3月2日、スバルの吉永泰之社長(左)は、次期社長に内定した中村知美専務執行役員(右)と揃って会見に臨んだ(撮影:尾形文繁)

「真に正しい会社にする」

年初の社内向けメッセージで、そう決意を語ったばかりだったSUBARUの吉永泰之社長。3月2日、今年6月の株主総会で社長を退任して、会長に就任することを発表した。CEOの職務には留まるが、2017年に発覚した新車の完成検査における無資格検査問題の経営責任にけじめをつける。新社長には、吉永社長より5歳若い中村知美専務執行役員(58)が就く。役員体制も大きく変わる。近藤潤会長ら3人の取締役が退任、新たな取締役として、中村専務と同期の大河原正喜専務と野飼康伸常務が就任する。


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「もうそろそろとは思ったが、このタイミングとは思っていなかった。いろんなことが途中だから」(中堅社員)と、吉永社長の退任には社内からも驚きの声も上がっている。 社員集会のスピーチでは漢詩などを引き合いに出すなど、言葉に力があるため、社内では人望があったという。

スバルを成長軌道に乗せた吉永社長

2011年6月、東日本大震災直後に社長に就任した吉永氏。それまでの「技術屋の作りたいクルマをとことん作る」という方針から、マーケット動向にも目を向けた現実路線への転換を着実に進めた。吉永社長はこれまで以上に北米重視を打ち出し、4輪駆動車やSUV(スポーツ用多目的車)を強化。さらに日本では、安全運転支援技術「アイサイト」で客層を広げた。


2012年11月に刷新したフォレスターと記念写真に納まる吉永社長。アイサイトも搭載し、スバルの成長を牽引する車になった(撮影:尾形文繁)

2013年の東洋経済のインタビューでは、吉永社長は「世界販売台数は100万台以上は狙っていない」と述べ、台数にはこだわらない姿勢を貫いてきた。しかし、北米の販売台数が想定以上に伸びた結果、世界販売は2010年度の約66万台から、2016年度には約107万台へと6割以上も拡大。2014年に発表した中期経営計画は2020年の台数目標に当初「110万台+α」を据えたが、これも「120万台+α」に上方修正するほどの勢いだ。「ピリリと辛い小粒メーカー」と評されることの多かったスバルも、グローバルメーカーへの成長を果たしたのだった。

2017年4月には社名を「富士重工業」から「SUBARU」へ変更し、社内外にグローバルメーカーとしての意識付けを行う。一方で、吉永社長は自らを戒めるように「まだまだ実力が伴っていない」という言葉を繰り返した。「リコール(回収・無償修理)の件数が増えている」など、自社の弱点を吐露することもあり、その率直な物言いは注目を集めてきた。

「そろそろ世代交代をしなくては」。吉永社長は昨年6月に迎える就任7年目を前にそう思うようになっていた。そして、ともに経営を進めてきた武藤直人元専務、高橋充元専務が退任。同じ2005年に執行役員となり、スバルを強くしてきた仲間だった。「会社を引っ張っていくのは、さまざまな部署から集められた6〜7人。後継チームが必要だ」と考え始めた。

9月末には、社長を退任しようと決心した。今回退任する4名の取締役が、それぞれ「若返りを進めよう」と切り出したのだ。「後任には中村さんがいいと思う」という意見にも賛同してくれた。

不正で明らかになった「昭和の会社」体質

そんな中、昨年10月に完成検査の不正が発覚。「安心・安全」を消費者に訴求していながら、安全を担保する重要な検査で消費者を裏切る行為をしていた。吉永社長は就任以降、現場との距離を縮めようと、自ら工場や販売店に赴くなどさまざまな努力をしてきたが、今回の問題で経営陣が現場の実態を把握できていなかったことが浮き彫りになった(「スバルの検査不正、報告書提出でも残る疑問」)。


スバルの群馬製作所(群馬県太田市)で行われている新車の完成検査。30年以上、無資格の従業員が検査業務に携わっていた不正の舞台となった(編集部撮影)

昨年12月、スバルは問題に関する最終報告書を国土交通省に提出。会見では、「まだまだ良くも悪くも昭和の会社、古い体質を変えていかなければ」と悔しそうに語り、改めて会社変革への決意を固めた。3月2日の会見では、新たに完成車の燃費や排ガスを調べる工程で、データを書き換える不正を行っていたことを明らかにし、今月中に調査結果をまとめて発表すると述べた。

新社長に内定した中村氏は「飛躍的な成長を遂げた吉永さんの後、また自動車業界の大変革期での就任は、身の引き締まる思いでいっぱい」と緊張の面持ちで挨拶した。直近では米国の販売会社スバル・オブ・アメリカ(SOA)の会長兼CEOとして4年間、米国事業の成長をリードしてきた。

「帰ってきたばかりで、直近の状況を把握するためにリハビリがいる」とも語ったが、もともと国内営業や経営企画部など、多くの部署を経験していることもあり、その心配は要らなそうだ。中村氏を知る人は、「冗談が好きで人当たりがいい。広い視点を持った人」と評価する。

今回、吉永社長は会長兼CEOに退くが、代表権を持ち続ける。これについて吉永社長は、「企業体質の問題から逃げずに責任を持つ」と述べ、二頭体制ではないことを強調する。今後は、販売台数やリコールの増加で業務がひっ迫している国内販売店(「販売店が悲鳴、スバルが直面する新たな試練」)への対応や、古い体質を革新していくための体制づくりを、会長として担うことになりそうだ。

ほかにも課題はある。これまで急成長を続けてきた世界販売は2017年度、106.7万台と0.2%の増加にとどまる見込みだ。米国では、全体需要が頭打ち。さらに世界最大の市場となった中国は、同年度の販売見込みはわずか2万2000台と減少に歯止めがかからない。日本からの輸入で高い関税がかかることや、他社に比べ販売奨励金を絞っていることなどが背景にある。奇瑞汽車と合弁会社を作って現地生産する計画があるが、進捗は見られない。台数を追わないスバルが、どのように新たな強みを作っていくのか。


スバルはトヨタとの提携後、スポーツカー「BRZ」をベースにした「86」をトヨタにOEM(相手先ブランドによる生産)で供給している(撮影:山内信也)

自動車業界は今100年に一度の大変革期に直面している。EV(電気自動車)や自動運転、コネクテッドなど「CASE」と呼ばれる新領域で、スバルが際立てるのかも不透明だ。トヨタ自動車や日産自動車などカーメーカー各社がこぞって新技術や新製品を出展した米ラスベガスでの家電見本市「CES」には、吉永社長は「行ってないんです、感度が低いかも、反省」と漏らす。

新たな「スバルらしさ」を確立できるか

もちろん、トヨタアライアンスのメンバーとして、EVやコネクテッド技術提携を進めていくことは可能だ。トヨタとは2005年の資本・業務提携以降、HV(ハイブリッド車)やPHV(プラグインハイブリッド車)、スポーツカーのBRZ/86にかんする技術供与や、EVの基盤技術を各カーメーカーと共同で研究する「EV C.A. Spirit」での提携など、関係を着実に深化させている。とはいえ、トヨタにおんぶに抱っこ、というわけにもいかない。台数を追わないスバルとしては新たな強みを作らなければ、成長は止まってしまう。


スバルの今後の成長は中村氏に託されることになる(撮影:尾形文繁)

吉永社長もその必要性は感じている。「若手の人たちには新領域について、どんどん議論をしてもらっている。われわれがどう変わっていくかを考えるタイミング」と最近の取材では強調していた。

今夏に発表する新中期経営計画で、中村新社長は「スバルらしさ」の方針をどのように打ち出すか。「若手の議論についていけてないところもある」と中村氏は笑うが、その重責は本人が一番わかっていることだろう。米国で培った外からの視点を持ち込み、スバルを「昭和の会社」から「真に正しい会社」に生まれ変わらせることができるか。その手腕が注目される。