一見、何の問題もなく幸せそうに見える仲良し夫婦。

けれども彼らの中には、さまざまな問題を抱えていることが多いのだ。

仲良し夫婦だと思っていた北岡あゆみ(32歳)は、夫である樹が浮気をしていると確信する。しかし、決定的な証拠がなく、問い詰めても言い逃れをされるばかり。

あゆみは友人の紀子にお願いし、信頼できそうな探偵を探してもらうことにした。

一方、紀子も夫の徹が若い女性と浮気していることが分かり、徹に対して怒りを覚える。




―これで…。これでようやく、浮気疑惑の真相に一歩近づけるのね……。

紀子から紹介された探偵事務所に、早速連絡してアポイントを取り付けた。自分が探偵にお世話になるとは夢にも思っていなかったが、それほどまでに追い詰められていたのだ。

「紀子さん、水曜日にアポ取れました。ありがとうございます」

あゆみはお礼と報告を兼ねて、紀子にLINEを送る。

「もしあゆみちゃんが迷惑でなければ、私も行っていいかしら?会ってみたいの」

紀子も夫の浮気に悩んでいる。あゆみはもちろん、と快諾した。



水曜日、仕事を終えたあゆみは、急いで探偵事務所のある品川駅に向かった。改札を出ると、すでに紀子が待っていた。

「あゆみちゃん、仕事お疲れ様。この辺りに来るの、久しぶりだわ。『アロマクラシコ』とかよく行ったな。今度行きましょうね」

固い表情をしたあゆみの緊張を和らげようと、紀子は関係のない話で場を繋いでくれる。

辿り着いた場所は、想像していたよりも綺麗なビルの1フロアにあった。ドラマに出てくるような暗くて書類が山積みになった小さな事務所ではなく、普通の会社のような明るく綺麗なオフィスに、少しホッとする。

ここ何週間の晴れない気持ちが少しでも救われますように―。そう祈りながら、オフィスに足を踏み入れたのだった。


超難アリ男・探偵の星川とは…!?


探偵・星川登からの聞き込み調査


「こんばんは。お約束はされていますか?」

受付の女性に名前を伝えると、二人は奥に通された。するとそこに現れたのは、30代後半くらいの上質なスーツに身を包んだ、スラリと背の高い男性だった。




切れ長の大きな目に筋の通った高い鼻、薄く形の良い唇がバランス良く並んでおり、整った顔立ちをしている。

「あら、いい男」

紀子が隣で小さく呟いた。しかし今のあゆみには、その男の顔など目に入らなかった。

「初めまして、星川登と申します。本日はご足労いただき、ありがとうございます」

星川は丁寧に挨拶するも、にこりともしない。

「初めまして、北岡あゆみと申します。こちらは友人の江崎紀子さんで、彼女も同じ悩みをかかえており、一緒に参りました」

その場の堅い雰囲気につられて、あゆみも仕事のような口調になってしまった。星川は無駄話を一切せず、早速本題に入る。

「ではまず現在の状況と、今回北岡さんが当社に依頼された目的をお聞かせください」

あゆみは今までの経緯を、詳しく星川に説明した。突然メールが届き、「浮気をしている」と告げられたことや、レシートや出張時の怪しい行動。またそれらを直接問い詰めたため、疑っていると勘づかれたこと。

その話を黙って聞いていた星川だったが、「勘づいている」の言葉に、少し険しい表情を見せた。

「それは、困りましたね。では証拠を手にした後、どうするおつもりですか?離婚の証拠が欲しいのか、ただご主人を問い詰める材料が欲しいのか……」

星川の口調が、急に厳しくなった。

「離婚をするかは、まだ分かりません…。その証拠を見て、夫と話し合って……できれば修復したいと思っています」

威圧的なオーラに圧倒されながら、あゆみはおずおずと答える。しかしそれには構わず、星川はこう続けた。

「そうです、か……。では、ご主人の行動について、いつから変だったか、怪しい曜日や交友関係、思い当たる女性など、何でも話してください」

そう言われてあゆみは、はたと気がついた。これまでお互い束縛せず自由にしたいと思うあまり、何が怪しいのか検討もつかないのだ。

樹は交友関係が広く、高校や大学、同僚やバスケ仲間とよく出かけること、また平日も残業が多く土曜日もいないことが多いが、一体どれが怪しいか分からないと、正直に伝えた。

あゆみの話を一通り聞いた後、星川はメモをしている手を止め、フゥッとため息をついた。

「北岡さん、失礼ですが、あなたたちは本当に夫婦ですか?」

その質問に、あゆみは唖然とした。いくらなんでも、失礼過ぎる。すると紀子が耐えきれなくなったのか、星川に喰ってかかった。

「星川さん、でしたっけ?あなた、さっきから少し失礼よ。そりゃ、ちょっと自由すぎる夫婦かもしれないけれど、夫婦にも色々な形があるのよ」

自由過ぎる夫婦、か……。その言葉に、あゆみは小さく笑った。お互いに束縛せず、信頼関係で結ばれた大人の関係でいたかった。けれどこうして蓋を開けてみたら、ただお互いに関心のない仮面夫婦のようにも思える。

とは言え、やはり今会ったばかりの星川に、そんな風に言われるのは気分が良くない。

「はい。戸籍上きちんとした夫婦ですし、私はうまくいっていると思っていました。夫が浮気をするような人だなんて考えたこともなかったですし、未だに信じられません」

あゆみは強い口調で言い返す。自分なりにこの三年間、色々と考えて、樹と夫婦として過ごしてきたつもりだ。

「失礼。ただ、あなたは少し過信しているように思いました。先ほど“浮気をするような人”と言いましたが、それはどんな人でしょう?」

星川は怯むことなく、真っ直ぐ目を見て質問してくる。

「それは……。不誠実だったり、女性が大好きだったり…」

「北岡さん。はっきり申し上げますが、私の経験上、絶対に浮気をしない人なんていません。しやすい・しにくいはあると思いますが、ある条件が重なると、人は過ちを犯す可能性が高まるのです」


星川の言う、ある条件とは?


3つの条件


星川の言葉に、あゆみはいまいちピンと来なかった。いま世間的には“浮気をする人はダメな人間”という風潮がある。それなのに、誰にでもあり得るなんて……?

紀子がすかさず「その条件って?」と問う。紀子にとっても人ごとではないのだ。




「まず、 浮気ができる環境にある時です。金銭や時間の余裕、魅力的な女性と出会えるかなど。二つ目に、何か不満がある場合。妻に相手にされない、刺激がない、性生活に満足していないなど。そして……」

星川はただの業務連絡のような口調で、淡々と答えた。

「想像力、理解力が欠如している時、または人です。 浮気をしたら相手がどれだけ傷つくか考えていない、目の前の大切な人を失う現実を分かっていない。そして、一人の相手と一生を添い遂げることの価値を理解していない、などです」

たしかに束縛しあわない関係は、浮気しやすい環境にあると言える。しかし樹はこの結婚生活に満足し、失うことの怖さは理解していると思っていたが、それこそが過信だったのだろうか…?

「北岡さんは先ほど、できればやり直したい、と仰いましたね。けれども、今お話を伺った限りでは、ご主人が浮気をした理由を分かっていない。それではきっと、やり直せてもまた繰り返すのではないでしょうか?」

星川の言う通り、樹の浮気は晴天の霹靂だった。どうして浮気をしたかなど知る由もない。しかしだからと言って、あゆみのせいだとでも言いたいのだろうか?

「それなら、浮気をされた方が悪いとでも言うのですか?それに私は、証拠を見つけて話し合いたい、と言いました。話し合って、彼が不満に思っているところがあれば、もちろん直すつもりです……!」

あゆみはこれまでになく、声を荒げてしまった。こんなに悲しい思いをしている上に、「あなたが悪い」と言われているようで、気分が悪くなったのだ。

しかし星川の表情は全く変わらない。一切調子を崩さず、冷静に返した。

「もちろん、あなたが悪いとは思っていません。ただ私は、元に戻りたいという気持ちがあるなら、うまくいって欲しいと思うだけです。

今の北岡さんは、冷静さを欠いています。証拠を掴んでしまったら、さらに自分を見失うでしょう。そうなったら冷静に話し合うことなどできず、こじれるだけでは?」

星川の言っていることは、一理ある。樹の浮気を疑いだしてから、あゆみはどんどんと冷静さを欠くようになった。そして二人の未来を考えるよりも、感情的に「証拠を見つけて問いただしたい、謝って欲しい」と考えるようになっていたのだ。

星川の言葉に急に冷静さを取り戻し、しばし沈黙した。すると、今まで淡々と話していた彼の表情が、急に柔らいだ。

「…私はあなたの味方です。これからの対策も含め、じっくりと考えましょう。そのお手伝いならなんでもします。

北岡さん、今まで一人で耐えるのは辛かったでしょう。これからさらに厳しい日々が待っているかもしれませんが、一緒に頑張りましょう」

今までとは打って変わった親しみのある笑顔に、あゆみの心は少しほどけた。

ーたしかに、弱っている時に素敵な男性が寄って来たら、樹を失う怖さよりも癒されたいという想いが勝ってしまうのかも…。

一瞬そんな思いがよぎった。それでも実際に行動に移すなんてあり得ない、と心の中で強く否定するのだった。

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とうとう探偵を雇うことにしたあゆみ。樹の浮気の証拠は抑えられるのか?