2月26日加藤厚労相(中央)は裁量労働制拡大をめぐって厚労省が提出した労働時間のデータに不自然なものが233件あることを認めた(写真:共同)

安倍晋三首相が悲願とする憲法改正実現のための国会発議に向け、与野党それぞれの党内論議が進み出している。自民党憲法改正推進本部(本部長=細田博之元幹事長)は首相の意向も踏まえて、3月25日の定期党大会までに同党の改憲案をまとめ、予算成立後の国会提起を経て、衆参両院憲法審査会での与野党論議本格化を目指す。首相や党執行部は天皇陛下の退位などで2019年前半の政治日程が窮屈なことから、「改憲実現へのチャンスは今しかない」(首相側近)として年末までの国会発議、2019年前半の国民投票実施を狙う構えだ。

ただ、「安倍改憲」の最大のポイントとなる憲法9条改正による自衛隊明記では自民党内に異論があり、与党の公明党も慎重論が大勢だ。しかも、日本維新の会と共に野党陣営の改憲勢力と位置づけられていた希望の党も、民進系再結集に向けて9条改正反対の立場を明確にしている。このため、首相サイドにも「年内発議を強引に進めるのはリスクが大きすぎる」(官邸筋)との不安が広がっている。

首相自身が「働き方改革国会」と名付け、会期内成立が至上命題だった働き方改革関連法案は、その柱とする裁量労働制拡大をめぐる厚生労働省の「不適切データ」が大問題となり、野党側から法案自体の国会提出断念を迫られる事態となっている。今後、森友問題などの疑惑追及も絡んで国会が大荒れとなれば、「後半国会で憲法改正について、与野党論議を深められるような状況ではなくなる」(自民国対)と首相サイドもいらだちを隠さない。

9条改正案に石破氏らが異論、公明も難色

首相は1月下旬の通常国会召集時の自民党両院議員総会で、党総裁として「わが党は憲法改正を党是として掲げ、長い間、議論を重ねてきており、それを実現していく大きな責任がある」と切り出し「いよいよ実現する時を迎えている」と拳を振り上げた。これに続く施政方針演説では「各党が憲法の具体案を国会に持ち寄り、憲法審査会で議論を深め、前に進めていくことを期待する」と述べるにとどめたが、首相と党総裁の立場を使い分けたためで、早期改憲実現への強い意欲の表明であることは間違いない。

さらに首相は、2月下旬の衆院予算委員会の答弁では「私が一石を投じたことで議論が盛んになったのは事実だ」と、自衛隊明記を含めた昨年5月の「安倍改憲案」提起の意義をアピールし、「(自衛隊の)違憲、合憲論争に終止符を打つべきだ」と力説した。今後の政治日程からみれば、首相が総裁3選後に召集予定の秋の臨時国会における国会発議を視野に入れているのは明らかだ。

しかし、自民党内では石破茂元地方創生相らが「(戦力不保持の)9条2項をそのままにしての自衛隊明記では違憲論を払拭できない」などと異論を唱えている。民主党政権下の2012年に石破氏らが中心となってまとめた自民党改憲草案には、9条2項の削除と国防軍保持が盛り込まれている。これを踏まえて、石破氏は「総裁(首相)が勝手に党の方針を変え、それを党機関でも多数決で決めるというのはおかしい」と主張しているわけで、「総裁選での最大の争点になる」(石破氏)と9月の総裁選で首相に9条論争を挑む構えだ。

一方、党内の改憲論議を再開した公明党も、9条改正案には難色を示す。「平和の党」が売り物だけに、支持母体の創価学会では婦人部が9条改正に反対しており、山口那津男代表も「改憲は少なくとも野党第1党の協力が必要で、まずは国会で徹底的に議論すべきだ」と繰り返す。額面通りに受け取れば「安倍改憲」への徹底抗戦を明確にしている野党第1党の立憲民主党の理解や協力がなければ、公明党も国会発議には同調しない方針ということだ。

首相サイドには「総裁選で首相が石破氏に圧勝すれば党内の9条論争も決着し、公明党も与党として国会発議に協力せざるを得なくなる」との楽観論もある。ただ、2019年には春の統一地方選と夏の参院選が控えるだけに、公明党は「選挙前の改憲発議には協力できない」(幹部)との立場を変える気配はない。公明党の存在も年内発議への「大きな壁」(自民幹部)となるのは確実だ。

しかし、公明党への配慮で国会発議を2019年夏以降に先送りした場合、次期参院選で改憲勢力が「3分の2」を割り込めば、参院での発議自体が困難となる。その場合、首相が既定路線化している総裁3選を果たし、2021年秋までの「史上最長政権」が可能になったとしても、任期中の悲願達成への道筋は現状よりはるかに険しくなる。

最大のハードルは国民投票

首相にとってさらにハードルが高いのが国民投票だ。衆参両院が9条改正も含めた改憲条文を3分の2以上の議員の賛成で発議すれば、「60日以上、180日以内」に国民投票が実施される。現時点で自民党内の改憲推進派が想定する最速の改憲日程は、「年内発議―2019年春までの国民投票実施」とされるが、当然、その大前提は「国民投票での賛成多数獲得」だ。

憲法改正手続きの最終関門として法制化された国民投票では、「投票総数の過半数」で改憲が成立する。ただ、現行法では最低投票率が定められていない上、仮に投票率が国政選挙並みの50〜60%程度となれば、数字上は全有権者の3割程度の賛成でも改憲が実現することになる。憲法改正に国民投票制を導入しているフランスの場合、過去10回実施された国民投票で投票率3割台が2回もあった。もちろん、「国民の関心が低い改憲内容だったのが理由」(専門家)とされている。日本の場合、平和憲法の象徴でもある9条改正がテーマとなれば「国民の関心も高く、国政選挙並みの投票率は確保できる」(同)との見方は多い。

ただ、最近の大手メディアの世論調査の結果をみる限り、9条改正については「賛成」を「反対」がやや上回るという傾向が続いている。首相自身も周辺に「国民に丁寧に説明して理解を得ないと、発議しても国民に否定されかねない」と不安を漏らしている。国政選挙が専門の自民党関係者も「9条改正では国民の賛否がほぼ半々とされるが、世論調査を詳細に分析すると、消極的賛成派と確信的反対派が並び立つ結果が多い。したがって投票率が下がれば下がるほど、賛成より反対の割合が拡大する可能性が大きい」と指摘する。

こうした状況の中、ここにきて自民党内の反安倍勢力からは「慎重論ばかり主張せず、逆に安倍改憲を後押しすべきではないか」との声ももれてくる。「あえて改憲実現に協力することで首相を年内発議に踏み切らせ、国民投票での否決につなげる」(改憲慎重派)という"政治的謀略"だ。首相が提起した9条改正による自衛隊明記が国民投票で否決されれば、首相も退陣せざるをえないという読みで、「3選した1強首相を早期退陣に追い込む唯一の戦術」(同)とみている。

党長老の伊吹文明元衆院議長も「国民投票で否決されれば、当然、首相の責任が問われる」と指摘しており、永田町でも首相の提起に沿った改憲案が国民投票で否決されれば、「衆院での内閣不信任案可決以上の事態で、即時退陣というのが政治の常道」(自民若手)との見方が支配的だ。

超現実主義なら「危険な賭け」は避ける?

国家のリーダーにとって、「国民投票は両刃の剣」でもある。最近では2016年6月に英国で実施されたEU(欧州連合)残留の是非を問う国民投票で「離脱」が上回ってキャメロン首相が、さらに、同年12月にはイタリアで上院の権限を縮小する改憲案が国民投票で否決されてレンツィ首相が、いずれも辞任に追い込まれた。これを踏まえ、G7首脳の中で最長老のメルケル・ドイツ首相は昨年、「欧州では2人の首脳が国民投票で失敗している。あなたも気をつけたほうがいい」とわざわざ首相に忠告する場面もあったとされる。

今回の9条改正論議では、「自衛隊明記の可否」という本質論よりも、「安倍改憲の是非」を問うという流れが強まっているようにみえる。こうした現状について専門家は「政権への評価が改憲内容への賛否に直結するような国民投票は後世に禍根を残す」(有力憲法学者)と警鐘を鳴らす。

首相の再登板から5年2カ月にわたる政局運営をみると、「首相の政治手法は理念追求型ではなく超現実主義」(側近)との見方が多い。昨年の憲法記念日に「安倍改憲」を打ち出した首相は、その後周辺に「大きな石を投げたが、どこまで進めるかは国民の反応次第」と肩をすくめたとされる。それだけに、永田町では、「首相がいくら改憲実現への意欲を示し続けたとしても、今後、内閣支持率の低下などで国民投票での否決リスクが高まれば、年内発議も含め、改憲という危険な賭けには踏み切るはずがない」との見方もじわりと広がり始めている。