2018年2月23日、厚生労働省の地下倉庫に保管されていた裁量労働に関する調査票が入った段ボール箱(写真=時事通信フォト)

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■安倍首相が謝罪するほど杜撰なデータ

「裁量労働制」の国会議論をめぐって厚生労働省の調査データ比較に大きな誤りが見つかり、それを引用した安倍晋三首相が2月14日、取り消し謝罪を行った。さらに多くの数値に誤りがあることも新たに判明した。

政府や厚労省の杜撰(ずさん)さに、野党からは「捏造ではないか」との批判が集中し、国会の論議が紛糾した。

裁量労働制とは、あらかじめ決められた時間を働いたとみなす制度である。

議論が紛糾したのは、厚労省が前提の条件が異なるデータをそのまま比べた杜撰な資料を作成したのが原因だった。この杜撰な資料は3年前に野党に対する説明資料として作り、国会の審議で使われてきた。

誤った資料に基づいていたわけで、裁量労働制のこれまでの国会審議は何だったのか。

■厚労省は「担当者の認識が不十分だった」と釈明

一義的には厚労省の杜撰な体制が問題だ。厚労省は「担当者の認識が不十分だった」と釈明するが、問題の資料は担当の課長やその上の局長も承知していたはず。

安倍首相が答弁を撤回したのは、問題の発覚から2週間も経過した2月14日だった。この2週間の間、厚労省は一体、何をやっていたのだろうか。

厚労省内のチェックが機能していないし、危機管理に対する意識も薄い。

新聞各紙も社説で取り上げ、なかでも“左”の朝日新聞は安倍首相を厳しく批判する。これに対し、“右”の読売新聞はわりと冷静だ。

■しっかりしたデータで議論しろと朝日

全国紙の社説のなかで、口火を切ったのは、朝日新聞だった。2月21日付の朝日社説は、その冒頭から多少皮肉を織り交ぜながらこう指摘していく。

「もともと比べられないデータを比べ、国会で説明したのはまずかった。しかし政策の中身には影響がないから、法案は予定通り、近く国会に出す」
「安倍首相の国会答弁とその撤回を巡って論戦が続く裁量労働制の適用拡大について、政府の姿勢をまとめれば、こうなる」

このあと、朝日社説は主張する。

「こんな説明は通らない。野党が求める通り、政策論議の基礎となるしっかりしたデータをそろえてから議論するのが筋だ」

分かりやすい主張である。続けてこうも主張する。

「あくまでミスだったという。だが、こんな重要な資料を大臣に報告もせず職員が勝手に作るとは、にわかに信じがたい。誰の指示で、どんな意図で作られたのか。徹底的に解明することが不可欠だ」
「政府はこのデータを、長時間労働への懸念に反論する支えとしてきた。誤った説明を繰り返し、賛否が分かれる論点の議論を尽くさずにきたこと自体が、大きな問題である」

これも理解できる。

■「すべて私が把握しているわけではない」は大人げない

次に朝日社説は安倍首相に批判の矛先を向ける。

「疑問に答える先頭に立つべきは、行政の責任者である首相だ。裁量労働を広げても心配ないと言わんばかりだった基本認識が問われる。ところが首相は『厚労省から上がってきた答弁(案)にデータがあったから、紹介した』『すべて私が詳細を把握しているわけではない』と、ひとごとのようだ」

安倍首相が大嫌いな朝日新聞だけある。安倍首相も「すべて私が把握しているわけではない」と開き直るが、端から見ていると、大人げない。

今回の問題の原因は、最初にこの沙鴎一歩が指摘したように厚労省の杜撰な体制と危機管理の欠如にある。厚労省が間違っているのだ。

朝日には厚労省の責任をもっと追及してほしい。

■閣議決定は3月に先送りへ

そのあと朝日新聞は2月23日付の社説でも「裁量労働制」を取り上げ、こう訴える。

「裁量労働制の対象拡大など、規制を緩和する部分を『働き方改革』法案から切り離す。現場の実態を調べ、国民が納得できる制度を練り上げる」
「政府はそう決断するべきだ。急がねばならないのは、残業の上限規制など働き過ぎの防止策である」

この朝日社説が出る直前、政府は2月の月内を目指していた働き方改革関連法案の閣議決定を3月に先送りする方針を固めた。厚労省も裁量労働制の施行時期を1年遅らせて2020年度に変え、周囲の理解を得るための時間稼ぎをするらしい。

それでも朝日社説は「典型的な問題のすりかえであり、論外だ。問われているのは、大きな政策変更を拙速に進める政府の姿勢である」と訴える。

朝日新聞はもともと労組に関係する読者が多い新聞である。それゆえ今回の安倍政権の働き方改革には、徹底して異を唱えたいのだろう。

23日の社説の最後はこう結んでいる。

「裁量労働をめぐっては、対象外の人に適用して残業代を支払わない例など、今もさまざまな問題が指摘されている。現状に向き合うことが出発点だ。なし崩しの拡大は許されない」

沙鴎一歩も働き過ぎを助長するような「なし崩し」には反対である。国会で十分、議論をしてほしい。

■原因究明と再発防止を求める読売社説

「多様な雇用形態を確保し、社会の活力を維持するための重要な法案である。正確かつ客観的な情報に基づく冷静な国会論議が欠かせない」

2月22日の読売社説は働き方改革関連法案自体を前向きに捉え、冷静な議論を求める。

読売社説は「政府はこれに基づき、1日の平均的な労働時間が、裁量労働制は9時間16分で、一般労働者より約20分短いと説明していた。だが、一般労働者には、1か月間で最長の残業時間を尋ねており、比較することに無理があった」と解説する。

そのうえで読売社説はこう指摘していく。

「厚労省は、調査担当者とは別の職員がデータ比較を行ったことが原因だと釈明する。塩崎恭久前厚労相が国会で引用したこともある。省内のチェック体制が機能せず、あまりにずさんな対応だ」
「徹底した原因究明と再発防止に努めなければならない」

厚労省の杜撰ぶりを糾弾し、再発の防止を訴えるところは、冷静な社説である。読売社説を見直した。

■読売社説も冷静に指摘する「裁量労働制」の疑問点

読売社説は「裁量労働制は、あらかじめ決められた時間を働いたとみなす制度だ。専門性などを有するホワイトカラーが主体的に時間を決めることが可能となる」と裁量労働制を肯定する。

朝日社説と違い、その軸足を経営側に置いているものの、後半部分で次のようにも指摘している。

「みなし労働時間は、本人の同意が必要だ。使用者には、勤務状況を把握して、健康確保措置を講じることが義務づけられている」
「経営側による制度の悪用を指摘する声もある。制度の趣旨を踏まえた適切な運用や健康確保のあり方について、国会で議論を深めることが大切だ」

繰り返すが、今回の読売社説はわりと冷静である。見出しも「柔軟な働き方を冷静に論じよ」だ。やはり新聞の記事、特に社説は読み比べる必要がある。

裁量労働制については朝日と読売の社説を読み比べただけでも、まだ国会の論議が不足していることが分かる。本当に単純なミスなのか。徹底的な調査がなければ、国民は納得できないだろう。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)