医師にはいったいどんな資質が必要なのか。医学部受験の問題から探る(写真:プラナ / PIXTA)

医学部受験の2次試験、ことに面接試験、小論文試験が多様化してきている。今年の入試でも、「少子化について」(国際医療福祉大学)、「自分の型について」(岩手医科大学)など、通常の小論文のほかに、「触らぬ神に祟りなし」(杏林大学)など、書きにくい小論文も出題されている。

そこで今回は、受験生の能力・資質の何を探ろうとしているのか、一見分かりにくい、風変わりな小論文問題を取りあげる。背景で問われている医師の能力・資質について考えてみたい。

実際に3人の受験生に書いてもらった

問題は以下のようなシンプルなものだ。

「あなたにはこれまで3年間真剣なお付き合いをしてきて、来年くらいに結婚の約束をしている彼ないしは彼女がいるとします。ところが2カ月前にふとしたことで知り合った別の人が好きになってしまい、今付き合っている人と別れる決心をしました。600字以内でお別れの手紙を書いてください」(2014年愛知医科大学小論文)。 


この連載の記事一覧はこちら

まず出題の背景を探り検証をする前、この入試問題を受験生に書かせると、どのような別れの手紙になるのか、50人ほどの教え子に実際に書いてもらった。その中から異なるタイプの3人の受験生について、実際の答案を読んでもらうことにしよう。異なるタイプとは以下の受験生である。

受験生1(男子):高校時代、スポーツに熱中して、女性との接点がない受験生。1浪で難関国立大学医学部合格

受験生2(女子):大卒の再受験生。いまだ浪人中

受験生3(男子):文武両道で非常に社交的で如才ない受験生。1浪で難関国立大学医学部合格

そして以下が答案だ。まずは受験生1から。

(受験生1・男子の答案)

お久しぶりです。元気にしていますか。お互いに忙しくてなかなか時間がとれないけど、そっちの生活はどうですか。いきなりの手紙で驚いているかもしれないけど、最後まで読んで下さい。

あなたと付き合ってもう3年になるんだね。思い返すと、あっという間だったし、たくさん思い出ができたよね。今でもよく思い出すよ。ところで、私があなたと交わした2つの約束を覚えていますか。1つ目は、あなたと来年くらいに結婚するということ。2つ目は、どんなことがあってもあなたを一生涯幸せにするということ。私にとって、2つ目の約束は当然なことに過ぎなかった。だって、私は本当にあなたのことを愛していて、自分の中にはあなたしかいなかったから。しかし、今、その当然なことが当然ではない状況にあるんだ。正直、現在の状況下で、あなたを本当に幸せにできるのか自信がない。私があなたに中途半端な行動を取ることで、もしかしたら、あなたを傷つけてしまうかもしれないとさえ考える。

正直に言います。私はつい最近、新しい人を好きになってしまったんだ。その人のことをついつい考えてしまい、あなたに対して中途半端になってしまっているんだ。このままだと、あなたとの約束を破ることになると思う。約束は守るために存在し、破るためにあるわけではない。だから、破る前にやり直しをしたい。別れてほしい。これが最良の選択かどうかはわからない。あなたの返事を待っています。

別れ方にもいろいろなタイプがある

次が受験生2である。

(受験生2・女子の答案)

前略 

突然、このような形で手紙を書くことを、許してください。貴男に伝えなければならないことがあります。

私は今、貴男の婚約者として貴男と会うことができません。私にはもうその資格がないからです。

2カ月ほど前から、貴男以外の男性のことを考えてしまう自分がいます。今まで貴男と真剣に交際を重ね、結婚を約束していたのに、今さらこんな気持ちになるなんて、許されることではないと思います。最初は、このまま自分の気持ちを誰にも伝えずに、結婚に向けて準備を始めようと考えていました。でも、1人になったときや貴男と会っているとき、自分の心と貴男の心の両方を裏切っている自分に気付きました。今は罪悪感でいっぱいです。

この3年間、貴男が私にしてくれた、たくさんの誠意ある態度、優しさを思うと、これ以上、貴男を傷付けることはできません。身勝手で一方的な結論かもしれません。しかし、私は貴男と別れ、自分を見つめ直す決心をしました。どうしてこうなってしまったのか、自分でもわかりません。このような形で約束をほごにし、貴男を傷付けてしまったこと、ごめんなさい。貴男にはこれからずっと幸せになってほしいです。陰ながら応援しています。本当にごめんなさい。今までどうもありがとう。

かしこ

最後が受験生3の答案だ。

(受験生3・男子の答案)

君に話さなければならないことがある。本当に申し訳ないが、君とは別に心ひかれる人ができてしまった。今はその人のことが好きで好きでしょうがない。最近、君との未来に不安を感じる。君ともっともっと過ごしていたいという気持ちが少なくなってきて、もう1人のことばかりが僕の心の中で大きくなっている。3年間も付き合って、結婚の約束までしたのに、こんな行動に出る自分を情けなく感じる。でも、こんな気持ちで、君とこのあと過ごしていっても、いつか別れることになると思う。そんなことになるよりも、お互いまた新しい幸せを目指して、ここで別れたほうがお互いのためだと思う。今まで述べてきたことが全て僕の自分勝手な言い分であるのは十分にわかっている。君にわかってもらえないことは理解しているけれど、本当の気持ちを君に伝えたかった。君には嘘をつきたくなかった。

最後に、君に感謝の意を伝えたい。僕は、中高男子校で女子との付き合いもなく、大学に入ってやっと見つけた、初めて真剣に好きになった女性が君だった。女子との会話も少なかった僕に対して、積極的に話しかけてくれて、君との会話が一番楽しく、大切なものになった。そして、君の笑顔を見るたびに、どんどん君への気持ちが大きくなっていった。君と付き合うことになったとき、本当に嬉しかった。こんな僕を好きになってくれて、そして、こんなにかけがえのない時間をくれて本当にありがとう。

自分の都合を相手に押しつけるだけ?

受験生1はたどたどしく、文章も稚拙だが、体育会系の彼らしさが出ている、と思った。別れの手紙なのに、末尾に「返事を待っています」と書き記しているあたりも、彼らしい。これでは別れるどころではない。人のいい彼なら、彼女から逆に説得され、復縁してしまう危惧さえ感じられる。

受験生2は、1浪の男子2人よりも明らかに人生経験の豊富さがうかがえ、彼女の申し訳なさがよく伝わってくる。こんな手紙をもらったら、怒るというよりも、彼女を許してしまいそうだ。素直にそんな気持ちを抱いた。

受験生3は、書き手のことをよく知っているだけに、19歳にしてはうまい筆の運びであり、すんなり難関国立大学医学部に合格していった彼らしい、と思った。そつがないのだ。ところがである。心理学を専攻した女性にこの手紙を読んでもらったところ、思わぬ厳しい評価をもらってしまった。まず、別れの言葉が突然、冒頭に書かれているため、彼女はいきなりショックを受けるというのだ。彼女は気持ちの準備がないまま、手紙を読むことになり、一方的な高圧的な力を感じると指摘する。また「その人のことが好きで好きでしょうがない」という一節は、彼の正直な気持ちなのであろうが、これを読む彼女の立場を全く理解していないという。嫉妬の炎が燃えたぎるだろうと。さらに「新しい幸せを目指して、ここで別れたほうがお互いのため」という一節も、彼が一方的に考えていることにすぎず、自分の都合を彼女に押しつけるべきではないというのだ。

手紙とは難しい。

私には、受験生3の手紙が、19歳の男子が書いたものとしてはよい出来映えと思ったが、謝罪の言葉が一言もなく、行間に”上から目線”が感じられるのも問題なのだという。

この点、受験生2の女子の手紙は、冒頭の2行で”悪い知らせ”であることがまずわかるので、読み手は結論を知らされる前に気持ちの準備ができる点がよいという。また、「貴男以外の男性のことを考えてしまう」という表現に、ストレートに思いを伝えるのではない、彼女の配慮が感じられるのだとする。「私にはもうその資格がない」「貴男の心を裏切っている」「貴男を傷付けてしまった」という表現にも、自分を卑下する感情が素直に表われており、読み手は彼女を責める気持ちが萎えてしまうという。「ごめんなさい」という謝罪の言葉が2回あることも、彼女の相手を思いやる気持ちがよく伝わり、誠実な感じがするとのことだった。

医学部入試の2次試験で、なぜ、別れの手紙を書かせるのか。問題を見ただけでは、全く疑問符がつくような不思議な出題である。しかし、やはり医学部の入学試験として、意味は存在するのだ。本質に立ち返り、なぜ、このような出題がなされたのかを検証すると、出題者である医学部側の狙いが透けて見えてくる。

検証する際に重要なことは、この試験が”医師になる人を選抜するために行われている”ということだ。もちろんそこで問われるのは、過去にも紹介してきたように、医師が備えるべき能力・資質である。それでは本問で問われる、医師の能力・資質とは、いったい何か。

突き付けられる、患者への病状説明

医師には、無理難題をぶつけてくるモンスター・ペイシェントとまではいかなくとも、患者や患者の家族との関係でさまざまな難局がある。杏林大学医学部の本年の出題ではないが、触らずに済まされない神もいる。一方で、苦難が伴おうとも、触らずにはいられない患者はいる。このことは何も患者の話に尽きるものでない。医師にはチーム医療の構成員の意見をとりまとめる力も要求されよう。なかなか奥が深い。

知人の医師らにこの問題を見せて感想を聞いたところ、「積極的治療を行っていた患者に対し、満足のいく治療成果が得られなかった場合、患者は不満に思うだろう。その場合、医師は患者に、どのように説明を試みるべきか。転医も含め、患者への病状説明を適切に乗り切れる適性を有しているか、測っているのではないか」(横山一彦医師ら複数の医師)との答えが返ってきた。なるほどである。

近年、医学部の面接試験で、「国際紛争はどうしたらなくなるか」や「隣国とうまくやっていくにはどうするか」など、医学とは一見無関係に思える質問が増えているのも、根底には対人調整能力を探る意図があるのだろう。私はこの種の質問については、人間のあるべき姿、社会で人が生きていくうえで人と人との関係が円滑にいくようにするにはどうすべきかを考えなさい、と前置きしてから、「『対話と調整』が何よりも重要です」と答えるようにと指導している。

首都圏のある国立大学の面接試験での出来事。「治療に文句を言ってくる患者がいたらどうするか」と質問されたという。やや圧迫気味な面接であるが、同様な質問が重複してなされたという。教え子はそのたびに「対話と調整が何よりも重要です」とシンプルに回答した。面接官はニヤリと笑って、さらに厳しく突っ込んではこなかったようだ。

以下には、医師に必要な能力・資質として、,らまでをまとめてみた。いずれも重要な要素ばかりである。

【医師に必要な能力・資質11】

患者の要望に耳を傾けて正しく応える力(聞く能力と倫理的判断)

公共性・公共心(公を意識して思う心、社会の利益を追求する心)

プラス思考(患者の負の状況に前向きに向き合う心)

アナロジーを理解する心(患者の置かれている状況を理解して自らに置き換えて考える心)

研鑽能力(医師としての技量を磨き深める能力)

利益衡量能力(複数の価値が対立している場合にそれぞれの利益を調整しよりよい結論を導く能力)

正当な注意力・判断力(科学的判断に基づく正しい行為から逸脱しない能力)

正当な開拓精神(不確実性に立ち向かう能力)

情報収集能力(新しい知見や情報を収集する能力)

空間把握能力(腹腔鏡手術などで要求される能力)

推理能力(患者が訴える症状から病巣を推理する能力)

”心の瞳”で相手を見つめること

別れの手紙を題材として、医師に必要な能力・資質について考えてきた。実は顧客を相手にする仕事であれば、どのような仕事でも多かれ少なかれ、ここに例示した能力・資質は必要で、根っこのところではつながりがあるのだ。

相手が不満を抱いている場合、もし自分が相手の立場だったら、どのように接してもらえば、自らの心が鎮まるのか。この場合、相手の状況を理解するように努め、それを自らに置き換えて理解する心があれば、難しい局面も穏やかに解決される方向に向かうかもしれない。”心の瞳”で相手を見つめてあげること。そうすれば、道筋は見えてくる。