1月11日、2018-19ラインナップ発表を行う大野和士氏(写真:新国立劇場)

東京の“オペラの殿堂”新国立劇場が大きな節目を迎えようとしている。この秋開幕する2018-19シーズンの次期芸術監督に大野和士氏が就任するのだ。
1960年東京生まれの大野氏は、東京芸術大学を卒業後、1987年にイタリアの「トスカニーニ国際指揮者コンクール」で優勝。以後国内外のオペラハウスやコンサートホールを舞台に活躍する世界的指揮者だ。”世界的“という言葉がいささか安易に使われる昨今だが、大野氏に関してはまさにその実績にふさわしい形容詞。オペラにおいてはドイツ・バーデン州立歌劇場、ベルギー王立歌劇場(モネ劇場)、フランス国立リヨン歌劇場の音楽監督や首席指揮者を歴任。その経験を基に満を持しての新国立劇場芸術監督就任と言えそうだ。
その大野氏が手掛ける新国立劇場、いわゆる”東京オペラ“の未来とは? 2018-19シーズンラインナップ発表会が行われた翌週1月19日に単独インタビューを行った。

――開館20周年を迎えた新国立劇場をどのように見ていますか。


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新国立劇場では、オープン早々の1998年に「魔笛」、その後2010年に「トリスタンとイゾルデ」を指揮しています。そこで体験した劇場の状況や実力、そして聴衆の熱心な姿勢や貪欲さなどから、大きな可能性を秘めた存在だと認識しています。

その反面、聴衆にインパクトを与える姿勢に関して言えば多少受け身かなとも感じます。それは演出家の選択や作品のチョイスにあります。演出家に関して言うならば旬の人たちを起用することによってさまざまな点で面白くなるはずです。そして今のレパートリーをおよそ3年で繰り返し上演することを考えると、絶対的にレパートリーが足りないのです。レパートリーの地平を広げ可能性を拡大したい。それがここで仕事を始めた1年半前に強く感じたことでした。

演出家のチョイスには特に注力したい

芸術監督として演出家のチョイスには特に注力したいと思っています。現代の演出においては、近現代における社会的なテーマを持ちながら、ビジュアルアートの発展に伴った視覚的に面白いものや刺激的なもの、さらには色彩的でめくるめく移り変わりが表示されるような舞台が主流となっています。それらを音楽の詩情に結び付ける力を持った演出家たちが世界中を駆け巡っている時代だと言えるでしょう。

その彼らに新制作の演出を行ってもらいたいと思っています。世界中で引っ張りだこの演出家を日本に連れてくることが今の新国立劇場にとって何より大切なことでしょう。それによって、オペラではこんなことが起こりうるんだということを紹介したいですね。さらには、東京で世界初の演出が行われて、それが海外の劇場に引き継がれていくという状況を多くつくりたいと思っています。

話題になっている劇場とのコラボレーションを増やし、東京発を引き継いでもらうような関係性も増やしていきたい。さらにはそれらを発信することによって、“東京オペラ”が海外に浸透していくことを実現したいと思います。

――すばらしいビジョンを実現するためのモデルとなる劇場はあるのでしょうか。


大野和士(おおの かずし)/指揮者。東京都交響楽団ならびにバルセロナ交響楽団・音楽監督、東京フィルハーモニー交響楽団・桂冠指揮者、新国立劇場 オペラ部門芸術監督(2018年9月就任予定)。2017年5月、9年間率いたリヨン歌劇場が「インターナショナル・オペラ・アワード2017」したことを受け、同年6月フランス政府より芸術文化勲章「オフィシエ」を受賞。同時にリヨン市からもリヨン市特別メダルを授与されている(写真:新国立劇場)

実際に仕事をしてきたフランス国立リヨン歌劇場やモネ劇場はとても参考になります。そこで支配人たちが尽力していたのは、メトロポリタン歌劇場(ニューヨーク)やコヴェントガーデン(英国ロイヤル・オペラ・ハウス)のような大型のオペラハウスではできない試みでした。

コンパクトなスペースの中で演劇的要素がオペラティックなものと結び付いているということ。そしてビジュアルの成果やレパートリーの選択ですね。観光客も含めて毎晩何千人も集めなければならない大劇場ではなかなかとりあげられない新しい演目を手掛けることや、発掘された作品を上演することです。

それによって物事を幅広くとらえる感覚が劇場全体に浸透するのです。演出家はもちろん歌い手や技術部の人たちまでが「こんな演目は初めてだ」といった経験を重ねている劇場はとても刺激的です。それは聴衆にとっても同様です。知られざる作品や復刻上演される作品を入れることによって王道であるワーグナーやヴェルディがより輝いてくるのです。

ワーグナーの前後を知らなければワーグナーの価値はわからないし、作品の評価も違ってくるのだと思います。それが伝統であり、聴衆へのプレゼンテーションや教育へつながるということです。

そのために力を入れたいことがネット配信を中心とした広報活動です。私たちの日常の活動や最新情報を、映像を交えてどんどん配信していきたいと考えています。私自身もホームページ等で話をしますし、ここぞというプロダクションのときには説明会も開きたい。あるいは演出家のインタビューや新作オペラのパネルディスカッションをネット配信するといったことも行いたい。そうすることによって、“東京オペラ”の今が世界のどこにいてもよくわかるようになります。

ライブビューイングは時代の必然

――すでにウェブサイトやSNSで展開されているマエストロ大野のメッセージ動画はインパクト抜群ですね。映像を駆使するという意味において、今はやりのライブビューイングの可能性についてはいかがでしょう?

“東京オペラ”ならではという演目が作り上げられた際にはその可能性も考えたいと思います。ライブビューイングはまさに時代の必然でしょうし、オペラをより一層広めるという意味では絶大な効果を持っていると思えます。

たとえば、東京においては2020年のオリンピック後に施設が空くと思います。そこを活用できないかと考えます。その頃には私の4年契約の第1シーズン第2シーズンが終わっていますので、世界、あるいは日本中の人々に映像の形でプレゼンテーションできる作品がいくつか出来上がっているような気がします。

ウィーンでは劇場内の音楽をそのまま大音量で広場に流して、周辺のレストランやカフェでくつろいで聴いている人がたくさんいます。これは理想的ですね。新国立劇場の周辺であれば新宿中央公園や都庁ですかね(笑)。特に小さな子どもさんを持つご両親など普段劇場に足を運べない人のためにはぴったりです。

――指揮者大野和士に対する期待には芸術監督としてどう応えますか。

指揮者の選択ポイントは演目に対する適性ですね。オペラは、歌い手で聴かせる作品と、しっかりした指揮者がいないとまとまらない作品とに分けられます。

たとえばワーグナーのような作品ではきっちり手綱を引くことのできる指揮者を選ぶ必要があるということです。今回のプロダクションにおいて、アッシャー・フィッシュ以外は、新国立劇場初登場の指揮者、そして私自身がよく知っている指揮者ばかりを招聘します。伸び盛りの若い指揮者やベテランをバランス良く起用することを決めました。

私自身の出番については、まず、2019-20年に東京都と新国立劇場が共同制作で行うオリンピックに向けたイベント「オペラ夏の祭典」の「トゥーランドット」と「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を引き受けます。そして私自身が提唱した日本人の委嘱作品については責任をもってやっていきたいと思っています。

それ以外には、この20年の間に何回も上演されているレパートリーを、1シーズンに1作か2作ぐらいの割合で作り変えていかなければならないと思っているので、その新演出についても自分が指揮をするといった感じでしょうか。それ以外にまだやられてないものもありますね。

たとえば20世紀の重要なオペラなどはもっとレパートリーの中に入ってきていいと思います。21世紀の作品の中にも古典となりうる名作もあります。それらが手付かずなのはとても残念。しかしその前に20世紀の作品や19世紀の作品でまだやられていないものを手掛けることが必要です。たとえばロッシーニの「ウィリアム・テル」などは本当にいい作品です。

まさにケントリッジは魔術師

――新シーズンのプロダクションの中で初心者にお薦めの作品はどれでしょうか。

ウィリアム・ケントリッジ演出の「魔笛」。これは本当にスペシャルです。3D効果のある舞台なので、思わずのけぞるような体験ができますよ(笑)。まさにケントリッジは魔術師です。

その次の「カルメン」も初心者が間違いなく楽しめる演目です。そしてバルセロナ・オリンピックの開会式を20代で演出したアレックス・オリエによる「トゥーランドット」。こちらは1人の人間の表と裏という考え方に基づいてトゥーランドット姫を描くという演出がものすごく面白いのです。今まさに視覚的な技術によってオペラが復活してきている時代だと言えるでしょう。

演目の話になると目の輝きが変わリ、身を乗り出すようにして話し出すあたりがまさに第一線で活躍する指揮者ならでは。今後の展開がますます楽しみになる。最後に自身のキャリアにとっての新国立劇場の位置づけについて聞いてみた。

オペラはとても期待値の高いジャンルです。これまでに海外の3つのオペラ劇場を経験したことによって、演出家や歌手などさまざまな人脈を構築してきました。さらにはヨーロッパの主な劇場の支配人たちとの関係性も重要です。これらのネットワークを活用しながら“東京オペラ”におけるアーティスティック面の代表になるということは私にとってとても意義のあることだと言えます。

そして自分もこのようなポジションを心地よく感じられる歳になったのかなとも思いますね(笑)。