長い時間軸でみると、かえって生産性を落とすケースが多数あります(写真:bee32 / iStock)

「生産性の向上」は、企業にとっても、個人にとっても、生き残りをかけた課題になっています。しかし、生産性が盛んにいろいろな場所で言われるようになった最近では、かえって生産性を悪化させる「勘違い生産性アップ」行動も散見されます。
『MBA生産性をあげる100の基本』を上梓した、日本最大のビジネススクール、グロービス経営大学院で教鞭を執る嶋田毅氏が、行きすぎた効率優先主義が生産性を落とす「落とし穴」と、真の生産性アップについて解説します。

仕事のなかで「残業を減らせ」「数字を出せ」「もっと効率をあげろ」と日々言われている人も多いでしょう。しかし、「効率アップ」というのが実はくせもので、工夫をして一見効率はあがったものの、長期的視点でみると、かえって生産性を落としているケースがかなりあります。

なぜそうなってしまうのか。ビジネススクールで教えている立場上、多くのビジネスパーソンを見てきた経験から、とくにハマりやすいケースを見ながら、解説していきます。

成果の出やすい仕事に逃げると、成長可能性も逃す

仕事を効率的にこなすうえで一番手っ取り早い方法は、自分が結果を出しやすい仕事に集中することです。たとえば営業担当者であれば、売りやすい商品を売る、あるいは自分が売りやすい顧客に売るということです。


しかし、これで結果が出るというのは、厳密に言うならば「短期的には」という枕詞がつきます。

今回はBtoB(企業間取引)のビジネスを想定して話をしますが、通常、売りやすい顧客とは、なじみの担当者がいる既存顧客となるでしょう。よく知っている顧客ですので、時間を取ってもらって話をし、ニーズを把握するのも比較的難しくはありませんし、社内の別の担当者の紹介もお願いできるかもしれません。このように既存顧客に集中的に時間を使うと、受注額などの数字は上がりやすくなります。

短期的に圧倒的な成果を出したいのであれば、それは正しい選択といえるでしょう。

しかしこれが罠なのです。既存顧客の維持と客単価アップは重要な課題ですが、そればかりに時間を使いすぎると、短期的な成果は出ても、次の「飯のタネ」となる新規顧客のパイプラインが細くなってしまうことになるからです。

そしてそれ以上に問題なのが、新規顧客開拓を通じて獲得できるはずのスキルが身に付かないということです。新規顧客を見つけ、アポを取り付け、何とかニーズを見きわめて提案をし、口座を開いてもらうという行為はハードルが高く、だからこそ、そこで得られるスキルも大です。

たとえば、顧客となりうる確度を見きわめるスキルや、顧客のDMU(実質的な購買意思決定者)を見出すスキル、相手の顔色を見ながら的を射た会話をするスキルなどです。これらの能力は営業の場面だけではなく、さまざまなシーンで生きてくるもので、それが中長期的な生産性を高めることにもつながります。

そうしたことをわかっている会社は、営業担当者の評価項目として「新規顧客獲得数」などを意図的に入れますが、現実にはそんな会社ばかりではありません。

近視眼的に成果をあげやすい(しかし新しいスキルが身に付きにくい)仕事にだけ一点集中で飛びついていないかを確認してみましょう。

効率化のつもりが、じつは自己満足になっている

局所的には効率があがっているのに、チーム全体としての生産性があがらないというケースもよく起きます。その典型が、上司が、自分がやったほうが速いと、仕事をどんどんこなしてしまうというケースです。これは先の落とし穴に加え、周りのスタッフのスキルがあがらないという、さらに困った事態にもつながります。

これは私自身も経験があるのですが、「自分がやったほうが5倍は速くできるし、手戻りもない」と思うような仕事は、時間に余裕があるとつい自分でやってしまいがちです。実際に仕事はサクサク進みますし、それ自体を楽しいと感じる人は多いでしょう。しかし、たとえ誰かに任せて5倍遅くなって、手戻りが発生しそうでも、時にはグッと我慢をして若手や新人、時には外部スタッフに仕事を振ることも必要です。

ではどこを任せて、どこは自分でやるべきなのでしょうか。将来のビジネスのあり方や育成方針によっても大きく変わってきますが、1つの目安は「自分でないとできない仕事か否か」を見きわめることです。

常日頃から周りの人間とのよい人間関係構築や適度なコミュニケーションをし、「ここは彼/彼女に任せても大丈夫だろう」「ここはちょっとストレッチが必要だけど、任せよう」「ここはしばらく自分が担当し、誰かに引き継げる体制を作ろう」と適切に判断して仕事を割り振っていくことが大切です。

人間誰しも得意な仕事をすることで成果を出し、承認欲求(人から認められたい、自分は役に立っているという実感を持っていたいという欲求)を満たしたいものですが、それが強すぎると視野狭窄になります。多くの後進を育てるとともに、「他の人がやってもできるような仕組み」をしっかり作るということにこそ、より大きく価値を置くようにしたいものです。

「見えない味方」をいかにつくるか

仕事術の本の中には「依頼された仕事のなかでも、本当にやらなくてはならない仕事以外は丁重に断る」ということを提唱するものもあります。効率をあげるには無駄を減らすことが近道ですから、これはある意味理にかなっています。

何でもかんでも依頼を聞いていると、同時処理ができなくなり、仕事が「渋滞」を起こすことにもなりやすいですから、それを避けることにもつながります。ワークライフバランスを重視し、さっさと帰りたい人にとっても魅力的です。

しかし、つねにこのやり方がいいかというと、そんなことはありません。たしかに瞬間的には効率化が図れますが、いざ大きな仕事を任されたときに、過去に仕事を断った人たちからの協力を得にくくなり、長い目では生産性が下がってしまうからです。

人間には「返報性の原理」と呼ばれる心理が働きます。これは「何か借りがあったら、お返しをしないと気持ち悪い」という心理です。

常日頃から相手にちょっとしたことであっても何らかの形で協力しておけば、いざという時に返報性の原理が働き、協力を取り付けやすくなるのです。返報性の原理は、貸し借りの大きさが釣り合っている必要はなく、時にはちょっとした「貸し」があるだけでも大きなリターンとして返ってくることが知られています。

だからといってすべての仕事の依頼を受ければ、仕事の納期遅れや質の低下が生じ、かえってマイナスのイメージを与える可能性もあります。だから、仕事は無条件で引き受けず、選ぶことが必要です。

相手にとって重要度、緊急度ともに高い仕事であれば、その一部を手伝うだけでも感謝されます。しかし、自分の苦手な仕事では結果は出にくいので、自分が比較的成果を出しやすく、かつ相手の仕事を補完できるようなものが理想でしょう。

仕事を引き受ける際は、最低でも、〜蠎蠅砲箸辰討龍杁淌戞文充造砲呂海譴最も求められるケースが多い)、⊇斗彭戞↓自分が貢献できる度合い、ち蠎蠅瞭声衂堝声蠅箸諒箚粟の4つを意識するとよいでしょう。

また、「この人には貸しを作っておいて損はしない」という判断ができるよう、他者の実力や影響力を見きわめる目も磨いておきたいものです。

生産性アップ=スピードアップではない

生産性をあげるとは、単に短期的、微視的に仕事のスピードアップを図ることではありません。もう一段高い次元から、中長期的に会社にとって(最終的にはキャッシュをもたらす顧客にとって)大きな価値をもたらすことです。

ピーター・ドラッカーは「生産性は量よりも質が大事」と言いましたが、いたずらにスピードや量にのみこだわっても付加価値には結びつきません。時間を最大限活用し、質(最終的には顧客に対する付加価値)をあげることに、よりこだわる必要があります。

顧客のニーズを把握する、新規ビジネスを試験的に立ち上げる、儲からないビジネスをやめる、質を維持しつつスケール化も図るなどといった局面で、経営学(MBA)の知識は役立ちます。近視眼的、「勘違い生産性アップ」に翻弄されることなく、真の生産性アップを実現できるようにしたいものです。