燃料電池列車「コラディアiLINT」(アルストム)。現在ドイツで試験走行が続き、今年末に運行開始(撮影:Vladimír Fišar)

トヨタ自動車は約3年前、世界初のセダン型FCV(燃料電池車)を発売した。名称「MIRAI(ミライ)」といえば、鉄道ファンでもピンとくるだろう。


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そして、トヨタは「FCVこそ究極のエコカー」と本命視し、2020年をメドにその次期型モデルを発売するというニュースが先日、話題となった。FCVとは、水素と酸素を化学反応させて発電する燃料電池を搭載した車だ。その発生させた電気によってモーターを回転させ、走行する。つまり、ガソリンの代わりに水素をタンクに充填し、エネルギーとする。

これと同じコンセプトの列車が、2018年12月ごろにドイツで運行を開始する。フランスのアルストム社が製造した名称「コラディアiLINT(アイリント)」で、世界初の水素をエネルギーとした燃料電池列車が誕生する。昨年11月に14編成の導入が公式発表され、そのうち2編成が今年末に運行開始する。最高時速140km、水素を満タンに充填し、航続距離は1000km。現在、ドイツ、ザルツギッターで試験走行が続けられる。

エネルギーとなる水素は、利用時に二酸化炭素(CO2)を排出せず、世界規模で次世代エネルギーとして注目されている。日本も、水素をエネルギーとする開発を国策として進めている。鉄道ではすでに電車が主流であり、ある程度のエコは実現できているが、アルストムには、この列車を世界中の非電化区間を走る「本命のエコ列車」としたい野望がある。


燃料電池列車「コラディアiLINT」の電気供給の流れ(アルストム社資料を元に筆者作成)

日立製作所の示す課題

日本のエコ列車といえば、蓄電池電車がピンとくる。JR九州が、2016年10月に運行開始した愛称「DENCHA(デンチャ)」。交流電化用としては世界初となる蓄電池電車で、同列車をカスタマイズした「ACCUM(アキュム)」も、2017年3月からJR東日本が奥羽本線と男鹿線で運行開始した。車両メーカーは、日立製作所である。

同社鉄道ビジネスユニットCOOの正井健太郎氏は、「蓄電池電車の開発が進んだのは電池自体の性能が向上したことが要因。環境配慮の意識は国内外問わず高まり、(同列車は)海外の市場からも関心が高い」と話す。そして、燃料電池列車の開発に関して次のように続ける。

「アルストムの水素エネルギー列車は、トヨタ自動車のFCVと同じコンセプト。世界規模で水素をエネルギー源とする利用が年々積極的になっている印象だが、弊社の鉄道部門としては、開発・製造のための初期設備に多額の投資も必要となり、まだこれからの段階」

日立の蓄電池電車の充電方法は主に2つある。電化区間を走行時、架線からパンタグラフを通じて行う。そして、回生ブレーキを採用し、非電化区間でもブレーキ作動時に充電できる。設計最高は時速120km、フル充電で、テスト走行時のデータだが航続距離は約90kmだ。


「DENCHA」(日立製作所)。床下の青い部分が主回路蓄電池(撮影:Enuarl)

アルストムの「コラディアiLINT」は、基本的に非電化区間だけでの運行を予定する。車両の屋根上にパンタグラフはない。代わりに、水素タンク、燃料電池を各1つ装備し、1編成(2両)で水素は満タンで約180kgが充填できる。列車が走れば自然に酸素は取りこまれ、そして、燃料電池で水素と酸素が混合することで発電し、必要な電気を生成する。また、「DENCHA」「ACCUM」と同様、床下に蓄電用のリチイウムイオン電池も備える。発生した電力が走行に即座には不要と判断された場合、自動蓄電される電力供給のマネージメントシステムも搭載する。

正井COOは燃料電池列車に関し、ひとつの課題をあげる。

「燃料である水素を、どう製造するかが鍵。水素は利用時にCO2を排出しない有益性の高いエネルギー。だが、その製造過程でCO2を排出するケースがある。燃料電池列車を開発するならば、CO2を一切排出しない“クリーンな水素”を製造する視点を持つことが課題のひとつ」

ドイツが燃料電池列車を導入する理由

なぜ、アルストムはドイツで世界初となる燃料電池列車の導入を実現できたのか。同ドイツ支社で列車の入札マネージャーを務めるアンドレアス・フリクセン氏は、ドイツの非電化区間の長さを理由にあげる。

「ドイツには約4万kmの線路が敷かれ、そのうち電化区間は49%にすぎない。そして数年前まで、残り51%の電化のため毎年2億3千万ユーロ(約310億円)もの投資を行っていた。弊社の試算では、そのペースではすべてを電化し終えるのに95年かかる。さらに、非電化の地方路線は乗客も少なく、投資自体が理にかなっていない」

アルストムは非電化区間の電化を進めるよりも、そこで燃料電池列車を走らせたほうが効率的と判断し、数年前から開発を始めた。その過程で、低炭素社会は完全なトレンドとなり、ディーゼル列車の価格も上昇、加えて、鉄道の騒音規制の厳格化も開発をあと押しした。さらに、フリクセン氏は、日立の正井COOも話した“クリーンな水素”についても説明する。

「今年末の運行開始時には、天然ガス改質の水素を利用する。これは“クリーンな水素”ではない。よって弊社のディーゼル列車と比較し、CO2の削減量は40%にとどまる。将来的に“クリーンな水素”の利用が目標で、これにより、1編成のコラディアiLINTだけで年間700トンものCO2が削減でき、これは自動車の年間CO2排出量の400台分に相当する」

日立、アルストムの2人が話す“クリーンな水素”とは、いったい何なのか。簡単に説明すれば、水素の利用時だけでなく、その製造過程でもCO2を排出しない水素を指す。

ヨーロッパには、水素を2つに分ける明確な基準がある。天然ガス改質によって水素を製造する時にはCO2が排出される。その排出量と比較し、製造時のCO2排出量が60%以上低いものを「グリーン水素」、それ以外を「グレー水素」と“色”で分けて呼ぶ。ざっくりとだが、「クリーンな水素=グリーン水素」と定義できる。

そして、この「グリーン水素」を製造するためには、風力や太陽光などの再生可能エネルギーを製造源とする必要がある。当然、風力発電や太陽光パネルは、その設備投資に莫大なコストがかかる。日立の正井COOが話す「開発・製造のための初期設備に多額の投資が必要」というのは、「グリーン水素の製造も考慮すれば、燃料電池列車の開発は大規模な投資事業になる」という意味だ。

アルストムも、今年末の運行開始時に「グリーン水素」の利用は実現できない。フリクセン氏は、水素の製造計画について次のように話した。

「初期段階として水素ステーションで電気分解し、水素を製造する。そして、プロジェクトの次の段階で風力発電からの製造を行う予定にある」

日本に燃料電池列車は走るか


研究所の構内試験線をテスト走行するR291系列車 (写真:鉄道総合技術研究所)

日本でも、鉄道向けの燃料電池の開発は進められている。鉄道総合技術研究所が2001年から開始し、2005年に試作品が完成。2006年4月に同研究所のR291系列車に搭載し、構内試験線(長さ650m)で初の試験走行を行った。列車内のフロア上部に燃料電池、床下に水素タンク4本を搭載。結果、燃料電池から発生した電気だけで、重量33トンの車両をモーター2基で駆動させることに成功した。その後も試験は不定期で続けられ、昨年8月には最高時速45kmで走行した。

その実用化はいつかが興味深いが、同研究所は「弊所の役割は技術的な検証を行うこと。営業などの判断は各鉄道事業者による」と話す。

そして、燃料電池列車のメリットはCO2削減以外にもある。地上の電力供給設備の負担を軽減し、さらに、そのメンテナンスコストも減少できるのだ。メンテナンスコストの総額は、JR東日本の運行費用の20〜30%に相当するともいわれる。地上の電力供給設備は、すでに60年以上も使用され続けている。設備更新のタイミングに合わせて燃料電池車の導入を検討するという選択も考えられる。

フリクセン氏は「まずはドイツで実績をつくる。その後、他のヨーロッパ諸国、さらに、アジア太平洋地区への導入も目指したい」と締めくくった。2018年末にドイツで運行開始する世界初の燃料電池列車。そして、イギリスでも導入に向けて同列車のテスト走行が開始されるという発表があった。その成否は、鉄道が新たな方向性を示せるかどうかの試金石といっても過言ではない。