東大卒の秋田さん(仮名)は、大学院での研究に行き詰まり、1年半の間ひきもり生活をしていた(写真:UZUZ)

少子高齢化による労働人口の減少が懸念される昨今、定年退職の年齢を65歳に引き上げたり、女性や外国人を働き手として活用したりするための制度づくりが進んでいる。その一方で若手人材を活用することが喫緊の課題となっている。


私が日々会っている第二新卒・既卒・フリーターといった若手人材には、大学を卒業したもののいまだに就職していない人や、入社した会社を短期間で離職してしまい現在は働いていない人が多くいる。総務省の労働力調査によると、このような「若年無業者(ニート)」と呼ばれている15~34歳の若手人材は、直近(2017年)の数字で、54万人いることがわかっている。

これらの若手人材が就職し、労働力として活躍することが、人口減少が進行する現代の日本において非常に重要になっている。

ひきこもっている状況を変えたい

今回はそのような若年無業者の中から、「ひきこもり」となってしまった一人の若者が就職し、現在はプログラマーとして活躍しているエピソードを紹介したい。ひきこもっている状況を変えたい人、周囲にひきこもりとなってしまっている知人がいて、何か手助けしたいと考えている人の一助となれば嬉しく思う。

プロフィール
仮名:秋田 友貴(仮名)
性別:男性
年齢:28歳(就職当時:26歳)
最終学歴:東京大学
ひきこもり期間:約1年半
現職の業務内容:ソフトウエア開発(プログラミング)

「ひきこもっていたときは、1カ月以上家から出ないこともありました」と語るのは、東京大学卒の秋田友貴さん(28歳)。ひきこもりになったのは、今から5年以上前の大学院1年生の夏のころだった。東京大学をストレートで卒業し、将来は理学系の研究者になりたいと考えていたので、大学院に進学した。しかし、大学院に進学すると求められる学習レベルが急激に上がり、研究が行き詰まってしまう。

当時の秋田さんは「研究は個人で進めるもの」というイメージを強く持っており、教授や周りの院生に自分がやっている研究について相談したり、アドバイスをもらったりすることをしなかった。行き詰まった状況を自力で何とかしようとしたものの、研究はまったく進まず、月次で開催される進捗発表会を無断欠席してしまう。

無断欠席をしてしまった後ろめたさと、研究への挫折感から、約1年半のひきこもり生活が始まる。秋田さんはアルバイトをしていなかったこともあり、家から一歩も出ない生活が続いた。全く学校に来なくなってしまった秋田さんを心配して、教授や研究室の仲間が連絡を取ってくれるのだが、「むしろその連絡が一番の恐怖だった」と、秋田さんはそのころを振り返った。

オンラインのオセロゲームで過ごす毎日

外界との接触は、半期に一度の休学延長申請のために訪れる学生課の窓口の事務員と、月に1度料理を作るために上京してくれる母親だけだった。「このままではいけない」と思ってはいても、何も行動に移すことができず、パソコンの前に座り、オンラインのオセロゲームをして過ごす毎日だった。

そんな状況に転機が訪れたのは、ひきこもってから1年半が経過したときだった。2度目の休学期間の延長申請に学生課を訪れた際、これ以上休学期間を延長しても状況は何も変わらないと思い、中途退学を決意する。

だが、中途退学をしたことで自分のステータスは「学生」から、「ニート」となり、さらに何もできることがないと、秋田さんの焦りをさらに強くした。

「どうせなら、何もできないニートではなく、何かできるニートになろう」。まずは自分の興味があることを模索。毎日12時間以上オセロゲームをやるほどのオセロ好きだったこともあり、自分でオセロゲームを作り始める。プログラミングは完全に初心者ながら、C言語というプログラミング言語を勉強し始めた。勉強するための時間は膨大にあったことから、短期間でオセロゲームを完成させることができた。

この経験からプログラミングが自分の性格に合っていると感じ、研究を投げ出したことで失っていた自信を少しずつ取り戻していった。

秋田さんは、ニートから社会復帰するため、プログラマーとして就職しようとこのときに決意する。

プログラマーを目指そうにも、独学で勉強しただけで業務経験もなかったことから、「未経験からでもプログラマーになれる」求人を探し始める。そこでIT関連の知識を学びながら就職活動を支援してくれる、「ウズウズカレッジ」の存在を知った。

担当となるキャリアカウンセラーと面談、就活支援サービスでは、個人ではなく集団で学びながら就活を進めていく、ということを知らされた。研究室で孤立したことでひきこもりとなってしまったこともあり、秋田さんは集団行動やコミュニケーションへの苦手意識を感じていたが、背に腹は変えられないと参加することを決意する。

「ウズウズカレッジに参加した当初は、周囲とのコミュニケーションもあまり取ろうとせず、若干浮いている感じでした」と、秋田さんを担当していたキャリアカウンセラーは当時の印象をそう見ていた。学習に関しては他の就活生よりも進んでいたが、求人企業との面接ではコミュニケーションが堅くなってしまい、採用見送りになるケースがあった。

まずは「周りの人に自分から話しかける」

そこで担当のキャリアカウンセラーは、そんな秋田さんの状況を考慮して、こんな課題を出した。「明日から周りの人に自分から話しかけよう。勉強が進んでいない人がいたら勉強を教えてあげよう」。

この課題は、コミュニケーションに自信がない秋田さんにとって、いささか負担が大きかった。それでも、周囲に少しずつでも話しかけ始めるよううになって、秋田さんに変化が訪れる。

「自分からコミュニケーションを取るようになったことで、苦手意識も薄まり、モチベーションも高まっていった」(秋田さん)。

感情が表情から伝わるようになり、担当のキャリアカウンセラーから見ても、その変化は顕著だった。弱点が改善されてきたことで、本人も自信を持てるようになり、面接でも余裕のあるコミュニケーションを取れるようになる。そして、就活を開始して約1カ月で、ソフトウェア開発企業への内定が決まったのだ。

秋田さんがひきこもりから抜け出し、就職まで果たすことができた要因は何だったのか。私なりに分析してみた。

1.ひきこもりという状況を変えるため、自分で(中途退学という)変化を作り出した
2.自分が好き、または得意なことを起点に、自信を取り戻すきっかけ(オセロゲームの作成)を作った
3.自分をサポートしてくれる味方(担当キャリアカウンセラーや就活仲間)ができた
4.自分の弱点を直視し、それを克服するために、(意識するだけでなく)具体的な行動を取った

​苦しい状況ながら、自分で状況を変えるための行動を取ったこと、そして、自分の弱点と向き合うことで克服し、自信に変えていった。つまり、「自分が変わることで状況を打開していく」ということを、きちんと実践していたのだ。

秋田さんは現在、ソフトウエア開発を行うシステムエンジニアとして活躍。国税庁の業務システムや介護業界向けのソフトウェア開発といった仕事を担当している。働き始めてから2年ほど経って、会社からの評価も高いようだ。

漫才大会で優勝するほどの別人に

「大規模な開発プログラムについても理解できてきた。プロジェクトリーダーを務めたり、予算などビジネス的な視点も持てるようになりたい」と、秋田さんはエンジニアとしてのステップアップを目指す。

コミュニケーションに対しても苦手意識が完全になくなり、逆に自信に変えた。実際、プライベートでは、友人が主催する漫才大会に出場するほどまでに至っている。

「前回大会では自虐ネタをやったのですが、思いのほかウケがよくて、優勝しちゃいました」。そう言って秋田さんははにかんだ。ひきこもっていたころとは、まったく別人のようになっていた。

就職という人生の転機に弱点と向き合い、自分を変えることができた秋田さんはこれからについて、「最近、職場の人たちに慣れてしまって、自分から話しかけることをサボりがちになってしまっています。なので職場以外の人と会う機会を積極的に作っていこうと思います」と、いきいきと語ってくれた。

その顔つきは、自分のことをよく理解し、もっと自分をよくするために次を見据えることのできる人の表情だった。