「バンブーシーリング」――。グラスシーリング(ガラスの天井)ならぬ、その名の通り、「竹の天井」(バンブー、すなわち竹はアジアを象徴しているという)といわれている。

(文中敬称略)

 米国や欧州などでアジア系の人間が上に登りつめようとすると、その“見えない”竹の天井で、成功や出世の道が閉ざされたり、バッシングやハラスメントを受けたりすることをいう。

 「世界の平和・平等・公平」を謳うオリンピックも、例外ではない。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

貴族のスポーツ

 アルプスの最高峰モンブランの麓にある高級リゾート地、シャモニー・モンブラン(フランス)で約100年前に開かれた冬の祭典を発祥とする冬季オリンピック。

 特にヨーロッパの「貴族のスポーツ」の祭典として始まった冬のオリンピックには、この見えない「バンブーシーリング」が立ちはだかってきた。

 貴族のスポーツゆえ、とにかく、このウインタースポーツにはお金がかかる。資金面の上でも、贅沢なスポーツで、世界でも一部の人間しかできないスポーツばかりが集められている世界的に超リッチな競技大会だからだ。

 中でも、ヨーロッパの「美」の基準が色濃く残るフィギュアスケートでは象徴的だ。冬季オリンピックだけでなく、世界選手権でも長年、ロシアや米国が牛耳ってきた。

 その歴史を塗り替えるがごとく、割って入ったのが、日本の荒川静香だ。荒川静香は、2004年の世界選手権で優勝。断トツの強さだった。

 「3回転ルッツ+3回転トウループ+2回転ループ」「3回転サルコウ+3回転トウループ」のコンビネーションジャンプをノーミスで完璧な演技を披露。技術点では「6.0点満点」を獲得し、ロシアや米国などの強豪欧米勢を押さえ、「世界の氷の女王」に君臨した。

 女子シングルで、旧採点システムにおいて、6.0点満点を獲得したのは、それまで世界で、ロシアのスルツカヤと伊藤みどりのたった2人だけだったのだ。名実共に「世界一の女王の天下無敵」な演技だったわけだ。

 しかし、この後、喜びも束の間、世界の氷の女王・荒川に悪夢が訪れる。

 「荒川潰し」である。

 同シーズン直後に開催された国際スケート連盟(ISU)の採点セミナーで、仰天する規定変更のプレゼンが開かれた。世界選手権を制したばかりの荒川の映像が「回転不足ジャンプ」と判断され、“悪い”お手本として示されたのだ。

 直前の世界選手権で「6点満点」を出しておいて、優勝させた選手に「失格」の烙印を押す。誰もがその信じ難いISUの決定の真意を疑わざるを得なかった。

荒川静香の大決断

 さらに、荒川は強靭な体幹に、極めてしなやかな筋肉から織り成される、大きく背中を反らした「レイバック・イナバウアー」で、その芸術性を高く、評価されていた。

 イナバウアーをする選手はいるが、大きく体を反らせた「レイバック・イナバウアー」は、荒川の“特許”と言っていいほど、「イナバウアー」は彼女の代名詞となっていた。

 しかし、この荒川の「十八番」のイナバウアーも、公式試合から加点対象から外された。そして、迎えた2006年のイタリア・トリノでの冬季オリンピック。

 荒川はISUの度重なる採点システムに翻弄され、世界選手権以降、スランプに落ち込んでいたが、加点対象にならない「レイバック・イナバウアー」をあえて入れ込み、さらにもう1つの大きな決断を下していた。

 フリーの曲目を、『幻想即興曲』から、2004年の世界選手権以来から封印してきた『トゥーランドット』に変えた。

 「フィギュアスケーターの中には、技を競うことを目的として、観客の心に響かないような演技をする人もいる。でも、私はそれではいけないと思っていた。高い技を出しながら、観ている人の心にもメッセージをぶつけたかった」

 荒川は競技前にこう話していた。それはまさに、氷の女王の座の奪還を目指し、決死の覚悟で、スケート界に真っ向から挑戦を突きつけるものだった。

 『トゥーランドット』は、イタリア人のプッチーニ作曲の世界を代表するオペラ。イタリア人の世界的テノール歌手、ルチアーノ・パヴァロッティの十八番で、トリノオリンピック開会式では、彼がそのアリア「誰も寝てはならぬ」を熱唱、イタリアを代表する国民的な曲として知られる。

 イタリア人がよく知っている曲だからこそ、本当は難しい。彼らの心の奥底に熱く、深く響く表現者としての高度な演技が求められるからだった。

 「ビンチェーロ(私は勝利する)!」(イタリア語)と雄たけびをあげる最後の歌詞とともに、完璧な演技でフィニッシュしたかつての氷の女王、荒川に会場は、同オリンピックを通じ、初めてのスタンディングオベーションで、その華麗な勇姿を心から称えた。

 「ブラボー(最高だ!)」の声が鳴り響き会場が大きく揺れるその瞬間は、荒川が不死鳥のごとく、氷上に女王となって再び帰ってきた瞬間でもあった。

10年経ってもバンブーシーリングが露呈

 日本はちょうど真夜中だったが、メダルが1つも取れず劣勢を強いられていた日本勢に、最後の最後で1点の輝かしい光を当て、荒川の世界一の舞いが、唯一のメダルを日本にもたらしたことでも、記憶に新しい人は多いだろう。

 「ロシアと米国以外の金は、採点の不公平さから無理」と言われてきたが、アジア選手として、五輪フィギュアスケート史上初のオリンピック制覇という偉業を成し遂げた荒川。

 欧米勢が独占するISU組織、スケート関係競技者に、日本人の真の強さを見せつけた瞬間でもあった。筆者も、今でも、その瞬間を思い出すと胸が熱くなる思いを抑えられない。

 あれから、10年以上が過ぎた今、オリンピックのフィギュアスケート界には、残念ながら、いまだこのバンブーシーリングが露呈する。

 平昌オリンピックでは、団体予選で日本のエース、宮原知子が結果的に4位となったものの、日本だけでなく、世界から次々と不満の声が上がった。

 「ミヤハラ(得点)は盗まれたとしか言いようがない」「心から感動した。あのスコアには全く正義が感じられない」「陰謀だ。ジャッジたちは自分が何をしているのか、分かっているのか」

 SNSは大炎上。今でも採点に疑問を呈する声が後を絶たない。

 映画「SAYURI」の美しい旋律に合わせ、完璧な演技で終えたと感じた宮原は、満面に笑顔でガッツポーズ。高得点が期待されたが得点が発表され、宮原は「え?ホント?」とばかり、一瞬、唖然とした表情で、納得がいかなかった様子が、世界に映し出された。

 ISUによると、冒頭のジャンプの「回転不足」が原因というが、2004年の世界選手権で優勝したのにもかかわらず、あとでISUによって、「回転不足」だったと逆転評価、汚点をつけられたのも、不可解ながら、日本の荒川だった。

 今回の団体戦採点結果については、スケート王国のロシアの世界女王、エフゲニア・メドベージェワが世界歴代最高得点をマーク、世界を驚かす中、日本のエースの舞いに対する評価も世界で議論を呼んでいるのは確かだ。

採点に誠実さなんて10%もない!

 筆者は子供の頃、少しフィギュアスケートをかじり、新聞記者時代に取材した経験からだが、フィギュアスケートの採点システムほど、毎年のように基準が変わり、複雑化しているのはスポーツ界でも珍しい。

 フィギュアスケート界では、2002年冬季オリンピックでの「ソルトレイク・スキャンダル」といわれる不正採点事件以来、採点基準の明確化など採点方式での不正防止に努めてきた。

 しかし、トリノオリンピックをはじめ、世界選手権などで長年、ジャッジを務めてきたベルギー人のパトリック・イベンスは、「ソルトレイク事件以降も、採点方法が公正、公平になったとは思わない。ズルをする方法はいくらでもある」と明言。

 ジャッジの採点の誠実さについても、「誠実さだって? 10%ぐらいではないか」と平然と答える。

 日本の荒川も、「本来、フィギュアスケートは人の主観が入る。ジャッジも人間なので、選手の名前や演技内容に引っ張られる。世界のトップクラスになると、少々のミスがあって失敗しても下位になることがないのはそのため」と明かす。

 さらに、「また、ジャッジにはフィギュアスケートの未経験者もいる。基準を細かくすればするほど、明確じゃない部分が目立ってしまう」とその問題点を指摘。主観が分かれる「回転不足」などは代表的だ。

 さらに、ソルトレイク・スキャンダル以降、ジャッジ別に国籍と点数が出る方式が変更された。

 これについても、「ソルトレイクオリンピックで判定に対する疑惑が明らかになって以降、国同士での採点の裏取引を防止するため、ジャッジの匿名化が行われた。

 しかし、仮に不可解な点数を出せば、プロである以上、そのジャッジが責められるのは当然のこと。反対に、現行のように点数の出所を曖昧にしたら、全くジャッジ能力は問われなくなってしまう。

 不正回避と言うが、選手よりジャッジを守るためのルール改正だ」と競技者、指導者のプロとしての批判は、的を射ており、しかも重く痛烈だ。

2回も転倒しながら銀メダルに「恥ずかしい」

 また、現行のシステムでは、技を認定する専門家がいて、そのジャッジが決めた技の基礎点に対して、他の審判が マイナス3からプラス3までの幅で評価することになっている。

 そのことに対しても、「マイナス3に、プラス1・・・。評価がなぜこんなにばらばらに分かれるのか私にも分からない」と苦笑する。

 改善されてこうなのだから、こうした欧米主導、人種差別的な運営の中でオリンピックで金メダルを獲得した荒川の凄さは欧米勢には脅威だったに違いない。

 米国の主要メディアは、トリノオリンピックでコーエンが2回も転倒したのに、銀メダルとなったことを「shame!(恥ずかしい)」と報道してたことは、その採点の偏重さを物語っている。さもなければ、村主章枝(トリノオリンピック4位入賞)選手がメダルを取っていたかもしれない。

 一方、今回の平昌オリンピックでは、羽生結弦選手が66年ぶりに、五輪連覇を成し遂げた。 世界の羽生が今あるのは、荒川のおかげでもある。

 2004年に仙台の拠点リンクが経営難で閉鎖されたが、荒川のトリノ金獲得で、フィギュアブームが再燃。同リンクが再開されたからだ。

 しかし、今も国内の有数選手が自由に練習できるリンクは、関西大や中京大内のアリーナなど限られており、環境が充実している欧米諸国に比べ、日本にはスケートリンクが極端に少なく、助成金も少ない。

 そんな逆境の中、第2、第3の荒川や羽生を育成するには、自治体や企業、国の後方支援拡大が必至だ。

 日本が誇る技術や、「こけたら、起き上がる!」逆境の精神力を日本列島で支えてこそ、欧米偏重のスポーツ界を揺るがす日本独自のポテンシャルを世界の舞台で発揮できると信じている――。

(取材・文 末永 恵)

筆者:末永 恵