楠瀬誠志郎氏

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 一般に「ボイストレーニング」というと、歌のためのレッスンと思う方が多いだろう。しかし正しくは、歌のためのトレーニングはヴォーカルトレーニングである。ボイストレーニングとは、「本当の自分の声」を知るために行うトレーニングであるという。自分の声を知り、声帯に負担をかけないような発声を知ることで、どのようなときでも感情に左右されない「一定の声」で話すスキルを学ぶのがボイストレーニングである。

 日本では、まだ認知度が低いボイストレーニングであるが、海外ではその認知度は高い。元アメリカ大統領のバラク・オバマ氏は専属のボイストレーナーを持ち、毎日のトレーニングを欠かさなかったという。海外訪問時にトレーナーも同行させる徹底ぶりでオバマ氏の演説は、どのような状況でも一定の声を再現できるため、聴衆に安心と信頼をもたらしたと評価されている。

 実は日本でも、そういったボイストレーニングを学べる場所がある。ボイストレーニングの第一人者といえる楠瀬誠志郎氏が主宰するBreavo-para(ブレイヴォーパラ)を取材した。

●本当の自分の声

 ビジネスパーソンであれば、商談や会議などで長く話すときもあるだろう。そんな時、無意識に咳払いをしていないだろうか。その咳払いこそ、「声帯」が疲労したサインだ。人は声帯が疲労により萎縮すると、声を出しにくくなる。そうすると、無意識に咳払いをすることで強制的に萎縮した声帯を刺激し声を出しているのだという。

「声帯に負担がかからない発声を学ぶことで、本来の自分の声、自分の持っている声を取り出すことができるようになります。声は、体全体から響き出すもの。骨が持つ音色、体が持つ音色があります。自分本来の声を出せるようになると、自分の声を聞くことにより気持ちが落ち着くようになり、どのような時でも安定した話し方ができるようになります。

 日本ではまだまだ認知度が低いボイストレーニング。政治家などでも行っている人は少なく、彼らのスピーチを聞いていると、気持ちが声に表れているのがわかります。良くない状況や焦ったときなどは、声が高くなり早口になります。声を聞けば、その人の精神状態がわかります」(楠瀬氏)

 声を出すトレーニングだけでなく、体を楽器のように捉え、メンテナンスすることが大切だという。楠瀬氏が指導するトレーニングでは、声だけでなく体のストレッチなども取り入れたトレーニングが行われる。筆者もトライアルを受けてみたが、まさにヨガのようなトレーニングだった。背中の筋肉をほぐすことで声帯を緩めることができるなど初めて知ることばかりで、“目から鱗”の連続。トライアルには、楠瀬氏が普段指導する重要な点が濃縮されており、一度受けただけでも声や発声に対する意識が変わることは間違いないだろう。

●ボイストレーニングのルーツ

 楠瀬氏によると、ボイストレーニングのルーツはドイツにあるという。読者諸氏も一度はヒトラーの演説映像や音声を聞いたことがあるだろう。ヒトラーの演説の音は常にBフラットで、残っている映像を見る限り、ヒトラーはそのBフラットをまったく外れることなく演説をしているという。楠瀬氏は、ヒトラーが徹底したボイストレーニングを受けていたに違いないと推測する。

 民衆をコントロールするために発達したと考えられているドイツのボイストレーニングは、その後、多くの国に広がり、アメリカでは政治家やエンターテインメントの世界、弁護士などへと広がっていった。

「日本では認知度が低いボイストレーニングですが、アメリカではスキルのひとつとして経歴書に書けるほどで、ボイストレーニングを学んでいるということは自己表現ができるという裏付けにもなります」(同)

●余韻の大切さ

 正しい発声ができるようになると、体調にも変化が現れるという。筆者がトライアルを受講した際、10年もの長い間、楠瀬氏の下でボイストレーニングを続けている女性に話を聞くことができた。

「それまでもいろいろなボイストレーニングに通っていましたが、まったく効果が出ずに悩む日々が続いていました。ある時、Breavo-paraを知り、ダメ元で通い始めたところ3カ月程度で声に変化を感じ、さらに続けるに従い声が楽に出せるようになり、体調も良くなってきました。それからは自分がどう変われるかが楽しみで続けています」

 その女性と話をしていて感じたのが、会話の中に余韻があるということ。相槌であったり、話す合間の呼吸であったり、会話の中に余韻があるのだ。不思議と、その余韻の中で、聞くこちら側も理解が深まったり、もっと聞きたいという気持ちになった。楠瀬氏によると、聞く相手に余韻を与えることは、相手に考える時間を与えているのだという。余韻を与えるには「相槌」が重要であり、相槌をうまく使いこなすことで感情表現ができ、人を惹きつけ、心を摑むことができるという。
また、楠瀬氏が声とともに人が変化する点に注目し、医療への応用も可能ではと考えている。

「どの生徒さんも自分の声を出せるようになると、顔つきも変わり、自己表現をしたいという気持ちに変わり、どんどん元気になっていきます。将来は、心の問題などの治療にも応用できるようになればいいなと考えています」(楠瀬氏)

●アーティスト楠瀬誠志郎として

 楠瀬氏は、音楽家の両親の下、幼少時代から音楽に触れ育った。高校生時代にプロを目指し音楽活動を開始。その声は「天使の声」ともいわれアーティストして活躍する一方で、多くのアーティストへの楽曲提供、CM音楽制作、執筆などを行い多才である。代表作の郷ひろみへの提供曲『僕がどんなに君を好きか、君は知らない』は、空前のヒットとなった。

 現在、Breavo-paraで行うボイストレーニングの原型は、楠瀬氏の父がつくったものである。しかしながら、楠瀬氏の父は、志半ばで楠瀬氏が24歳の時に他界した。それから楠瀬氏は、40歳になったら父の遺志を継いでボイストレーニングを確立しようと決めていた。実際に40歳からボイストレーニングを引き継ぎ、がむしゃらにがんばってきた。それから17年がたち、生徒もスタッフも順調に育ったことから昨年、自身の音楽活動を再開し、ライブ活動や舞台演出などにも力を注いでいる。ボイストレーニングの指導でどう発声が変わるか、どう人が表現力を持つようになるかをアーティスト・楠瀬誠志郎が体現している。

 今後、日本でもビジネススキルとしてボイストレーニングを学ぶビジネスパーソンが増えていくのかもしれない。
(文=道明寺美清/ライター)