東大野球部の浜田一志監督に、東大合格の秘訣を聞いた(筆者撮影)

東大の野球部を率いる浜田一志監督は、個別指導型学習塾「A鄯西武学院」の経営者という顔も持っている。部活動をしている中高生が対象で、これまでの23年間で、のべ7000人以上の生徒を指導してきた。
東大野球部監督としても、東京六大学野球のリーグ戦のオフ期間には全国の進学校の野球部を訪問したり、毎年8月に東大球場で「高校生練習会」を実施したりしながら、高校球児たちに東大に合格するための勉強法などを伝授している。浜田監督に自身の経験から得た、東大に合格する秘訣を教えてもらった。

自分の可能性を信じることが第一歩

「自分で勝手に限界を作るな! 野球も勉強も『こんなもんだろう』と思うとそこまで。自分の可能性を信じてチャレンジ」。これは、東大を目指す高校球児たちに伝えている言葉です。

高校の野球部にはいろいろな目標のレベルがありますが、「甲子園に出るのは無理だろうな」と思うと、出られません。本気で「甲子園で優勝してやる」と思わなければ、日本一にはなれないでしょう。勉強も同じです。「東大に入るのは無理だ」とあきらめたら、合格できません。

受験では、答えがあらかじめ用意されています。ということは、しっかり対策をして努力を続ければ、必ず答えに到達できる。現役合格か浪人した末の合格かは別として、東大入試にも合格というゴールに到達できる方法があるということです。「できない」「無理だ」という壁を作るのは自分。それを取り払って、自分の可能性を信じて進んでほしいと思っています。

東大には毎年約3000名が入学します。そのなかにはクイズ番組の「東大王」に出るような天才もいますが、それはごく一部です。多くの東大生は問題を見た瞬間に正解できる天才ではありません。正解にたどり着くまで努力を続けられる天才なのです。

E.H.エリクソンの発達段階説によると、人間の発達には「乳児期」「幼児前期」「幼児後期」「児童期」「青年期」「成人期」「壮年期」「老年期」の8つの段階があります。青年期(13歳から22歳頃まで)にはアイデンティティが芽生え、将来はどういう生き方をしていくべきかを考えたり、自分らしさを形成したりするようになります。その基礎ができるのは「幼児後期」(3歳から6歳頃まで)と「児童期」(6歳から12歳頃まで)。「幼児後期」に自分の考えで積極的にものごとに挑戦しようとするようになり、「児童期」に勤勉に努力することを覚えるようになります。


自身の分析と経験をもとに話す浜田監督(筆者撮影)

では、努力を続ける天才である東大生は、どんな幼児後期・児童期を過ごしていたのでしょうか。小さい頃から勉強ばかりしているイメージがあると思いますが、実はそうとは限りません。

2017年6月に東大の運動会(体育会)に所属している約300名を対象に、5歳から9歳までの間にどんな習い事をしていたのか、アンケート調査(重複回答可)を実施しました。

その結果、1位は「水泳」。実に67%の学生が習っていました。全国的なアンケート結果と比較すると、およそ2倍の数字です。2位が「ピアノ・エレクトーン」(43%)、3位が「野球・ソフトボール」(29%)、4位が「サッカー」(26%)、5位が「英会話」(20%)。調査対象が運動会に所属する学生だったとはいえ、小さい頃から運動をしている傾向が高いことがわかりました。

東大生が努力を続けられる土台には、この「運動」があると私は考えています。運動をすると、骨が太くなり、筋肉がつきます。特に背骨と背筋がしっかりすると、頭(脳)の重さを支えることができるので、姿勢がよくなる。姿勢がよいと、集中して勉強することができます。実際、東大野球部でミーティングを開くときの部員たちを見ていると、みんな姿勢がいいですね。

2位に「ピアノ・エレクトーン」、3位に「野球・ソフトボール」が入っていますが、これらは指先を使います。指先を動かすと大脳が刺激され、思考力や記憶力などが活性化すると言われています。東大生はこうして「幼児後期」「児童期」に土台を養っているのです。

親が子どもの話を聞いてあげると、子どもは伸びる

努力を続ける子どもに育つには、「幼児後期」「児童期」の運動のほかに、もう1つポイントがあります。それは「親が関わり、評価する」ということです。

子どもは、学んだことを誰かに話したくなるものです。それを親が「そのときどう思ったの?」「どうしてそう思ったの?」と、子どもの話を引き出しながら聞いてあげる。そして「えらいな」「すごいね」と評価してあげる。そうすると、子どもは「またほめられたい」と思い、もっと学びたくなります。

学習塾の経営者としての経験では、入塾時にある程度成績がいい子は、面談で親子のやりとりを見ると、親が子どもの話をよく聞いて引き出していることが多いですね。

学んだことを人に話したい。これは人間の本能のようなものです。大人でも、いい写真を撮って「みんなに見せたい」と思ってSNSを利用する。「いいね」がもらえると、また投稿したくなるでしょう? 子どもも同じです。

また、学んだことを人に話す過程で、語学力や数字を使って論理的に説得する力などが養われます。こうした「伝える力」は、勉強の基礎となります。

東大野球部流 合格の秘訣

東大の野球部員は約80名。

ほとんどが高校3年の夏まで部活動を続けており、およそ3分の1が現役で、およそ3分の2が浪人した末に東大に合格しています。


高校生の野球部員の前で話す浜田監督(筆者撮影)

彼らが高校時代に受けた模擬試験の成績推移を調べてみると、高校3年の夏の時点では、東大の合否判定が「D」や「E」だったにもかかわらず、部活動を引退した夏以降に「A」や「B」判定まで伸びて、合格しているケースが目立ちます。 

こうした逆転合格を果たすには秘訣があります。私は次の5つを、毎年夏に開催する「高校生練習会」などの機会で「野球部流 合格講座」として高校生や浪人生に伝えています。

体力・気力

部活動をしている生徒は、試合で結果を出すために苦しい練習をしています。その経験を思い出せば勉強も頑張れるはずです。

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東大を志す高校球児たちは「神宮球場でプレーしたい」「文武両道で日本一を目指したい」という目標を持っています。「高校生練習会」に参加して現役の東大野球部員といっしょに練習すると、その目標がより明確になります。明確な目標を持つと、勉強するモティベーションを高く保つことができます。

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東大の入試問題も教科書から作られています。特に理科(物理・化学・生物・地学)と地理歴史(日本史・世界史・地理)の半分は教科書に答えが載っているような問題が出ます。教科書の内容、つまり基本をしっかりおさえることが合格につながります。「基本をおさえる」とは、教科書の内容を友達や後輩に説明できるということです。

身近なお手本

野球の強豪校はなぜ毎年強いのか。それは一学年上の先輩がお手本になるから。「こうすれば甲子園へ行ける」という身近なお手本を真似することで力がつくのです。受験では東大に合格した先輩や尊敬できる先生がお手本になります。

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たとえば野球の打撃では、内角の球が打てなくても、外角の球が確実に打てればいい。3回に1度、その球をヒットにできれば一流打者です。もし打撃が苦手でも、送りバントが得意だったり、足が速かったりすれば試合に出る機会は増えるはずです。勉強も同じ。まずは得意科目を伸ばして、確実に点を稼ぎましょう。

部活動で疲れているときでも、得意な科目や好きな科目なら勉強できます。そういうときに苦手な科目をやろうとしても、なかなか頭には入りません。

得意な科目が伸びると、苦手な科目も自分からやってみようという気になる。ここがポイントです。「苦手だから克服しなければいけない」という気持ちと、「やってみたい」という気持ちでは、勉強する効率がまったく違います。

東大に受かりたいなら、部活動はやめるな

東大に合格することが目標なら、高校時代は部活動をせずに勉強に集中した方がいいという考え方もあるでしょう。たしかに、部活動を続けながら勉強するとなると、勉強時間を確保しにくいというデメリットはあると思います。

ところが、私の経験では「受験勉強をするから」という理由で部活をやめた生徒の学力は、その後にあまり伸びていないことが多いのです。私は部活動と受験勉強の両立には大きなメリットがあると考えています。

その1つが達成感です。部活動を最後までやり切った生徒には、達成感があります。すると、また次の達成感を味わいたくなる。その気持ちが集中力につながります。

2つめが「締め切り間際の法則」です。仕事をしている方は「締め切り間際で仕事がはかどった」という経験があるのではないでしょうか。締め切りまで余裕があるときの仕事は「アレもコレも」と詰め込んでしまい、見返すとかえって無駄が多いものです。

部活動を続けながら受験勉強をしている生徒は、締め切り間際の状態からスパートをかけることになります。例えば高校で野球をやっている場合、高校最後の大会で敗れた後の7月末から大学入試センター試験が実施される1月中旬までは約半年しかありません。そうなると、「これで勝負するんだ!」という武器を作ろうと必死になる。それ以外のものは割り切って捨てることができます。合格の秘訣として「得意技を1つ作れ」と前述した理由はここにもあります。

3つめが上下関係です。これは合格の秘訣として挙げた「基本をおさえる」と「身近なお手本」の2つに関わるものです。部活動をしていれば、お手本となる先輩を見つけやすい。また、自分が後輩に教える経験もできる。こういう縦のつながりは、部活動をやっているからこそ得られるものだと思います。

現在の東大野球部には、小学生時代に水泳とピアノと野球をやっていたという部員が多くいます。昨秋のリーグ戦で三塁手として活躍した山下朋大(教育学部3年)もその一人です。山下は東海高(愛知県)出身。高校3年の夏まで野球を続け、1年浪人した末に東大に合格しました。彼は合格までの道のりをこう話しています。


山下朋大さんに合格体験記を伺いました(筆者撮影)

「中学1年の頃、東大に入りたいと思うようになりました。野球も勉強もしたいと考えたとき、目指すのは一番上である東大で野球をやることだと考えました。野球と勉強を両立させるのは大変でしたね。

中学3年の頃に成績が悪くなったり、高校3年時には東大の受験に落ちたりと、うまくいかない時期もありました。

でも『東大で野球がやりたい』というモティベーションがあったので、乗り切ることができました。

支えになったのは、先輩の存在でした。東海高の野球部OBに、2012年に東大野球部の主将を務めた永井兼さんがいます。『自分も永井さんのようになりたい』とお手本にしていました」

全力で野球をして全力で勉強する

「高校3年夏の時点で、東大模試の合否判定は「E」。当時は基本ができていないのに難しい問題ばかり解こうとして、成績が上がりませんでした。浪人してから基本をやり直したところ、成績が伸びましたね。


浜田一志(はまだ かずし)/東京大学硬式野球部監督。1964年高知県生まれ。小学生から野球を始め土佐高校時代は甲子園を目指して野球漬けの日々。3年夏の大会引退後、東大受験を目指し、東大理兇妨縮鮃膤福L邉緝瑤貌部、4年時は主将として東京六大学リーグで活躍。卒業後は新日本製鉄を経て、1994年に「Ai西武学院」を開業し塾長。2012年11月に監督就任(筆者撮影)

また、浪人した年の夏に浜田監督の「野球部流 合格講座」を受講しました。それまではどの科目も平均的だったのですが、英語を頑張った結果、東大模試での偏差値が65まで伸びて『得意技』を作ることができました。

文武両道は大変ですが、やりたいことは続けた方がいいと思います。野球をやるときは全力で野球をやる。勉強する時は全力で勉強する。その切り替えが大切です。

僕は野球で『この時期までにこれができるようになろう』と考えて練習していました。それが受験勉強にも生きましたね。目標から逆算して計画的にやれば、実現できると実感しています」

山下の例は、いいお手本になると思います。ぜひ参考にしてみてください。

最後に、大事なことなのでもう一度言います。

「自分で勝手に限界を作るな! 野球も勉強も『こんなもんだろう』と思うとそこまで。自分の可能性を信じてチャレンジ」。