ビル・ゲイツもすすめる「遺伝子の旅」のガイドブック

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気がついたら2週間ほどたっていて、その間どうやって生活していたかあまり覚えていないなどといったら、家族や同僚にきっと心配されるだろう。しかもその間、約150年にわたる時空の旅に出ていたなどと言ったら、いよいよみんなを慌てさせるかもしれない。でもこれは紛れもない事実、ホントの話なのだ。

ぼくはいま、その旅の話がしたくてたまらない。こんなエキサイティングな旅は生まれて初めてだ。案内人はぼくと同い年のインド系アメリカ人。それは遺伝子の謎をめぐる贅沢な時間旅行だった。

『遺伝子 親密なる人類史』上・下(早川書房)は、この時点で気が早すぎると笑われてしまいそうだが、間違いなく今年の一般向け科学書のナンバーワンだと思う。この本とともに過ごした2週間はなんと豊かな時間だったことか。

本書の著者、シッダールタ・ムカジーはコロンビア大学に籍を置く腫瘍内科医である一方、サイエンス・ノンフィクションの書き手としても世評が高い。デビュー作『がん―4000年の歴史』はピュリッツアー賞も受賞している。そんな優れたストーリー・テラーが語る人類と遺伝子の物語が面白くないわけがない。ちなみに読書家として知られるビル・ゲイツも本書に魅了されたひとりだ。ビル・ゲイツは2016年に読んだお気に入りの本5冊のうちの一冊として本書の名前を挙げている。

遺伝子をめぐる旅は、ある修道院の小さな庭からはじまる。1843年10月、小作農家の息子がこの修道院で生活をはじめた。まじめな顔つきで小柄な男は、2回も試験に落第したために念願の自然科学の教師になることは叶わなかったが、その代わり天性の庭師としての才能を持っていた。

ある夏の終わり、彼は庭にエンドウマメを植えた。純系のエンドウマメは、世代を経ても形質が変化しないという特徴がある。つまり背の高いもの同士をかけ合わせれば、必ず背が高いエンドウマメができる。彼は種子や花、鞘などの色や形状の違いで7つの純系のリストをつくり、違うもの同士をかけ合わせ、その結果をコツコツと記録していった。

絵筆とハサミを手に、それぞれの花の雄しべの先端を切り取ったり、花粉をつけたりしながら、男はたったひとりで作業を続けた。最初の実験では、交雑種の形質は、一方の親の形質と同じになることがわかった。彼は親から子へと伝わる形質を「優性」、伝わらない形質を「劣性」と名づけた。ところが雑種同士をかけ合わせた第二代になると、雑種第一代で消えていた形質が現れたのだ。

この時、人類は初めて自然界の秘密の扉の前に立った。男の名前はグレゴール・ヨハン・メンデル。1857年から1864年にかけて、メンデルはこの庭で膨大なデータを生み出した。2万8千の苗木、4万の花、40万近くにものぼる種子。メンデルの実験結果からわかったことは、遺伝というのは、親から子へと受け渡される「個別の情報の粒子」がないと説明できないということだった。メンデルの大発見はしばらく歴史の中に埋もれていたが、やがてダーウィンの進化論と出会い、進化における遺伝子の役割へと人々の考察を導いていく。

そもそもムカジー自身に本書を書く強い動機があった。ムカジーの伯父2人といとこが統合失調症や双極性障害などの精神疾患を発症しているのだ。精神疾患は比較的遺伝の要素が強いことで知られており、ムカジー自身が発症するリスクは一般よりもかなり高いとみられる。

精神疾患や障害と遺伝学が交差する地点で生まれたのが優生学だ。本書には優生学の信奉者たちが手を染めた目を覆いたくなるような残虐な行為の数々もしっかりと描かれている。能力的に劣っていると恣意的に判断を下された人々が、強制的に子どもを作れない体にさせられたり、命を奪われたりした。そのもっともおぞましい例がナチスであることはご存知のとおりだ。

だが優生学の暴走は人類に大きな反省をもたらしたものの、その後も遺伝子の解明は止むことがなかった。遺伝子の実体が4種類の塩基からなるDNAであること、その構造が二重らせんであることにはじまり、いまではヒトのゲノム(全遺伝情報)の解析をもとに、ゲノム自体を改変する「ゲノム編集」を行うことすら可能だ。わずか150年の間に、人類は、かつては想像もできなかったような「技術」を手に入れたのである。

「遺伝子の組み換え」などと聞くと、いまだに心理的抵抗をおぼえる人もいるかもしれない。だが遺伝子を操作する技術によって、インスリンや成長ホルモンなどの医薬品が大量に生産できるようになり、そのおかげで命を救われている人々がいることも事実なのだ。このような現実を前に、ただ素朴に抵抗感を示すだけではあまりにナイーブに過ぎる。ぼくたちはもっと遺伝子の物語について知らなければならない。本書はそのための優れたガイドになるだろう。

人類がこのように神の業にも等しい技術を手に入れることになろうとは、もちろんメンデルは知る由もなかった。彼はいつもたったひとり屋外で植物の世話をしていたが、愛用の帽子をハープにかけていて、庭に出ていくたびにポロンとハープが澄んだ音を響かせたという。ムカジーはメンデルの仕事を、共感をこめて「やさしさ tenderness」という言葉で表している。帽子をとるたびに鳴り響いていたハープの音色は、心優しきメンデルへの神の祝福の音楽だったのかもしれない。

人類が神の業を手にしたいま、ぼくらの耳もとで祝福の音楽は鳴っているだろうか?

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