小売業界では、オンラインとオフラインの両方を活用した顧客獲得が大きな課題になっている。そんななか、注目を集めているのはオンライン企業であるAmazonだ。「世界の小売り企業ランキング 2017」において初のトップ10入りを果たした同社は、オンラインで得た顧客との繫がりを生かし「Amazon Books」や「Amazon Go」といった、オフラインチャネルの開拓を積極的に実施してきた。博報堂DYグループ傘下の総合広告代理店、株式会社大広でプロジェクトマネージャーを務める岩井琢磨氏と、オイシックスドット大地株式会社の執行役員統合マーケティング部部長を務める奥谷孝司氏のふたりもこの動きに関心を寄せている。2月19日から21日までの3日に渡り、丸の内エリアにて開催された、トレジャーデータのイベント「PLAZMA」。その基調講演「『チャネルシフト』によるエンゲージメントコマース」に両氏は登壇し、小売業界のデジタルシフトにおける新たな潮流について語った。

オンライン基点のオフライン戦略

岩井氏による講演からはじまった同セッション。冒頭で、チャネルシフトとは「オンライン基点でオフラインに進出し、顧客との繫がりを作り出すことによって、マーケティング要素自体を変革しようとする戦略だ」と語った。Amazonが実践するのは、まさにこの戦い方である。その例として岩井氏が挙げたのが、Amazonが運営するオフライン書店、Amazon Booksだ。店内における会計がクレジットカードかアプリケーションのみに限られている点や、Amazonサイトのランキングやレビューをもとに選ばれた、独自の商品ラインナップと陳列法が特徴となっている。そのように、オンラインの情報をもとに絞り込まれた、他社にはない顧客体験を演出することによって、顧客との繋がりを創出していると、岩井氏は語る。Amazon Booksは単に売上げを伸ばすための店舗ではなく、オンラインを基点とした新しい顧客体験の提供による、エンゲージメント最大化のためのチャネルなのだという。こういった取り組みは、「チャネル=販路」という既存の認識を覆し、そのほかの「価格」や「商品」といったマーケティング要素のあり方にも変革をもたらす。「小売業界のデジタル化というと、店舗におけるオペレーションの自動化などに目が行きがちだが、いま起きているのはもっと本質的な変化だ」と、岩井氏は続けた。

「小売業界には本質的な変革が起きている」と岩井氏

新しい店舗スタイル

Amazonのほかにも、店舗のデジタル化を顧客のエンゲージメント獲得に活用し、成功している事例がある。奥谷氏はその好例として、アメリカ発のアイウエアブランドのワービーパーカー(Warby Parker)や、アパレルブランドのボノボス(bonobos)を挙げた。両社とも奥谷氏のいう、「顧客に対して、単なる店舗体験ではなく、行動データに基づいた提案のある購買体験」の提供に成功している。ワービーパーカーもボノボスも、Amazon同様オンラインを基軸とした企業だ。ユーザーはオンライン上で選んだ商品を、店舗で手に取って試すことができるのだが、その場で購入することはできない。両社にとって、店舗はブランドのイメージを体現するためのショールームであり、対面の接客は副次的な要素にすぎない。しかし、奥谷氏によると、こうした新しい店舗スタイルにおいては、接客の質も向上するという。「商品だけが陳列されていて、接客がおざなりになるかというとそうではない。ボノボスの店舗に関しては、基本的にオンラインで集客した確度の高い顧客が来店するため、接客の質は高度化している」。

「顧客時間のフレームワーク」を活用

チャネルシフト戦略を進めるには、「顧客時間に寄り添い、オンラインとオフラインを融合させて、新たな購買体験を創出し、これを踏まえたチャネル設計を実施する必要がある」と、奥谷氏は語る。その際に効果的なのが、同氏が提唱した「顧客時間のフレームワーク」の活用だ。従来、購買にのみ注目されることが多かった顧客行動だが、このフレームワークは商品の選択から使用までの、一連のプロセスに目を向けさせてくれる。さまざまなチャネルを行き来する顧客の行動を捉え、購買に至らせるためには、この考え方に基づいて顧客時間に寄り添わなければならないという。「オフラインとオンライン、それらを個別のチャネルとしてではなく、統合的に顧客行動のプロセスに組み込んで、カスタマージャーニーを設計することが、ほかにはない独自の購買体験作りに繋がるのだ」。

「チャネルを横断して、顧客時間に寄り添うことが大切」と語る奥谷氏

ITとマーケティングの密接性

また、同氏はセッションのまとめとして、チャネルシフトを進める際には、テクノロジーとマーケティング両者の、セクションを横断した密接性も重要だと語った。従来、店舗ビジネスは接客の質の向上など、顧客との直接的な繋がりに注力してきた。しかし、データに基づいたオフラインマーケティングが可能になったいま、セクション横断的な取り組みが求められるという。「これからチャネルシフトを進めるうえで重要なのは、マーケティングとテクノロジーが密接に関わり、全社戦略的にお客様とのほかにはない繫がりを作ることだ」。Written by 村上莞Photo courtesy of Treasure Data