誰もがインターネットやSNSで監視され、さらされてしまうこの時代。

特に有名人たちは、憧れの眼差しで注目される代わりに、些細な失敗でバッシングされ、その立場をほんの一瞬で失うこともある。

世間から「パーフェクトカップル」と呼ばれる隼人と怜子は、一挙一動が話題になり、「理想の夫婦」ランキングの常連として幸せに暮らしていた。だが結婚6年目、夫が女の子と週刊誌に撮られてしまう。夫が番組での釈明会見をしてなんとか危機を免れたように思えたが…。

「世間の目」に囚われ、「理想の夫婦」を演じ続ける「偽りのパーフェクトカップル」の行く末とは?




「…笹崎?お前、ロケもう終わったの?」

僕が番組で自分の不倫疑惑について喋り終え、着替えて楽屋を出ると「仕事で番組には出られない」と言っていた3期下の後輩アナウンサー、笹崎拓真(ささざき たくま)が待っていた。

まだ午前9時過ぎ。こんな時間にロケが終わることはそうそうない。笹崎は、本当に申し訳さそうな、泣きそうな顔になりながら言った。

「隼人さん、マジで、マジで、すみませんでした…。今朝、遠藤選手から僕に直接連絡が来て、今日のロケ、午後からに変更になっちゃったんです。」

笹崎は、僕がさやかと撮られたときに一緒にいた男。さやかのブランドの展示会に一緒に行き、帰ろうとしていた僕を、3人で飲みに行きましょうよとしつこく誘ってきて、返事もろくに聞かずに店まで予約した。

―展示会、コイツを誘わなきゃ良かったな。

そう思いながら、ため息が出た僕の顔色をうかがうように、笹崎が続けた。

「昨日プロデューサーから電話もらった時は、朝7時のトレーニングから密着するはずだったんですけど…。」

遠藤選手とは、来季メジャーに移籍するのではないかと言われているプロ野球選手。

マスコミ嫌いで有名だったが、大学野球でピッチャーとして活躍しプロからのオファーもあった笹崎が、手紙を書き、さらには球場に通いつめ、遠藤選手に情熱的に取材を申し込んだという。

その熱量に遠藤選手は根負けし、連絡は笹崎としかとらない、取材には毎回笹崎が同行すること、などを条件に、テレビ初の大型ドキュメンタリーで、謎に包まれていた私生活まで見せてくれることになったらしい。

その快挙に局内が湧き、笹崎の評価はうなぎ上りだ。取材中に感情を高ぶらせるスタイルが「熱血アナ」として人気で、選手の苦労話を聞いては、カメラを気にせず号泣するし、笑うときも豪快。

原稿を噛むことが多く、アナウンス能力が抜群なわけでもない。それでも「ササタク」という愛称で大物出演者からも可愛がられ、僕が三連覇した今年のアナウンサーランキングでは、去年までの圏外から4位にランクインした。

「僕、番組見れなかったんですけど、隼人さんのことだから、何とかなりましたよね?ね?」


後輩アナウンサーの思惑は?妻にも強力なライバル登場!


歩き出した僕の後ろから、しつこく聞いてくる笹崎のテンションの高さが今は、ウザったい。振り向く気にならず、僕は歩きを止めぬまま「なったに決まってるだろ」と言った。すると。

「あー!良かった!」

わざとらしいほど、大きな声で笹崎が言った。その違和感に、僕は思わず立ち止まり振り向く。

すると笹崎は、ニコッと音がしそうな「ササタク」スマイルを僕に向かって見せた。

―こいつの笑顔って、こんな感じだったっけ。

そう思った瞬間、笹崎がまた大きな声で言った。

「あ、部長に隼人さんを呼んでくるように言われてたんだった!それを伝えに来たのに、忘れるとこでした!」

エレベーターホール前、僕と笹崎の距離は2m。番組スタッフ達が、僕たちの会話を聞かないふりをして通り過ぎていく。

「じゃ、ロケに行ってきます!」

また白い歯をみせて笑った後輩が僕に一礼し、背中を向けた。


怜子:「私は彼女のことが、とても苦手なのだ」


「私が憧れのホリレイさんと2人で表紙なんて…。昨日楽しみ過ぎて眠れませんでした。あーなんか、泣きそう…。ずっと目標にしてたんですよぉ。」

メイク室で、私のななめ後ろに座った後輩モデルの「神崎友香(かんざき ともか)」が鏡越しに話しかけてくる。私は本心をグッと押さえて、ファンデーションを塗られている彼女に微笑み返した。

『堀河怜子』だから「ホリレイ」。

それは、ママ雑誌で私の特集がはじめて組まれたときに作られた私の愛称で、最近は撮影現場でもそう呼ばれることが多くなった。

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、友香ちゃんはいつも大げさ過ぎ。一緒の撮影なんか何度もあったでしょ?」

私が茶化すようにそう答えると彼女は、表紙は本当に特別なんですよぉ、と本当に泣き出しそうな顔になる。

絶対泣かないでよ、メイクが崩れるから!とメイクさんが言って、笑いが起こる。私も一緒に笑いながら、鏡の中の『神崎友香』を盗み見る。

神崎友香は、私より5歳年下の30歳。元々はティーン誌の読者モデルとして人気が出た後、23歳で「高校時代から付き合ってきた初恋の人」と結婚。今では3人の子供がいる。

夫はいわゆる、ごく普通のサラリーマン。お金やステータスで夫を選ばず初恋を貫いた、と言うところが世の女性の支持を集め、今人気急上昇中のママモデルだ。

「怜子さん、どうかしました?」

メイクスタッフの呼びかけに、鏡の中の自分が、彼女を睨むように凝視していたことに気が付いた。

慌てて目線をそらし、ちょっとボーっとしてただけ、と笑ってごまかしたが、鏡の中、自分の笑顔がいつもより随分ぎこちなくなったのが分かった。

私は彼女のことが、とても苦手なのだ。


コンプレックスを刺激されるライバルに、その座を奪われる恐れが…。


人に裏切られたことが無く、どこまでも純粋な友香ちゃん。他人を疑うことなど知りません、という屈託のない笑顔は、打算で結婚した私とは正反対。

彼女を見る度に、彼女と話す度に、コンプレックスを刺激されてしまい、苛立ちさえ感じてしまうのに。

―何で、よりによって友香ちゃんと2人で…。

この雑誌が創刊されて以来、私が単独で飾ってきた表紙。それを、「友香ちゃんと2人で」という電話が事務所の社長からきたのは、隼人の「釈明」というべき番組が放送された日の夜だった。




その日番組が終わって、昼すぎには帰ってくると言っていた隼人から、「上層部と食事することになった。今夜遅くなる、ごめん。」とLINEが入った。

私は翔太を寝かしつけた後、不安を抱えたまま1人の夜を過ごしていたので、思わず電話の向こうの社長を、強い口調で問い詰めてしまった。

「隼人のあの写真が出たせい、ですか?」

電話が来たのは、隼人の「釈明」というべき番組が放送された日。

「そのことについては何も言われてない。次の号は、クールな怜子と、フェミニンな友香ちゃんを比べる構成にして、読者層を増やす、っていう狙いらしいわ。」

そう言って、あまり深く考えすぎないで、と言って社長は電話を切った。

けれど。

「ママモデル」として成功するには「家庭が幸せである」ことが何よりも大切。私にそう言い続けた社長のその声に、いつもの力は無かった。


夫に迫る降板の危機!?そしてその代役には…。


隼人: 「僕を降ろせ、ってことですか?」


「部長、お呼びですか?」

後輩の笹崎に「部長が呼んでいる」と言われ、アナウンス部に戻ったが、部長の表情から、呼ばれた理由は良い事ではないな、と悟った。

「部屋で話そう。」

そう言うと部長は、僕とろくに目を合わせることもしないまま立ち上がり、急ぎ足で歩き出した。

それぞれ自分のデスクに座るアナウンサーの同僚たちが、心配そうにこちらを見ていたが、僕はそれに気づかぬふりをして部長に着いて行く。

アナウンス室から離れたミーティングルームに入り、向かい合う形で座った瞬間、部長が切り出した。




「今日の放送を見たスポンサーからクレームが入った。」

スポンサーはテレビ局にとって、番組制作の予算を生み出してくれる絶対的な存在だ。良い話ではないとは思っていたが、この展開は予想よりずっと悪い。

「僕を降ろせ、って言われたんですか?」

動揺した僕は、部長の次の言葉を待てず、想像できる最悪の事態を思わず口走っていた。

「お前でもそんなに焦ることがあるんだな。」

部長は少し苦笑いし、まあ落ち着け、と言ったあと続けた。

「降ろせ、とは言われてない。ただ、“好感度の高い堀河隼人の番組だから大金を払ってるのに、不倫疑惑とは何事だ”と言ってきた。潔白であっても軽率な行動をしたこと自体が問題だと。」

放送すればスポンサーへの影響は少なからずあるだろう、と番組プロデューサーからも言われれていた。けれど、まさか潔白であっても許せないと言われるとは思いもよらず、相槌さえ打てずにいた僕に部長が続けた。

「お前が自分の口で説明したこと自体が悪かったとは、僕は思わないし、スキャンダルも誤解だということも信じてる。でもな…。」

空調システムの切り替えの音がブォン、と大きく響いた。そして。

「スポンサーに、お前に何らかの処分を下したことを、示さなきゃならない、というのが上の判断だ。だから、2週間番組に出演させないことで、納得してもらう。放送上は長期休暇だということにするが、事実上の謹慎処分だ。」

2週間の謹慎。思っていたより処分は軽い。僕は少しホッとして頭を下げて言った。

「わかりました。ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。」

だが、1つ気になることがある。

「僕の代わりは誰がやるんですか?」

すると、僕がすぐに納得したことにホッとしたのか、部長が笑いながら明るく言った。

「あ、それは、笹崎が担当することになった。お前も自分の代わりが、可愛がってる後輩の方がいいだろ?さっきアイツにも話したから。」

▶NEXT:3月11日 日更新予定
お互いに強力なライバルの登場により…夫婦の関係も変わっていく。