みすぼらしく見えた。

声に棘が混じらぬよう、なるべく平坦なトーンを心がけて瑞希は言い募る。

「ですが、先ほどもご説明した通り、問題となっている学童保育事業の収益のキードライバーは事業所の人件費です。そもそも私共が検討するよう伺っていたのは、当該事業の収益性の改善かと存じますが」

小原に語りかけつつも、瑞希の目は助けを求めるように水野含む理事達の方へ泳いだ。

通常業務の傍らとは言え、ここ数週間そこそこな時間を費やして検討してきた内容だ。「理念に反する」などという、フワフワした理由で否定されては堪ったものでない。

しかし、氷点下まで冷めきった瑞希の声とは裏腹に、小原は天気の話でもするようにのんびりとしている。

「現在展開している事業所は全て継続します。単体では赤字だろうが、そこでも私達のサービスが求められている限り撤退は考えられません」

結局、小原が「事業所の閉鎖はあり得ない」の一点張りで、瑞希の提案はまともに取り合ってすらもらえなかった。

小原以外の理事達は一応耳を傾けてくれたようだが、最終的に決断するのは代表の小原だ。

もう一度違った方向性で検討し直すということになり、その場は解散した。


瑞希の提案が聞き入れられなかった理由。そこにあるのは、ゆとり価値観の限界だった?



熱き社会起業家・小原の思い


「…なんで、小原さんがここに居らっしゃるんですか」

テーブル中央のピータン豆腐を自分の小皿に取り分けつつ、水野に問いかける瑞希の声には、明らかに不機嫌さが滲む。

水野と『フロリレージュ』に行って以来、週末もしばらく雑用が重なり、『タイガー餃子軒』を訪れるのは随分久しぶりだ。

厨房から聞こえる、じゅうじゅうと美味しそうな音と喧騒、油とスパイスの香ばしい香り。

懐かしい空気に違和感があるとすれば、瑞希の隣に『放課後わんぱく会』代表・小原が座っていることだ。

「いやあ、会議室だと中々言いづらいこともあるかと思ってさ。あと小原さんも、大の餃子好きなんだよね」

「…そうですか」

瑞希は水野の向かいでハイボール片手にザーサイを口に放り込んだ。

「門前仲町のタイガー餃子はよく行くんですが、広尾は初めてです。ぷっくり餃子のクオリティはこちらも同じで安心しました」

「…そうですか」

昨日同様にのんびりとした小原に対する、瑞希の返事は冷たい。

瑞希としては、ここ数週間の間に集められる材料を全てきちんと考慮した上で合理的な提案をしたつもりだし、プロボノとしての責任は十分すぎるほど果たしたと思っている。

これ以上更に何かしろと言われても困るのだ。

それを察してか、小原は少し真面目な顔で瑞希に向き直った。

「いや、昨日はせっかく考えてきていただいたご提案なのにすみませんでした。...でもね、僕としても言わせてもらうと、昨日のご提案はあまりにも、僕たちの思いを分かっていないな、と感じざるを得ないです」




その穏やかで柔らかい声音とは裏腹に、小原の言葉には強い意志が感じられる。

「僕は、自分の親戚・知人・友人の全てを巻き込んでこの事業を立ち上げました。事業に対して全責任を負っているのはもちろん、この法人が根差す理念に共感して応援してくれた彼らのためにも、絶対に守らなければいけないものがあるんです。

『仕事だから』なんて理由で僕はこの事業やってないんですよね。

失礼ながら申し上げると、上野さんは、そこまでの覚悟と熱意をもってこの事業に向き合って下さっているようには見えません」

想定していなかった小原の言葉に、ピータン豆腐に伸ばした瑞希の箸が止まる。

図星だった。

“やるべきことを、そこそこちゃんとやっていれば、良いんでしょ”

いつもどこかでそう思っていた気がする。

しかし、それだけでは決して見られない景色があるのだ。

返す言葉も無くただうつむく瑞希を、水野は静かに見つめていた。

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ゆとり世代代表・瑞希に転機が・・・?プロボノ活動に瑞希を巻き込んだ、水野の思惑とは。