平昌五輪アイスホッケー女子順位決定戦(ロイター/アフロ)

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 2月25日に閉幕した平昌五輪。女子アイスホッケー日本代表の“スマイルジャパン”は6位だった。優勝はアメリカ。美女軍団の派手な応援が繰り広げられるなか、日本は韓国・北朝鮮合同チームから4−1で五輪初の勝利を挙げた。順位決定予備戦で強豪スウェーデンと当たり、延長戦で床亜矢可がシュートを決めて2−1で競り勝ち、予選リーグで惜敗した同国にリベンジ。決勝トーナメントに一歩届かなかったが、健闘をみせた。

 一方、男子アイスホッケーの決勝は大接戦。OARが2−3から試合残り時間55秒で追いつき、延長戦でドイツを4−3で下した。いつも最終日に決勝が行われることからもわかるように、冬季五輪のハイライトは男子アイスホッケーなのだ。

 しかし、男子日本代表は寂しい限り。一昨年9月の五輪予選でラトビア、ドイツ、オーストリアに3戦全敗し早々に五輪に見放された。ここ40年近く、五輪出場は開催国特権の長野だけだ。女子と違い男子は「ボディチェック」とよばれる体当たりが認められており、海外選手との体格差も影響しているとされる。

 平昌五輪の男子決勝の中継(NHK)で解説を担当した王子製紙の名FW、本間貞樹氏は「五輪予選で日本に勝ったドイツが決勝まで来たことは日本にとっていい刺激」と話したが、本間氏は日本アイスホッケー連盟の強化委員長であり、2022年の北京冬季五輪ではぜひ出場を勝ち取らせてほしい。

 近年、実はアイスホッケー人気が凋落している。筆者はその一因は1973年から2003年まで30年にわたり、会長として日本アイスホッケー連盟を牛耳った元西武グループ総帥、堤義明氏(83)だと考えている。日本リーグは、かつて外国人選手が活躍していた。特に、王子製紙のV・シャドリン、Y・リャプキンら旧ソ連の名選手が人気を博した。

 しかしある時、堤氏が「外国人で試合が決まる。日本選手が外国人に頼りすぎる」と外国人選手を締め出す。神業プレイが見られず人気が落ちた。本間選手もソ連選手のCFに懸命に食らいつき、技術やタイミングを身につけていたのだ。「外国人選手を戻せ」の声は強く、ある日、筆者はそれを堤氏に直訴した。「君ねえ、外国人を入れたら金がいくらかかると思っているんだ」など聞く耳を持たなかった。実は堤氏は、傘下の国土計画(のちのコクド)が王子に勝てないことに苛立っていた。

 1988年の長野五輪。80年のレークプラシッドを最後に五輪に無縁だった日本のアイスホッケー界にとっては、人気復活の好機だった。それが逆になった。外国人を締め出したはずの堤会長は「長野で恥ずかしい試合は見せられない」とGKをはじめ、4人の日系カナダ人を投入した。あとはコクドや西武の選手を優先した。結果、王子製紙の鈴木宣夫ら実力者が五輪に出られず、普段見ない顔が増えてファンの熱も冷めた。

●「裸の王様」に媚びる

 ある年、札幌で全日本選手権を取材した。だが記者室で公式記録を配るはずの広報担当が一人もいない。「記事が書けない。どうなってんだ」と記者たちは怒った。実は堤会長が札幌プリンスホテルへ現れ、連盟関係者が全員、そちらへ馳せ参じてしまった。「裸の王様」に媚びる彼らの姿を象徴する一件だった。2005年、堤義明氏はインサイダー取引で逮捕され有罪が確定した。しかし、執行猶予が解けてからは隠然たる力を復活させ、初代会長を務めたJOC(日本オリンピック委員会)で最高顧問に収まっている。いい加減にしてほしい。

 長野五輪の後、アイスホッケー界は崩壊状態に陥る。食中毒事件で収支が悪化した札幌の雪印が、チームを解散。コクドは西武鉄道と統合したが結局、解散。現在、王子イーグルス(旧王子製紙)、日本製紙クレインズ(旧十条製紙)、日光アイスバックス(旧古河電工)、東北フリーブレイズに、韓国、ロシア極東などを交えて「アジアリーグ」を続けるが報道量は激減した。

 衰退の他の要因がプロ野球だ。日本ハムファイターズの札幌移転により北海道で野球熱が高まり、少年たちがアイスホッケーをしなくなった。田中将大投手の駒澤大学附属苫小牧高校も、元来はアイスホッケーの強豪として知られていたのだ。

 底辺がしぼむ一方のアイスホッケーは、人気を完全にカーリングに取って代わられた。今回の五輪、カーリング女子は銅メダルを取り盛り上がった。スポンサーもカーリングは増やすだろう。しかしスマイルが奮戦したとはいえ、報道量の少なさからもアイスホッケーは期待薄だ。総じて冬季スポーツは金がかかるとはいえ、金を出す人間に媚びへつらい過ぎればそのスポーツそのものが駄目になる。男子アイスホッケーは、今もそれを引きずる。
(文=粟野仁雄/ジャーナリスト)