東大出身/外資系証券会社勤務/身長185cm/イケメン

このスペックを見て、あなたは何を感じるだろうか。

え?…ハイスペ男子?

あぁ、世間ではそう持て囃されているみたいね。しかもその人、爽やかで優しくて気が利いて、笑顔がとっても素敵みたい。

そんな完璧な人間、出会ったことある?
いたら、結婚したい?

やめておいたほうが、身のためだわ。

完璧な人間なんてこの世に存在しないのだから。もし存在するとしたら、その人は…“サイコパス”かもしれない。




―まぁ、イケメン。
―爽やかで、素敵ねぇ。
―羨ましい、理想の旦那様だわ。

夫を賞賛されて嬉しくない妻など、いないはずだ。

だけど私はそのたびに、全否定したくなる。そして「そんなことないです」と一言、謙遜のような言葉を返す。

そう、夫は誰からも「完璧」だと思われているのだ。しかしかくいう私も、彼への第一印象は”完璧な人”だったっけ……。



忘れもしない二年前の冬のある夜、私の人生が狂い始めた日だったからよく覚えている。

マックスマーラの真っ白なコートを初おろしして、私は最近外銀の彼氏が出来たという麻矢子に呼ばれて『かどわき』の個室へと向かっていた。

「彼氏の部下で、とにかくイケメンで完璧な男がいるのよ」と、麻矢子が興奮していた。

出会わなければよかった、と今では思う。この男と私を引き合わせた麻矢子を、恨みたいくらいだ。

当時の私は25歳、人生を謳歌している真っ最中で“イケメンとかどわきでお食事”という誘い文句に心を踊らせるくらいには、能天気な女だった。

麻矢子には「とっておきの可愛い子を連れていくと言ってあるから」と、気合いをいれてくるように念押しされていた。男側のテンションが下がらないように彼氏がいることは内緒にするように、とも。

人の第一印象は0.5秒で決まるらしいというどこかで聞いた雑学が頭をよぎり、私はとびきりの笑顔を作ってから扉を開けた。

……そして個室の扉を開けた瞬間、私は“捕らえられた”も同然な、衝撃的な出会いをした。


出会わなければよかった…完璧な男との出会い


一番奥の席に座っている、美しく顔の整った男。彼は獲物を狙う頂点捕食者のような鋭い目つきで、私をじっと凝視した。

―怖い……。

ほんの0.5秒、固まった。

今思い返せば、彼への第一印象は“恐怖”だったのである。でも次の瞬間、私の記憶はいとも簡単に改ざんされてしまった。

―なんてさわやかでかっこいい人なんだろう。
―完璧だ。

そして彼はおもむろに立ち上がると、きれいに整えられた白い歯を輝かせ、お手本のような完璧な笑顔で「どうぞ」と自分の隣に私をエスコートした。




麻矢子の彼氏である保坂という男は、ゴルフ焼けなのか浅黒い肌をしていて、見るからに悪そうなオーラを放つイメージ通りの外銀男であった。

それとは対照的に、彼は透き通るような真っ白い肌をし、笑顔がさわやかな好青年といった印象である。身長は180cmを優に超えていて、何かスポーツをしていたであろう引き締まった身体が、高そうなスーツを完璧に着こなしていた。

そしてもう1度ニコっと微笑むと、「椎名歩です。よろしく」と右手を差し出してきた。

―あぁ、なんて素敵な人なんだろう……。

彼の長く綺麗な指に触れた瞬間、不覚にも恋に落ちそうになるのを、ぐっと堪えたのを覚えている。

「こちらは希ちゃん。私の友だちで一番可愛い子よ」

麻矢子が得意げに紹介すると、彼は握手をしたまま、食い入るように私の顔を見てこう言った。

「こんなに可愛い子……見たことないよ」

褒められるのには慣れているはずだったが、珍しく顔が熱くなったのは、私も彼がタイプだったからだろう。

1秒、2秒、3秒……

じっと目を見たまま、なかなか手を解かないその男に少し戸惑いを感じたものの「ごめん、見惚れちゃって」という彼の笑顔にすぐ惹きこまれる。

「麻矢子ちゃん。こんな素敵な女性を紹介してくれて、どうもありがとう」

そう言って彼が穏やかに微笑むと、麻矢子は誇らしげな顔をした。

外銀の男といえば、“プライドが高く、上から目線で鼻に付く”というイメージを持っていたが、彼はその完璧なスペックをひけらかすことなく腰が低く、異様にさわやかな男だった。

「本当に可愛すぎる」
「一目惚れしちゃった」
「こんなタイプな子に、出会ったことないよ」

彼は料理に手をつけることなく、口説くのに夢中になっていた。私が謙遜する暇もないくらい、熱烈に。

そしてこのあと30分もしないうちに、私の人生を大きく揺るがす、衝撃の一言が待ち受けていたのだった。


出会って2時間、完璧な男が発した衝撃の言葉とは




「椎名がこんなに熱心に女を口説くところ、初めてみたよ。でもさ、こいつ本当に仕事できるんだ。将来有望!希ちゃん、おすすめだよ」

保坂がそう言って驚くほど、私は彼に気に入られたらしい。

彼は上司や部下にもたいそう好かれているようで、その日は“完璧な男・椎名歩”の魅力を延々と語られる会と化していた。

そして〆のトリュフご飯が運ばれた頃、驚くことに彼は私の手をとり、こう言ったのだ。

「ねぇ、結婚しない?」

椎名歩はきっとからかっているのだろう、さすがにこの時は、誰もがそう思ったはずだ。一気に目が覚めた私は、心の中で自分の頬をひっぱたき、やっとジャブを打つことを決意した。

「もう、からかわないでくださいよ〜。……だって、絶対彼女いますよね?」

盛り上がっていた場が一瞬にして静まり返ったが、彼はさっきと変わらないトーンでこう言った。

「うん、いるよ」

―ほら、やっぱり、からかわれていたんだ。こんなに完璧な男に、彼女がいないはずがないじゃない。

彼の言葉に気分を良くしていた自分を恥ずかしく思い、口をつぐんだ私にこう畳み掛ける。

「あ、でも別れるから心配しないで」

私が首を傾げている間に、彼は内ポケットからスマートフォンを2つ取り出し、片方のブラックベリーを机に置いた。




スマホの方に何やら文字を打つと、その送信画面を私に突きつけてきた。

―別れよう。

彼女と思しき美人な女性アイコンに、たったいま送られた無機質な一言。

彼の言動に唖然としてしまったものの、みんなの前で彼女に別れを告げるということは、本気なのでは…という思いがよぎる。

酔っ払って顔を赤らめていた麻矢子がニヤリと微笑んだ。

「あら〜、歩くんったら、希に本気みたいね」

「うん、本気。この子と結婚する」

そう言って、無邪気に微笑む彼の顔が忘れられない。この言葉が現実になるなんて、誰が想像できただろうか。

「保坂さんと私が仲人ね!」

「歩くんと希にかんぱ〜い!」

こうして私の人生は、この日を境に蟻地獄に落ちるがごとくズルズルと狂い始めていった。

▶NEXT:3月9日金曜日配信予定
歩の猛烈アプローチに、希は落ちるのか…!?