2月上旬の世界同時株安の影響を受けて1バレル=60ドル割れしていた米WTI原油先物価格は、米国の株式市場の落ち着きとともに同60ドル台に回復している。

 世界の原油市場では、米国のシェールオイルの増産傾向が続いているものの、好調な世界経済がもたらす原油需要の拡大期待や、OPECをはじめとする主要産油国の協調減産が原油価格を下支えするという構図が相変わらず健在である。

 通常、米国ではこの時期、冬場の燃料油需要が縮小するため原油在庫が増加するが、昨年(2017年)末に発生したキーストーンパイプラインの原油漏れ事故の影響で、カナダから米国への原油輸出が減少していることがオクラホマ州クッシングの原油在庫の予想外の減少をもたらし、WTI原油価格の堅調さに寄与している。

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仮想通貨で資金調達するベネズエラ

 資金不足に悩むベネズエラの減産も米WTI原油価格のじり高要因となっている。

 ベネズエラの1月の原油生産量は前年比20%減の日量160万バレルと過去30年で最低水準となった。国営石油会社PDVSAは給料をまとも支払うことができず、大量の従業員が退職する懸念が高まっている(2月15日付OILPRICE)。

 絶望的とも言える資金不足を解消するため、ベネズエラ政府は2月20日、仮想通貨「ペトロ」の発行を開始した。ベネズエラ産原油に裏付けられているとされる「ペトロ」は約1億枚発行される予定である(ただしベネズエラ政府はペトロとベネズエラ産原油の交換を保証していない)。価格は1ペトロ=約60ドル(現在の世界の原油価格の平均に相当)とされているが、米国の制裁に抵触する恐れから及び腰となっている機関投資家に対して最大60%の割引価格(1ペドロ=24ドル)が提示されているという(2月21日付日本経済新聞)。これにより確保した資金でマドゥーロ大統領は「原油生産量を日量25万バレル引き上げる」と主張している(2月15日付OILPRICE)。だが、1300億ドルとも言われる政府の借金に対して10億ドルの資金調達では「焼け石に水」である。

 筆者は原油価格に相当するとされる1ペトロの市場価値が実質的に20ドル台だったことに注目している。破綻国家に近いベネズエラ政府の信用失墜を割り引いたとしても、原油価格の上昇期待があればもっと高く売れてもよかったはずだ。このことをもって「原油価格が1バレル=20ドル台まで急落する」と予測するつもりはないが、原油価格は現在をピークに今後下落する可能性が高いのではないだろうか。

新規プロジェクトが続く海底油田開発

 昨年から実施している主要産油国の協調減産の効果を帳消しにする規模にまでシェールオイルが増産されたことは承知の事実だが、市場関係者の間ではシェールオイルに加えて海底油田開発にも注目が集まっている(2月14日付ロイター)。

 米エクソン・モービルや英蘭シェルなどの世界的な石油会社は、メキシコ湾などで海底油田開発に利用する鋼鉄製プラットフォームの建設をシンプルかつ迅速にすることにより、シェール油田の経済性に対抗できるようになったからだ。新規プロジェクト承認の条件は「原油価格が1バレル=40ドルでも利益が出る」ことだが、それでも承認件数は昨年の29件から今年は約40件に達し、個別プロジェクトの規模も拡大するようだ。

 巨額の投資を必要とする深海油田プロジェクトも例外ではない。ブラジル国営石油会社ペトロブラスによるブラジルの「リブラ2」(総工費100億ドル)や、シェルによるナイジェリアの「ボンガ・サウスウェスト」(同122億ドル)などが今年中に承認される見込みである。

協調減産の効果がなくなるのは時間の問題

 国際エネルギー機関(IEA)は2月21日、「2020年までの世界の原油需要の伸びは、OPEC非加盟国(北米やブラジル、メキシコなど)からの供給拡大で賄えるかもしれない」との見方を示した。

 このことは逆に、OPECをはじめとする主要産油国が当初計画よりもかなり長期に減産を継続せざるを得なくなる可能性が生じていることを意味する。

 OPECをはじめとする主要産油国からは、協調減産の枠組みが失効する2019年以降についてもなんらかの対策が必要であるとの発言が相次いでいる。2月15日、アラブ首長国連邦(UAE)のマズルーイ・エネルギー相は「主要産油国は長期的な協力体制を維持するため新たな合意の準備をしている」と述べ、OPECのバルキンド事務局長も「現在の協調減産合意への参加国を組織化するために新たな合意の草案を準備している」と発言した。これらは、市場で「主要産油国は来年以降も協調的な行動を続ける」との期待が高まっていることを踏まえた発言である(OPEC事務局長は3月5日に米国のシェール企業幹部とヒューストンで夕食会を計画している)。

 だが、OPECでは具体的な構想は策定されていないだろう。シェールオイルや海底油田開発による増産で現在の協調減産の効果がなくなるのは時間の問題であり、仮に合意がなされたところで現在よりも緩い形であれば、「失望売り」を招くだけだ。

 昨年半ば以降の減産努力が半年後の年末に原油価格上昇を招いたことにかんがみれば、足元の原油市場の需給の緩みの影響は、半年後の今年後半に「原油価格の下落」という形で現われる可能性がある。

 コモディティ市場ではコンピューターを駆使したアルゴリズム取引や超高速取引が急速に広がっており(2月12日付ロイター)、「原油価格が1バレル=59ドルを下回るとコンピューターによる売りが拡大し原油安が一気に加速する」との懸念が出始めている(2月19日付日本経済新聞)。2014年後半の「逆オイルショック」の再来である。

サウジアラビアの深刻な経済停滞

 市場関係者の注目が集まる中、サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は21日、「小規模な供給不足が生じるとしても、産油国は年内は減産を継続すべきだ。原油市場のバランスは若干失われても良い」という注目すべき発言を行った(2月21日付ブルームバーグ)。サウジアラビアは数十年にわたりOPEC内の穏健派(ハト派)の代弁者としてベネズエラやイランなどの原油価格押し上げ要請(タカ派)に抵抗してきたが、ここに来て「タカ派」に同調する姿勢を示したのである。

 サウジアラビアが置かれている経済環境はかつてなく厳しい。サウジアラビアの財政維持には1バレル=70ドル以上の原油価格が不可欠とされており、現在の同60ドル台の水準では満足できる状況にない(2月19日付OILPRICE)。

 ムハンマド皇太子は経済の脱石油依存を果たすため、「ビジョン2030」と呼ばれる大改革に着手している。しかし、ビジョン2030が実現するかどうかは国営石油会社サウジアラムコのIPO(新規株式公開)の成功にかかっていると言っても過言ではない。

 また、サウジアラビア政府が今年になって力を入れているのが娯楽分野である。2月に入りサウジアラビアでは「初の国際マラソン開催」や「初のオペラ公演」などが目白押しだ。政府は今年フェスティバルやコンサートを前年比2倍の約5000件開催し、今後10年間に娯楽分野に640億ドルの資金を投じることを発表した。女性の社会進出をはじめとする大幅な社会改革が進んでいる観があるが、ムハンマド皇太子に「牙」を抜かれた「勧善懲悪委員会(宗教警察)」など保守派の不満が経済停滞などをきっかけに一気に爆発する危険は高まるばかりである。

 一方で、経済成長の最も重要なファクターである国内の投資活動は、昨年11月からの大規模な汚職摘発騒動による悪影響をもろに受けて低調なままである(2月20日付ロイター)。サウジアラビア政府は1月に国内の企業幹部と会談し、「摘発はほぼ終わり今後は安心して事業を行える」と説明した。だが、取り締まりのプロセスが秘密に包まれたままでは「拘束が政治的動機に基づく」という投資家の疑念が晴れるわけがない。

 サウジアラビア通貨庁(中央銀行に相当)は2月15日、国際決済でブロックチェーン技術を試験的に利用するため、米国企業リップルと契約したことを明らかにした。リップルによれば、これにより国際決済の透明性が高まるという。こうした試験的プログラムを一国の中央銀行が立ち上げるのは初めてである。サウジアラビア通貨庁は昨年ブロックチェーン技術に懐疑的な見方を示していたが、今回の汚職捜査に基づく海外資金の回収に失敗したことから、「新兵器」の導入に踏み切らざるを得なかったのだろうか。

米国がサウジへの原発輸出に名乗り

「新兵器」と言えば、サウジアラビア政府にとって、国内の軍需産業育成も脱石油依存の重要な柱である。

 サウジアラビアは国内の石油資源節約との観点から、原子力発電の導入準備を進めている。今後25年間で16基の原子力発電所を建設する計画である(総事業規模は800億ドル以上)。既に10カ国との間で導入に向けての交渉に入っている(3月に最初の入札を行う予定)が、最近になって米国政府も交渉相手として名乗りを上げた(米国のペリー・エネルギー庁長官は3月2日にロンドンでサウジアラビア高官と協議を行うことになっている)。

 注目すべきは「米国ファースト」を掲げるトランプ政権が、自国の原子力産業を支援するために、核拡散防止条約(NPT)上の規制を緩めてでも(国内でのウラン濃縮や再処理を認める)サウジアラビアへの原発輸出を実現させようとしていることである。これが実現すれば、イランの核合意に不満を持つサウジアラビア政府が核兵器を自前で開発する途が開かれる可能性が出てくる(2月22日付ZeroHedge)。

 サルマン国王は2月26日、参謀総長を含む多数の幹部を解任する大規模な軍組織改革を実施した。軍改革の公式な理由は公表されていないが、「組織を若返りさせてイランやシリア、イエメンへの軍事的圧力を強めたい」とするムハンマド皇太子の意図が反映されたものであるとされている(2月27日付ブルームバーグ)。

 このようにサウジアラビアを巡る内外の地政学リスクが高まれば、原油価格が1バレル=70ドル以上になるのは容易だが、この意図せざる「秘策」がサウジアラビア自身にとって望ましいかどうかは分からない。

筆者:藤 和彦