パートやアルバイトというような非正規雇用が増え続けている現代。いわゆるフリーターと呼ばれているアルバイトやパート以外に、女性に多いのが派遣社員という働き方。「派遣社員」とは、派遣会社が雇用主となり、派遣先に就業に行く契約となり派遣先となる職種や業種もバラバラです。そのため、思ってもいないトラブルも起きがち。

自ら望んで正社員ではなく、非正規雇用を選んでいる場合もありますが、だいたいは正社員の職に就けなかったため仕方なくというケース。しかし、派遣社員のままずるずると30代、40代を迎えている女性も少なくありません。

出られるようで、出られない派遣スパイラル。派遣から正社員へとステップアップできずに、ずるずると職場を渡り歩いている「Tightrope walking(綱渡り)」ならぬ「Tightrope working」と言える派遣女子たち。「どうして正社員になれないのか」「なぜ派遣を選んでいるのか」を、彼女たちの証言から検証していこうと思います。

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今回は、都内で派遣社員として働いている大石澄江さん(仮名・25歳)にお話を伺いました。茶色に染めた肩までのボブヘアは、生え際から少し黒髪が伸びてきているのが目立っていました。アイロンの掛かっていない白シャツに、緑のカーディガン、ベージュのロングスカートにストラップのついたバレエシューズを合わせています。メイクは薄めですが、口紅だけ明るめなピンク色で目立っていました。茶色のレザートートバッグには、キャラもののスマホカバーがついたiPhoneや、タオルハンカチが無造作に入っているのが見えました。

「片付けが苦手なんです」と語る澄江さん。現在は派遣社員として、大学事務で窓口業務などを行なっています。「福祉系の大学なんですけど、真面目な生徒さんが多くて、あまり来客も少ないのでのんびり働けていますね」

彼女は東京都出身。子供用玩具を扱うメーカーで働いていた父と、専業主婦の母、4歳下の弟の4人家族で育ちます。「子供の時から、親や先生の後ろに隠れてしまって、人見知りの性格だったみたいです。よく通信簿にも、“積極的になりましょう”と書かれていました」

おっとりとした性格の彼女とは反対に、弟は明るい性格で誰からも好かれていたそう。

「弟は普通に活発で、小学校の頃から水泳教室に通ったり、空手を習いに行ったり。すぐに友達ができるので、弟は手がかからないと母が言っていました」

運動が苦手だったと言う澄江さん。小学校時代は、マラソン大会や運動会などで1人だけゴールにたどり着くのに時間がかかり、恥ずかしかったと言います。

「小学校の時、よく周りから“とろいねえ”ってばかにされていたんです。地元の中学が少し荒れていたという噂があって、母は私がいじめられるんじゃないかと心配したみたいです。だから、ウチは普通のサラリーマンの家庭だったのですが、私は中学受験をして中高一貫の女子校に進学しました」

厳しい進学校ではなく、情操教育に力を入れていた学校だったため、澄江さんはのびのびと過ごします。

「中学は、おっとりした子も多くてのんびりしていましたね。友人から誘われてボランティア部の活動をしていました。放課後に町内清掃をして、地域の人たちから、表彰されたりしましたね」

中高6年間、同じ学校で過ごしたため人間関係も狭かったと言います。

「高校になると、他校の男子学生と塾などで知り合って合コンするような派手なグループと、女子だけで仲良くなっているグループがあって、私は女子だけで遊びに行くタイプでした」

高校3年生になると、大学進学を考え色々な大学のガイダンスに向かいます。

「共学の大学に進みたかったのですが、実際に見学に行くと学内でタバコを吸っている人がいたり、立て看板があったり、乱暴な雰囲気に見えたんです」

彼女は、校舎が綺麗で就職率も高い女子大に進学しようと決めます。

「推薦で、女子大の家政科に進学しました。大学全体の就職率は良かったのですが、進学した学部は栄養士の資格が取れない学科だったので、専門職にも進むことができず、就活は苦戦しました」

就職先が決まらずブラック企業へ……

父が務めていた子供用玩具メーカーのCMを子供の頃から観ていたため、広告業界に興味がありました。

「通っていた学部とは関係がなかったのですが、どうしても広告業界に就職がしたくて、手当たり次第にエントリーしました」

就活では、履歴書だけで落とされることが多く、面接まで進めたのは数社だけでした。

「4年生の秋を過ぎても内定が貰えなくて、諦めかけていた時にネットで募集をしていた広告代理店を見つけたんです。自分で電話をかけて問い合わせてみたら、面接をしてくれることになって、就職が決まりました」

卒業までに就職を決めたかった彼女は、条件などをよく確認せずに入社を決めます。

「社長の女性と、社員の男女で私を含めて4人しかいない広告代理店でした。新卒を採用するのは初めてらしくて、最初は歓迎ムードだったのですが、わからないことが多くて怒られるようになっていきました」

就職先は決まりましたが、サービス残業も多くブラック企業だったと言います。

「内定と言っても、最初は時間給のパート社員で、試用期間の3か月が過ぎたら社員登用されるという条件だったので、給与は普通に就職をした友人と比べると少なかったです」

慣れないデザインソフトを使った作業に、苦戦します。

「広告代理店とはいっても、ほとんどがデザインソフトを使ったデザインの仕事でした。デザインソフト自体の使い方から覚えなければならなくて、土曜出勤してソフトの練習していました」

休日出勤に加え、女性上司のパワハラが横行、次第に精神的に追い詰められていきます。

「私にソフトの使い方を教えてくれていた女性社員は、2歳しか年齢が違わなかったのですが、“こんなこともできないの!”とすぐ怒る人でした。失敗したら怒られると思うと、びくびくするようになりました」

女子校では、雑巾の絞り方や窓の拭き方などをよく注意された。片付けは苦手だが、拭き掃除は得意。

慌てて就職した企業はブラック企業だった!うつ病を発症し退職へ……。〜その2〜に続きます。