人事部ー。

社内の人間模様や、人間の黒い欲望に直接触れることもある部署。

人事部から見た社内、それは人の業が蠢く社会の縮図であった。

涼子が働く恵比寿のベンチャー企業では、管理本部長・坂上の社内システム入れ替えのミスを、総務課長・後藤になすり付ける、黒い思惑にまみれた人事異動が発表された。

その人事異動で損害を被る人や部署、保身に走る管理職や社長の考えに触れ、人事部・涼子は黒幕に不正を突き付けたのだった。




「懲戒解雇にしてやる!」

坂上さんの声が部屋中に響いた。その時。

「はいはい、そこまでねー」

手を叩きながら入ってきたのは、社長だった。

坂上さんが目を大きく見開き、驚いてる。

「俺も高橋の動向を見てたからね。この打ち合わせ、怪しいなーと思って張ってたら、こんな事になるなんてね。」

社長は、固まった会議室の空気を気にすることなく、さらっと話を進める。

「後藤さんも高橋も、チョットやりすぎだね。ま、この2人の話は後ほど。坂上さん。私が見ていない間に随分と勝手なことをしてくれたようで。

昔は、会計のルールを決め、取り締まって下さっていたのに、会社が安定してきたら胡坐をかき始め、最後には自分がルールだ、ですか。大変残念です。

あ、そうだ。以前お願いしていた、うちの会社と提携してくれるような、中国のシステム会社を探して頂く件、どうなりましたか?現地に単身で乗り込んでもらってもいいんですよ。」

社長は淡々と話すが、その目は全く笑っていない。

「坂上さんの進退はまた後日。もし、不正会計やパワハラで懲戒解雇となったら退職金も出ないので、坂上さん自身もよーく、そして早めに考えて下さいね。」

社長はそう言うと、反論の余地も与えず坂上さんを部屋から出した。

「後藤さん、高橋。チョットやりすぎです。先程も言いましたが、2人について今後どうするか考えるので、また連絡します。高橋だけ少し残って。」


涼子と社長の密談


「お疲れさまでした。とりあえず、作戦は無事成功しましたね。」

涼子は社長と2人きりになり、口を開いた。

「後藤さんが入ってきたときは、どうしようかと思ったけどね。よっぽど高橋が心配だったんだろうね。彼はどこまでも優しいけど、その優しさが自身の身を滅ぼしかねないね…」

社長もイタズラな笑みを浮かべつつ、後藤さんの身を案じているのか、ため息をつく。

今回の調査を行う時に、ある程度の目星をつけた段階で、涼子は社長に相談していた。

そして、今回の作戦を決行することにしたのだ。

坂上さんに反省する気持ちがあるのか、会社の為に頑張って貰えそうか、それを問いたいというのが、社長の想いだった。

社長としては、創業当初から頑張ってくれた坂上さんを無下にすることはできなかったのだろう。

社長が坂上さんに不正を突き付けたら、ペコペコ謝り反省の色を見せるだろう。だがそれは本心かどうか分からない。

そこで、涼子が不正を突き付け、坂上さんの反応次第で今後を決めたいとなり、今回の作戦を決行した。

涼子と坂上さんの話は、涼子のポケットに入れた通話中のスマホから、社長が全て聞いていたのだ。

だが、社長のそんな気持ちを、坂上さんは粉々に踏みにじる結果となってしまった。

「後藤さんも同じ手口を使っていたとは驚いたよ。今後、会議でスマホの忘れ物があったら、警戒しないとね。」

社長の言葉に、2人で笑った。




「今回の件は、本当にありがとう。高橋のおかげで、色々見直さないといけないなと思った。俺自身、システム開発しか詳しくないからって逃げてたわ。これから会社を大きくしていくにあたって、社長として管理部門をもう少し見ていこうと思う。」

社長の表情は硬かったが、強いまっすぐな目をしていた。もうその表情に、寂しさはない。

「そうそう、高橋を採用する時の面接を今でも覚えてるよ。まっすぐな良い目した、ちょっと変わった子というのが第一印象。前職で悔しい思いをしたって言ってて、他の若い子達と違うなと思ったんだ。ほら、原価計算の件。」

原価計算の件とは、涼子は前職のメーカーで、とある商品の販売価格が原価を割っていることに気付いた。

理由を調べてみると、会社の販売価格のつけかたがザルで、原料費に人件費や光熱費をどの商品でも一律で足し、それに一定の利益を足して販売価格としていたのである。

これでは、作るのに時間や手間がかかる商品は、 人件費や光熱費は一律の費用では賄えず超えてしまう為、売れば売る程赤字になってしまう。

そこで上司に今後の原価計算の変更を提案したのだが、今までこれでやってきたし面倒だからという理由で断られ、納得できず悔しい思いをしたことがあったのだ。

「社長、よく覚えていらっしゃいますね…」

「とても、印象的だったからね。

イチ新入社員で、自ら怪しいと踏み調べ、正しい答えにたどり着く。こういう人がベンチャー企業には必要だし、会社が大きくなるには必要だなと思った。イエスマンばかりいらない、各個人が正しい信念で動ける強い集団にしたかった。俺の目は正しかったね。」

自分の事なので同感することもできず、涼子は「ありがとうございます」と苦笑いする。

採用された理由は今まで知らなかったが、そこまで考えてもらえていたなんて、と涼子は感謝と嬉しい気持ちでいっぱいになった。


社長からの最後の提案。そして黒幕の進退は?



「ねぇ高橋、社長直下で働く?」

社長が唐突に切り出した。

涼子は驚き、言葉を探していると、

「部署横断での仕事の指揮や、俺の想いを浸透させたり、秘書的な事もしてもらったりね。

今まで各部門長の采配で動いてもらってたけど、今後は統率をと思った時に、俺だけじゃ手が足りないなと思ったからさ。」

社長が言わんとしている事は伝わった。

もし、社長の近くで一緒に動くことが出来たら、きっと自分が会社を大きくしているという実感や、大きなやりがいを得られるかもしれない。

上手くいけば将来の出世だって約束されるかもしれない。

―でも…

「お言葉は嬉しいですが…私は人事として、まだまだしたい事がたくさんあります。

人事として、社外の人にこの会社の良さを伝えて仲間になってもらうことや、会社の一員になって下さった方が会社を信頼し安心して働ける環境を整え、もっと会社を好きになってもらうことで、会社の成長に貢献していきたいです。」

涼子は自身の人事に対する想いを述べながら、自分が思っている以上に今の仕事を大事に思っているんだなと痛感した。

社長も、頷きながら涼子の言葉に耳を傾け、

「そう言うと思った。残念だけど、今後も人事として活躍してくれることを期待してるよ。社長直下、いつでも待ってるからね。」

と優しく微笑んだ。その表情には、寂しさが滲んでいた。




その後…

社長が管理部門を勉強したいという事で、総務部と人事部を1つにし、総務人事部の部長を兼任することになった。

それに伴い、後藤さん・大竹さんは部長から次長になった。次長となった2人は、今後は部長、つまり社長の承認が必要になる。

対外的にも社内にも組織変更の為と説明しているが、実際は降格の意味を含んでいるのは、社長と涼子と本人たちしか知らない(後藤さんは降格を喜び、大竹さんはとても不満そうだったらしい)。

坂上さんは、結局1度は中国に単身で発ったものの、3ヶ月もしないうちに自ら退職した。

どこかのベンチャー企業で役員になったとか、西麻布で派手に遊んでいるなどの噂を耳にしたが、実際のところは分からない。

そしてシステムの入れ替えは、4月に全てを終えられなかったものの、6月には全機能が本格稼働した。

会社は一旦落ち着きを取り戻した(経理部は私的利用経費の洗い出しや仕訳修正などでとても忙しそうだったが)。

穏やかな日常に戻ったある日、涼子に1通のLINEが届いた。送り主は誠だ。

『そろそろ、あの借り、返してくれよ!』

ー忘れてた!

涼子は慌ててスマホの返事を打つ。

この会社を成長させるために、そしてこの会社で働く全ての人の為に、明日も頑張ろうと思う涼子の気持ちは、今日も続いていた。

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エピローグ:誠の本性。誠は敵?味方?