「大丈夫! 今日も僕の長崎は元気だ」

 V・ファーレン長崎が発足した2005年、地元出身(=じげもん)の筆者は、チームの練習を見るたびにそう呟いていた。当時、チームは選手の多くがサッカー以外の仕事を持っていたため、夜練習が中心で、そこへ毎晩のように通い詰めていた。

 予算の都合で照明を半分しか使えないので、グラウンドはいつも薄暗い。土のグラウンドで、表面が剥げたボールには前のチーム名である「有明」の文字が残り、遠征には「国見高校」と校名の入ったバスを借りて行き、練習時間をオーバーして照明を落とされたときは、車のライトを照明代わりにして慌てて撤収作業に取りかかる。

 そんな状態の何もないクラブだったが、自分の街に、全国を、世界を、頂点を目指すクラブが誕生したことが嬉しくて、いつも練習場にいた。苦しいときも楽しいときも、練習を見て元気をもらうのが日常だった。


湘南ベルマーレとのJ1開幕戦に挑んだV・ファーレン長崎イレブン

 それから13年後の2月24日。地域リーグ、JFL、J2と戦いの場を移しながら、国内最高峰のJ1にまで駆け上がったクラブは、初のJ1開幕戦に臨もうとしていた。

 試合前にピッチからスタンドの様子を眺めていると、高木琢也監督が「湘南、やっぱり変えてきたね」と声をかけてきた。相手監督との駆け引きや読み合いをするときの高木監督は、勝負に向かう厳しい表情の中に、どこか楽しんでいるところがあることを筆者は知っている。この日の顔にもそんな感じが漂っていた。いつもの調子だ。

 スタジアムの入場口で会った竹村栄哉強化部長も同様だ。彼の現役時代から数えて今年で11年目の付き合いとなるが、「いい試合は絶対できると思うんで。だからこそ勝ちたいですね」と語るその表情は昔と変わらず、力みや緩みは感じられない。

 ピッチの中では、チーム在籍7年目、33歳の前田悠佑がアップをしている。大学卒業後に長く企業チームでプレーしていたため、Jリーガーとしてはまだ6年目という異色のベテランで、Jリーグ参入前のチームを知る唯一の選手だ。

 そのすぐ近くでは郄杉亮太がアップをしている。今年、3年ぶり2度目のキャプテンに任命されたことからもわかるとおり、チーム内で抜群の信頼を得ているチームリーダーだ。2人とも初めてのJ1でのプレーとなるが、気負った様子は見られない。

 ふと、スマホに目をやると数件のメッセージが入っている。

「いよいよJ1ですね。楽しみにしています」「J1開幕、応援しています」……ずっと以前に長崎でプレーしていた選手たちからだった。

 2005年の発足からこの日まで、無数の選手たちがJリーグという夢を目指してクラブに加わり、そして去っていった。

「何で俺なんだよ!」。契約満了を告げられてそう言った選手がいた。「悔しい」と言ったきり黙り込む選手もいた。「明日から無職だよ」と目を真っ赤にしながらおどけてみせる選手もいた。「誰かがやることだったんだろうけど、それを最初に、自分たちがやれたのは素晴らしいこと」。そう言って発足初年度だけプレーして去った選手もいた。

 後に聞いた話では、2005年当時、所属していた選手の大半は、自分たちがJリーグ入りするための土台で終わることを承知してプレーしていたという。彼らのことを思うと、昨年の経営危機の際にクラブが消滅しなくて本当によかったという思いと、J1に昇格できたことで、彼らの夢を裏切らずに済んだという気持ちが湧いてくる。

 同じような思いは高木監督にもあっただろう。創設時にはアドバイザーを務め、2013年の監督就任後は、毎年のように選手が入れ替わる中で必死にチームをJ1にまで押し上げてきたのだから当然だ。

「親が子供を見るような感じがあるよ、このチームには。誕生したときから知ってるわけだからね」

 昨季のJ1昇格前に聞いた言葉からも、クラブへの強い思いをうかがうことができた。だからこそ開幕戦に勝って、J1でも戦えることを証明したかっただろう。だが、試合はホームの湘南ベルマーレに1-2と押し切られ、初戦での勝ち点獲得はならなかった。

 試合の内容的には収穫もあったし、チームのポテンシャルを考えれば十分に巻き返しは可能だろうが、特に重要な試合と位置付けた開幕戦を落としたことはやはり痛い。次節、ホーム開幕戦の相手であるサガン鳥栖に敗れるようなことがあれば、連敗で浦和レッズを迎えなければならず……そんなことを考えていると、スマホに再びOBからのメッセージが入ってきた。

「長崎、頑張ってましたね。元気もらいました」

 まるで、昔の自分が送ってきそうなメッセージだと思った。考えてみればクラブが誕生して14年、決して楽しいことばかりではなかったし、どちらかと言えば大変なことの方が多かった。それでも、このクラブはここまで勝ち上がってきたし、筆者はそんなクラブとの日々を楽しく送ってきて、今がある。まだまだリーグは始まったばかり、楽観はできないが、悲観する必要はない。そのメッセージを見て、素直にそう思えた。

「大丈夫! 僕の長崎は今日も元気だ」

 そのメッセージにこう返信して、スケジュール帳に目を移した。次の練習はいつだろう?  さぁ、次の戦いに向かう彼らの様子を見に行こう。これまでと同じように、これからも同じように……それが僕とクラブの毎日なのだから。

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