勝ち組女である“港区妻”には、純然たる階級がある。

頂点に君臨するのは、名門に生まれた生粋の「東京女」。

地方出身で元CAの桜井あかりは、結婚により港区妻の仲間入りを果たしたが、“お受験”によって、その格差を知ることになる。

信頼する友達・凛子の計らいで紹介制の個人教室を訪れると、美貌の講師、北条ミキに、旬の素質を指摘され、受験に心が傾くあかり。

しかし玲奈と百合は、あかりの甘さを指摘、幼稚舎出身の玲奈のお茶会に呼ばれ、格の違いに愕然とする。

半年後、天王山の夏休み。あかりは説明会で慶應幼稚舎への憧れを募らせるが、大手教室の対策講座では、幼稚舎受験ファミリーの驚異的な受験対策に衝撃を受ける。




「うん!シャツはこの素材と色が、一番旬くんを引き立てるね。ベストは薄いほうがフィットしてきれい。靴下はこの長さ。スタイル良く見えたよ」

百合のお墨付きを得て、あかりもほっとしてうなずく。

今日は、願書に貼る写真を撮影するときに着て行く洋服について、百合からアドバイスをもらっていた。伊勢丹写真室で撮影の予約を入れたものの、そこに何を着ていくか決めかねていたのだ。

受験当日に着用する服で行くので、男子は半袖シャツ、紺のベストにグレーの半ズボンと相場が決まっている。

北条ミキのアドバイス通り、サエグサやファミリアなどの老舗ブランドはもちろん、有名受験服メーカーで試着し、当日の予備も含めて4パターン購入していたが、いざとなるとどの組み合わせがいいのか迷う。

既製品でもOKとされる男子でこうなのだから、オーダーメイドが主流の女子はどんなに迷うことか…と考えたとき、人一倍面接服には拘ると言った百合の顔が浮かんだ。

「あかりまだそんなこと言ってるの!?私は3月の受注会でとっくにベストパターン決めてたわよ!」

相談すると翌日に飛んできて、旬にあらゆる組み合わせで服を着せ、アドバイスをしてくれたのだ。

「で、ここまでで及第点。あと一つ、他と差をつけるとしたらね…?」

プロお受験ママ・百合は、さら続けたのだった。


百合の、細かすぎるけれど大切な指摘とは…!?



「あと一つって…?」

見当もつかないあかりは、身を乗り出して百合の顔を見る。

「この半袖だけど、旬くんにはほんの少し長い。あと1センチ短いと、快活さが引き立つんじゃない?彼は細いけど筋肉がしっかりついてるから見せたほうがいいよ。袖、三田にあるこのお店に持っていって、このラインですぐに詰めてもらって」

「……わ、わかった!」

百合の真剣な表情に圧倒されたあかりは、神妙にうなずいてショップカードを受け取る。

「女子はね、もっと大変なのよ」

「そうなんだってね…私、息子で良かったって思っちゃった」

百合の母校である東洋英和のような伝統ある人気女子校は、受験当日の服装にも王道とされる色やスタイルがあるという。

志望者はそれに合わせて数パターンの服を仕立て、ヘアスタイルも1センチ単位で試行錯誤し、一番子供が良く見え、かつ試験中に乱れないアレンジを毎日研究しているのを、北条ミキのところで見ていた。




「ただ無難なだけだと目立たないし、既製品だと他の子とかぶっちゃうしね。うちも襟元の刺繍、学校カラーのガーネットでもう1パターン作ってみようかな」

懇意にしているらしい有名メーカーに電話をかけ始めた百合に心から感謝しつつ、お礼の焼き菓子の詰め合わせを差し出した。

「伊勢丹写真室で撮るんでしょ?志望校を言えば、その学校ごとに家族の立ち位置や表情もアドバイスしてもらえるから、必ず伝えるようにね。できれば他の写真館でも撮影して、全部先生に見せて選んでもらうのよ」

せわしなく立ち上がりながらも最後まで的確なアドバイスをしてくれる百合に、あかりは思わず頭を下げた。

子どもだけではなく、自分自身も“お受験”を経験している百合の情報量や心構えは勉強になる。周回遅れのあかりが見ていられないのか、なんだかんだとアドバイスをくれる百合に、頭があがらなかった。



「あら、桜井さん、有瀬さん!ちょうど良かった、今お時間ありますか?」

広尾の大手教室で、あかりと凛子が幼稚舎対策講座の終わりを待っていると、女性講師が声をかけてきた。

「やっぱりお二人はお友達なんですね、同じ幼稚園だし、普段も同じお教室に通ってると旬くんと知樹くんが言っていました」

夏休みだけここに通っていることを咎められるのかと、あかりは少し縮こまる。しかし講師は、思いもよらない言葉を口にしたのだ。


旬と知樹の、合格の可能性は?


旬の劇的な成長が、あかりをピンチに追い込む!?


あかりと凛子は、そのまま受付エリアの一角にある簡単な面談スペースに通された。衝立で仕切られているブースにそれぞれ座ると、講師はまずあかりのブースに入るやいなや、少し興奮した様子で話し始める。

「この前の模試なんですけれど、幼稚舎、非常に良い判定が出ています」

「えっ……!?」

あまりに予想外の言葉に、あかりは素っ頓狂な声を上げてしまった。少し離れた受付周辺にいる他の母親の視線を感じ、口元に手を当てる。

「今日模試の結果が配布されますが、旬くんは、行動観察と体操で1番になっています。これは幼稚舎、非常に楽しみですよ。ぜひこの後の直前講習で、合格へのラストスパートをかけてください。お勧めの講座に印をつけておきました。

それにしても…旬くんも知樹くんも非常に優秀で、正直驚いています。さすが、北条先生の教え子ですね」

講師は、昔大手教室で絶大な人気を博したという北条ミキのことを知っているようだった。通っていることは旬と知樹からきいたのだろう。

1月から彼女のもとで夢中でやってきたが、大手教室で褒めてもらえるほど伸びていたとは…。あかりは嬉しさのあまり、思わず涙ぐむ。

毎朝のラジオ体操から公園遊び、蝉取り、家に戻って1時間のペーパー、午前と午後の講習とプール、帰宅してからの2時間の勉強や工作、夕食後の読み聞かせと図鑑チェック…。地道な日々の努力が、実を結びつつあるのかもしれない。

「ありがとうございます、どうぞよろしくお願いいたします」

同じく凛子の表情も明るく、手には国立小学校の講座案内を持っていた。ペーパーが群を抜いて得意な知樹は、おそらく国立の筑波も勧められたのだろう。

早朝にできるだけ活動し、運動や屋外活動をはさみながら勉強に取り組むスタイルは凛子を手本にしたものだ。成果は着実に出ている。思わず、凛子と力強くうなずきあった。

しかしこのときのやり取りが、のちに大きなトラブルを招くことになるのだ―。






9月の新学期。天王山と言える夏休みが終わり、幼稚園が始まった。秋は何かと行事が多く、受験準備との両立が大変だと聞き、あかりは気合をいれて登園する。

しかし登園すると、あかりはいつもと違う空気を感じた。他の母親の、視線を感じるのだ。いつもなら誰かが話しかけてくれるのに、今日は誰も来てくれない。

凛子の姿を探していると、いつもはあまり接点のない園長が、あかりの姿を見て近づいてきた。

「桜井さん、少々お時間いただけますか。お話があります。旬くんは教室に行っていいですよ」

「はい…?」

初めて入った園長室のソファに座ると、園長と、学年主任の先生が向かいに座る。その表情から、良くない話だと直感が働いた。

「実は、先週、数人の保護者の方が幼稚園にいらして、旬くんのことでお話があると言うんです」

「旬のことで……ですか?」

「はい。桜井さん、これはあくまで先方の言い分で、私どもがそれを頭から信じているわけではないので冷静に聞いてください。単刀直入に言うと、数人のお母さまが、旬くんと運動会に出ることを拒否しています」

すぐには意味がわからず、あかりは園長の苦虫を噛み潰したような顔を呆然と見つめた。

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東京港区、お受験ウォーズ。あかりと旬をひきずり下ろすのは誰?