女の人生は、多様性に満ちている。

女性活躍推進が叫ばれる今、社会から女性への期待は増す一方だ。

最近では高学歴でもキャリア志向を持たず、あえて一般職の道に進み、結婚しやすい環境を整える女性も多いと聞く。

-男に頼って、何が悪いの?-

「恋の大三角形」に登場したゆるふわOL・“シバユカ”もまさに、そのひとり。

慶大経済学部卒の学歴を有していながら、大手不動産会社の役員秘書に甘んじるシバユカ。実は彼女には、したたかな野心があった。

“結婚ありき”の人生を描くシバユカはさっそく婚活に勤しむが、残酷な現実を目の当たりにする。




丸の内OLのアフター6


金曜、18時。

オフィスフロアの化粧室は、さながらメイクルームだ。

「お疲れ様でーす」

秘書部の先輩たちに紛れ、私もポーチを取り出す。

ミントグリーンのカーディガンに、白いフレアスカート。ネックレス&イヤリングは控えめに、お揃いの一粒パールで。

ゆるく巻いた髪はaccaのクリップでハーフアップ。アイメイクはブラウンで優しさを演出し、チークとリップはピンク以外ありえない。

あざとくて、上等。

こういうTHEモテコーデを、嫌う男性はまずいない。好感度の高い服装をすることは、私にとって至極当然の選択だ。

「シバユカも、これからお食事会?」

「ええっと…まぁ、そんなようなものです」

3つ年上の先輩・優奈さんに声をかけられ、私は迷いつつも頷く。すると、優奈さんの肩越しに、繭子さんもひょっこりと顔を覗かせた。

「1年目の丸の内OLって、本当に誘いが途切れないよね。特にシバユカは可愛いから、あちこちから引っ張りだこでしょう?」

私が否定も肯定もせず曖昧に笑っていると、メイク直しを終えた二人は「じゃあねぇ」とテンション高く化粧室を出て行った。

「今日の外コンくん、イケてるといいなぁ♡」

先輩たちがキャッキャと笑い合う声を聞きながら、私はジョーマローンのイングリッシュペアー&フリージアをひと吹きする。

「さて、と」

待ち合わせは、20時。

少し時間があるから、丸ビルで買い物でもして時間を潰そう。

約束している男の顔を思い浮かべたら、ちくり、と胸が痛んだ。


生きてるだけで誘われる丸の内OL。シバユカが今宵、向かった先は…


私とよく似た男


「おー、久しぶりだな」

ネイビーのスーツに、トムフォードの黒縁メガネ。

『春秋 溜池山王』に、まったく悪びれもせず10分遅れて現れたこの男は、青木祐介(あおき・ゆうすけ)。

私の彼氏…ではなく、学生時代の元彼だ。

同じ慶應大学経済学部だった彼は卒業後、梨奈と同じ広告代理店に就職している。

ちなみに私も祐介も、梨奈も聡子も、みんな同じテニスサークルに入っていた仲間で仲が良い。

祐介と私は、よく似ている。

二人とも社交的で友達も多いが、自分のことは多く語らないところ。機転がきき、人一倍周りに気を使うあまり、見なくてよいものまで見えてしまうところ。それでいて、自我が強いところも。

大学2年の夏合宿で急接近した私たちは、自然な流れで恋人同士となり、それから卒業目前まで約2年半付き合った。

別れてしまった理由はいろいろあって…話すと長くなるから割愛するが一言でいえば、彼は、私を幸せにしない。そう悟ったからだ。

「どうよ?丸の内OLは。お食事会三昧で楽しいだろ」

目の前には、ガラス越しに輝く東京の夜景。

左に並んで座る私を、祐介は悪戯っぽく覗き込んだ。

「お食事会…は、行かないことにしたの」

しれっと言い放つ私に、祐介は目を丸くしている。

「は!?何で、また…。お前、“私は早く結婚したいの!”って、あれだけ騒いで俺と別れたのに」

「…ちょっと。私、別にそんな騒いでない」

ぷぅと頬を膨らませて祐介を睨んだら、どこか寂しげな彼の瞳と目があって、私は慌てて目を逸らした。

「何度か参加して私、悟ったの。お食事会は無意味だって」

呆気にとられている祐介に、私はそう思うに至ったある出来事を、話すことにした。


屈辱の言葉


丸の内OLは、出会いに困らない。

特に1年目はお食事会バブルらしく、安易にOKしていると毎日のように予定が埋まっていく。

しかしあるお食事会の席で、私は聞いてしまったのだ。

…丸の内OLを誘う男たちの本音と、そこに潜む矛盾を。

あれは確か、商社マンと3-3で会った夜だったと思う。

2軒目に移ろうという話になり、男性陣がお会計をしている隙に、私は化粧室に向かった。

その時、たまたま男たちの会話が聞こえてきたのだ。

「お前、今日誰いく?」

「俺、シバユカちゃん好み。でも先週、俺が一番人気持ち帰ったからな…仕方ない、今日はお前に譲るよ」

「まじ!?じゃあ、遠慮なく…」

-なに、今の。

私は、一気に頭に血がのぼるのを感じた。

お前に譲るよ?

じゃあ、遠慮なく…?

-ふざけないで。私は、物じゃない。

その後も、男たちは素知らぬ顔で「俺ほんとシバユカちゃんみたいな子がタイプで」とか「シバユカちゃんが一番可愛いよ」などと白々しく誘ってくる。

「嬉しいけど…今日はごめんなさい♡」

私は得意の営業スマイルでその場をかわし、その後に届いたLINEもすべて既読スルーした。


男という生き物に絶望するシバユカ。祐介が語る、男の本音と矛盾。


男ってヤツは


「なるほどね(笑)」

話し終えた私に、祐介は文字どおり失笑を浮かべた。

「…まあ、お前の言うことは正しいよ。男ってヤツは簡単に誘える女が大好きで、でも同時に見下してるからな」

祐介の言葉は、まさに私が感じたこと、そのままだった。

お食事会で出会えるような女は男にとって、そういう対象でしかない、ということ。

もちろん中にはうまく結婚までたどり着く男女もいるだろう。しかしその確率は非常に低い気がするし、そもそも私は闇雲に“結婚”がしたいわけじゃない。ただ玉の輿に乗れればいいというわけでもない。

結婚しても、主導権のすべてを夫に握られるような関係では意味がない。夫に従属するような生き方は、私の望むものではないのだから。




私の理想-それは、留美先生のような生活を送ることだ。

素敵なマイホーム、幸せな家庭に、可愛い娘。女としての幸せを何一つ犠牲にすることなく、さらに好きなことを仕事にしてキャリアを築いている。

留美先生の夫は確か、代々続く開業医。

その資産的余裕もさることながら、留美先生を妻としても一人の女性としても尊重し、できる限りの協力を惜しまない夫の存在こそ、彼女を輝かせているに違いないのだ。

「お食事会では、私が理想とする人には出会えそうもない」

大げさにため息をつく私を見て、祐介はまた笑っている。

「まあ、お前らしいけど。でもまだ若いんだし、そんな小難しいこと言ってないで、もっと恋を楽しめば?って思うけどね」

「また、そんな無責任なこと言う」

-もっと恋を楽しめば?

ただただ本能のまま、自由に恋を楽しめるなら。

一瞬、揺らいだ理性に、私はこのまま祐介にすべてを委ねたい衝動に駆られる。

しかし、そんなことをしたら、その後は?

その先にある未来は、私が望む理想とはまるで違っているだろう。

私は意識的に祐介と視線を合わせぬよう、腕時計に目をやる。

「あら、もう23時過ぎてる。そろそろ帰ろうかな」

祐介は数秒だけ、物言いたげに私を見つめた。しかしすぐに「お会計を」とスタッフに手を上げる。

お財布を取り出そうとバッグに手を伸ばすと、祐介に制された。

「いいよ、奢る。薄給のお前からお金取れないだろ。梨奈や聡子なら払ってもらうけど…って、あいつらに言うなよ、絶対」

「あはは。わかった、ありがとう」

薄給だからなのか、私だからなのか。

真意はわからないけれど、付き合っている時も、別れてからも、祐介と会うときはいつも彼の奢りだ。

店を出て、外堀通りを歩く。

するとなぜか赤坂に住んでいるはずの祐介が、タクシーを拾おうとしている。

「どこかに行くの?」

そう尋ねたら、彼はさらりと言った。

「うん。こないだお食事会で会ったマリンとデート」

「あ、そう…」

「じゃあ、またな」と、あっさり去って行く祐介を見送りながら、私は心の中で、理性を保った自分を褒めた。

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お食事会以外で出会いを探すシバユカに、絶好の誘いが?