こんにちは。清水文太です。


連載何回目なんだろうと思って、GLITTYのサイトを調べてみたらもう9号だった。

あっという間だね! 時が経つのって。

徐々に暖かくなっていくこの時期は、いろいろ考える。

そのなかで僕が経験したこと、感じたことを、これから綴っていこうと思います。

出る杭は打たれる世のなかで

僕は、社会において「マイノリティ」として扱われることが多い。

いろいろなジャンルの仕事をしているから、職業のカテゴライズも自分からしていない。

同性愛者だし(中学のころは女の子も好きだったけど、いまは男性のほうが好きです)、服も大好きでなんでも着る。ドレスでもなんでも。

きっと、世のなかからしたら"出る杭"だ。

だけど、僕が出る杭だと思われるような活動をしているのにも、じつは理由があります。

それは、いろいろなメディアでも伝えているけど、マイノリティの人たちに、僕が存在することで「あ、私も別に他人と違くても良いんだ」ということを知ってほしいから。

「ちょっと変わってる人」が生きやすくなる世のなかにする、という目標を掲げてきた。関心を持たれることで認識してもらうことが大事だって。


でも、そもそも関心を持ってもらうためにはどうしたらいいのか、という考えかたも必要だなと感じたの。

そう思ったできごとがある。


いちばん大事なのは「そんな人もいるよね」っいう考えかた

先日、ある展示イベントに参加していたんだ。

そこに偵察に来ていた30、40代くらいの男女が、僕の展示を見ているのに気づいた。だけど、彼らの目には明らかに「無関心」の文字が浮かんでいた。

集団のなかの女性に「あなた何やってるの(笑)?」と聞かれたからきちんと説明したんだけど、「あ、そう。がんばって(笑)」と言って、去って行ったんだ。

僕が作ったものの中身も見ずに、ただただ小馬鹿にするように。

単純に悲しかったし、怒りの気持ちもあった。

だけど、このできごとは、僕に新たな考えかたを与えてくれるいいきっかけになった。

何にでも通ずることだけど、「嫌い」な感情があるということは、裏を返せば「関心がある」ということでもある。

それは、世のなかを生きやすくするためのきっかけ作りができる証拠。だって、もっと知ることによって、好きにもなれる可能性があるから。

たとえば、最初は評価されなかったプロジェクトや企画でも、魅力を伝えることができれば好きになってもらえるかもしれない。

学校で嫌がられる係だって、考えかた次第でポジティヴに捉えることも難しくはないのかもしれない。

だけど、「無関心」はつらい。

最初から興味が無いのなら、そもそも中身を見てもらえないから。この女性のように。

本質を見る前に評価をされてしまうのは、日本特有でもある。難しい。


だから、僕はどうしたら「無関心」から「関心」に変えることができるのか、必死に考えたんです。

そして、僕なりの方法を考えた。

それは、「そういう人間もいるんだ」と思うこと。

一見諦めているようにも感じるかもしれないけど、いちばん正しい考えかただと僕は思う。

それぞれが「そんな人もいるよね」って他人の存在を認めながら、自分の好きなことをどんどん突き詰めてクオリティを上げていく。

そうすれば、どこかで「好き」にしろ「嫌い」にしろ、「無関心」から「関心」に変わる瞬間があると思うんだ。

だから、「そんな人もいるよね」の感情は、お互いを許しあうことの第一歩なのかもしれません。

誰だって、それぞれに変わってる部分があるんだから、それを認め合える世のなかに変えていけたらいいなあ。

変わってる部分だって笑い合って、みんなが生きやすくなればいい。 がんばる。