都内でも住みたい街の上位に、常にランクインする恵比寿。

仲間と肩肘張らず楽しめるお店がたくさんあり、便利で、何より賑やかな街である。

ベンチャー系IT企業に勤めるサトシ(28)も、恵比寿に魅了された男の一人。

顔ヨシ・運動神経ヨシ・性格ヨシで、学生時代から人気者だったサトシは、その社交性から遊ぶ仲間には事欠かない。

食事会で出会った杏奈に、サトシは一目ぼれする。しかし杏奈は、学生時代は冴えなかったが、現在外銀勤めの龍太に心奪われていた。そんな中、杏奈から突然呼び出され喜ぶサトシ。

その一方で、龍太は・・・。




「そう言えば、先週末にね、サトシさんと飲んだの。彼って面白いよね」

映画館に向かう道中、杏奈の唐突な発言に僕は思わず急ブレーキを踏んでしまった。このオープンカーで、六本木交差点の信号で停止すると、なかなか目立つ。

「は…?杏奈、お前サトシと二人で飲んだわけ?」

通行人がジロジロと見てくるため、隣に乗せるのは杏奈のような美女限定と決めている。

そう思ってわざわざ休日に車を出し、家まで迎えにいったのに、その無神経な発言に僕は苛立った。

「お前さ、男と女が二人っきりで飲んだり会ったりすることの意味、分かってんの?」

キョトンとしている杏奈に、僕は諦めにも似た大きな溜息をついた。

「しかも、よりによって何でサトシなんだよ……」

「え?何か言った?」

向かい風を受けて走り出したポルシェ。僕のその嘆きは、ボォンと唸りを上げる大きなエンジン音にかき消された。


龍太とサトシの、一人の女を巡った戦い。杏奈の心はどちらにある?


意外に奥手な港区男子?


土曜日の夕方の『TOHOシネマズ 六本木ヒルズ』はいつも混んでいる。僕は周囲をぐるっと見渡しながら、ポップコーンのLサイズ1つとコーラ2つを、そそくさと買った。

「龍ちゃんってさ、…なんでいつも、そうやって周囲を気にしているの?」

杏奈に、大きな瞳で真っ直ぐ見つめられ、僕は返答につまる。

別に特定の誰かの視線を気にしているわけではない。ただ、周りからどう見られているのかが気になるのだ。

「え?気にしてないけど。知り合いとかに見られたら、困るのはお前の方だろ?」

まだ正式に付き合っていないのに、たびたび2人で出かけることへの後ろめたさもある。しかしそれよりも、僕はどう見られているのか、周りからどう映っているのか、そんなことばかり考えてしまうのだ。

―きっとサトシだったら、いきなり手とか繋ぐんだろうな……。

“振られる”経験のない人間のみ持っている、ポジティブさ。僕には、それがない。

「龍ちゃんのそのプライド、よく分かんないよ。」

そう言って杏奈は僕の手からチケットをもぎ取り、スタスタと暗い映画館内へと行ってしまった。






映画の間中、ずっと考えていた。いつから僕はこうなったのだろうか、と。ストーリーはまるで頭に入ってこなかった。

学生時代から、サトシには“断られること”に対しての恐怖心がないように見える。

きっと今まで断られたり、否定されたことがあまりない人生だったから、誰に対してもオープンで、そしていつでも明るいオーラを放っているのだろう。

一方の僕は、杏奈のような綺麗な子とデートしていることを自慢したい気持ちもあるが、安易にそんなことはしない。

仮に一度でも誰かに見られた後で、杏奈と付き合わなかったら最悪だから。

「映画、面白かったね!龍ちゃんはどのシーンが好きだった?」

とびっきり可愛い笑顔で振り返る杏奈を、不意に抱きしめたい衝動に駆られた。

でも、僕にはそれができない。
断られるのが、怖いから。

拒否されたらどうしようという恐怖が先行し、リスクを負ってまで自分からいこうとは思えないのだ。

「どうしたの?さっきからぼうっとして。体調悪い?映画館、少し寒かったからね...。暖かいコーヒーでも買おうか」

そう言って僕の手を引いてスターバックスへ向かう杏奈を、僕は不思議な気持ちで見つめていた。

…もっと素直になれたらいいのに。そう思いながら。


このあと、素直になれない龍太の失言に、杏奈は…?


リスクを恐れない男、エビダンvs恐れる男、港区男子


「ねぇ、龍ちゃんとサトシさんって、学生時代は仲が良かったの?」

映画の後に向かった『37 ステーキハウス アンド バー』での食事中、その発言に僕は思わず杏奈を見つめ返してしまった。




「え?なんで?特別仲が良かった訳ではないけれど……」

むしろ関わりがなかった、と言った方が正しいだろう。

そもそも所属していたグループが違っており、サトシは誰が見ても楽しい学生生活を謳歌している、いわゆる“リア充”組だった。

最初はそのグループに憧れを抱いていたものの、途中からは「何だよ、アイツらチャラチャラしやがって」と少し見下すような気分で見ていた。

「そう言えば、この前龍ちゃんもサトシさんと二人でご飯行ったんだよね?どうだった?」

ほろ苦い学生時代の記憶が蘇り、矢継ぎ早に質問をしてくる杏奈に、僕は思わず声を荒げてしまった。

「なんでそんなこと聞いてくるの?別に杏奈に関係ないだろ?」

言ってから“しまった”と思ったが、後の祭りだ。杏奈の可愛い笑顔が、みるみる暗くなっていく。

「ごめんね、そんなつもりじゃなかったんだけど...二人は友達だと思ったから」

「こっちこそ、キツイ言い方してごめん。話、変えよっか?」

そう言ったものの、二人の間に気まずい沈黙が流れた。

どうして、いつもこうなのだろうか?

もっと器用に生きられたらいいのに、と思う。何でも要領よくこなせる人たちを、ずっと羨ましく思ってきた。

それは社会人になって、いくら稼いでも変わらない。たった一人の女性に対しても、無駄なプライドが邪魔をして“好き”とさえ言えないのだ。

失うのが怖くて、付き合うことさえも臆病になっている。

そして何か欠点を見つけて他の子と天秤にかけ、どちらが自分にとってプラスになるのか勝手にジャッジしてしまうのだ。それは振られるのが怖くて先に進めない、自分への言い訳に過ぎない。

サトシのように素直な生き方は、僕は出来そうもない。

「杏奈には、サトシみたいな人の方がいいのかもな……」

本当はサトシなんかに、絶対、絶対渡したくない。

素直になれない僕がいつもの癖で言ってしまった、本音とは裏腹な言葉。

その言葉は、気づけば勝手に一人歩きをしていた。

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28歳、男の分岐点でそれぞれが選ぶ道