22日のスノーボード女子ビッグエア決勝に出場した岩渕選手(写真:松尾/アフロスポーツ)

2月25日、史上最多7の競技と102の種目で行われた平昌(ピョンチャン)オリンピックの熱狂の17日間が幕を閉じた。

すべての競技が終了し、日本勢は冬季五輪史上最多の13個(金4、銀5、銅4)のメダルを獲得した。開幕前は極寒の中での五輪開催に不安などもあったものの、多くの感動を私たちに届けてくれた最高の五輪となったといえるだろう。

16歳での初五輪、岩渕選手は惜しくも4位

筆者は、その中でも2月22日に行われた今回の五輪から採用となった新種目スノーボード女子ビッグエア決勝を現地で観戦していた。

結果は今回の日本の選手団で女子最年少の岩渕麗楽(いわぶち れいら)選手(キララクエストク)が日本勢最高の4位、藤森由香選手(アルビレックス新潟)が7位、鬼塚雅選手(星野リゾート)が8位だった。優勝したのはアンナ・ガッサー選手(オーストリア)だった。

初の五輪ながらメダルまであと一歩の4位入賞だった岩渕選手は、「大事な所で(技を)決めきれなかったり、天気が悪いコンディションにも対応できる体づくりだとか、もう一度心技体全部磨かないといけないと思います。この課題は全部一気にできるわけではないので、できることから少しずつ丁寧に積み重ねていこうと思っています」と振り返った。

スノーボードの新種目として採用されたビッグエア競技は1つのキッカー(ジャンプ台)を飛び、繰り出す技の難易度と完成度を競う採点競技だ。難易度が高いジャンプほど着地が難しくなるが、着地に失敗すると大幅に減点されてしまう。19日に行われた予選を通過した12人は決勝で3回の試技のうち得点の高い2回の合計点でメダルを競った。

会場は2月12日に行われたスロープスタイル決勝のフェニックススノーパーク会場とは異なり、スキージャンプの会場があるアルペンシアスキーセンターの特設ジャンプ台で行われた。


すっかり有名になった今回の五輪のマスコット、スホランもいた(筆者撮影)

もともと、23日の決勝の予定だったが、22日に日程が前倒しになるという出来事もあり、23日に予定を合わせていた海外からの応援団と決勝チケット購入者は、慌てて飛行機を取り直した。

もちろん日本から韓国へ向かう飛行機は満席だった。

続いて驚いたのが、同月12日行われたスロープスタイル決勝では強風、そして-10度を下回る気温での開催だったことに対し、今回のアルペンシアでは風はほぼなし。気温も0度ほどであり、10日前とは全く別環境になっていた。春に近づくにつれ、わずか10日間で何が起こったのかとビックリせざるを得なかった。

会場では20メートルを超えるキッカーの高さに大迫力と恐怖を目の当たりにした。スロープスタイルでも生で見ると高いと感じたコースやジャンプ台が、ビッグエアではその感覚をはるかに超えた。


平昌・珍富のアルペンシア会場にある特設ジャンプ台に向かう途中で(筆者撮影)

それでも、関係者はジャンプ台の大きさはほかの国際大会のものより小さいと語った。コースに沿って設計を合わせているようだ。スロープスタイル同様、ケガのほか、命の危険が伴うことを感じた。選手は4年間の集大成として、これから命がけの挑戦が始まるのかと思うと、見守る側から緊張が一気に高まった。

公開練習では好調ぶりをみせていた代表選手たち

その中でも小柄なカラダでありながら、競技中の岩渕は大きくみえた。岩渕麗楽のピタリと決めた安定的な着地が印象的であった。

もちろん、現地の応援に行けない応援団も日本にはたくさんいた。

岩渕選手の地元・岩手県では、パブリックビューイングが行われ約500人が集まり、皆でパワーを送った。小学校低学年の頃から見てきている、岩渕選手の応援団会長の佐藤笑子さんは日本からこうエールを送った「レイラなら大丈夫。今までだって、ちゃんと楽しんでやってこれたから! ビッグエアは現地には行けないけど私達も、引き続き日本から応援してるから、レイラの事をよろしくお願いいたします」と現地応援団と気持ちを繋げ、1つにした。


祈るように見つめた岩渕選手の祖父母(筆者撮影)

また、岩渕選手の絶対的存在である、おばあちゃんはお似合いのピンクのマフラーを首に巻き、試合前にこう語った。

「ここまできたからには正直、欲がでます。あの子にメダルを取らせてあげたい。それでも何よりも、あの子の笑顔が本当に素敵なんです。だからあの子の笑顔が見たい」と手を合わせ祈った。

世界を沸かせたKポップ曲「江南スタイル」で会場が沸き始めると、踊りだす世界中の人達。オリンピックならではの、大会の一体感が感じられた。

「4年間の集大成を観たい!それを感じたいがため、休みを取ってわざわざここまで訪れた」のは米国・ロサンゼルス出身のJさん。「俺たちにとってオリンピックは特別なんだ」ニュージーランド出身のKさんも言う。

試合を待ち望む観客の熱気が高まりをみせていた頃、試合が始まった。

1本目、日本人選手で最初に登場したのは12人中7番目、鬼塚選手。以前から得意とするキャブ900(通常とは反対向きの足から踏み切り、2回転半する技)をだす。着地はどうか。見事成功。良いスタートを切る。得点は78.75。高得点だった。

これをきっちり決めることで次の技、バックサイドダブルコーク1080(縦2回転、横3回転する大技)で勝負できるというのがあったのだろう。

日本勢の2番手は、岩渕麗楽16歳、149cmの小さな体で大技を繰り出すまさに「小さな巨人」だ。現地韓国での人気も急上昇中だという。なんといってもあどけない笑顔に大胆なスノーボードスタイルで世界を魅了している。岩渕も見事な技(キャブ900)を決め、着地もピタッと合わせてきた。79.75 の高得点をマーク。順調な滑り出しの1本目、2位に浮上した。

3番手は、今大会好調ぶりを発揮している藤森選手。会場アナウンスではモデル顔負けのルックスと美豹ぶり、との選手紹介もあった。こちらも1本目、バック900を見事決め、日本勢は三人共、シナリオ通りと言って良い、高スタートを切った。

2本目は1本目より大技を仕掛けてくるのが基本。鬼塚選手はバックサイドダブルコーク1080に挑戦するも回転数が足りず着地に失敗。

岩渕もバックサイドダブルコークに挑戦。回転はバッチリだがランディングが少し後傾になり手をついてしまった。

「もったいなかった。それが減点になった部分はあったと思う。タラレバになってしまうが、これが決まっていたら、メダル圏内は確実とされるほどの大技と完成度でした」(岩渕選手をマネジメントするRADTAKE代表の川北武志氏)

3本目、出場選手はみんな大勝負にでてきた。そんな中、1位のアンナ・ガッサーは3本目もピタッと着地を合わせてきた。素晴らしいの一言だった。直前の大会である冬季Xゲーム2018(賞金がかかった大規模な国際大会)で2位の成績を収めている岩渕は点数を伸ばせず、悔しさが残る決勝となった。

会場では悔しさと涙、反面では喜びの涙が入り混じった。

悔しいはずの岩渕が金メダルに輝いたアンナ・ガッサー選手を祝福しに抱きついていったことには驚いた。スポーツの素晴らしさと偉大さを感じた光景だった。

彼女の勇姿が皆の心を1つに

試合後、そんな彼女が、父母や祖父母がいる日本応援団の方にかけつけた。耐えていたのだろう。彼女の目元から一気に溢れでる涙。我々も泣いた。一緒に抱き合った。彼女の勇姿で皆が1つになったのを直接感じた。

岩渕選手の母は「麗楽のために飛行機に乗って、韓国まで応援しに来てくれている方々の姿をみて、感謝の気持ちでいっぱいになりました。麗楽は本当に幸せ者だと思う。そして(彼女には)私たちをオリンピックに連れて来てくれてありがとうと伝えたい。応援してくれた多くの皆様と本人に本当に感謝しています」と涙を隠した。

国内外問わず、岩渕選手へ「沢山の勇気と感動をもらった」「感動をありがとう。まだまだ若いからこれから」「4年後のオリンピックが楽しみ」「スノーボードを滑った事がないけれど、スノーボードを滑りにいきたい」と感謝のメッセージも届いたという。

そこには国を背負って戦うオリンピックならではの価値と感動があった。

岩渕選手の祖父は「麗楽の涙は見たことはあまりないけど、終わってホッとしたんじゃないかな。本人は悔しかったと思います。悔しさがあってそれがバネにもなる。これから取り組み方も変わってくるし、まだこれからスタートです」

父は「ゆっくりさせてあげたい。またすぐ次の海外大会に行ってしまうけれど、それでも少しでもゆっくりさせてあげたい」と話した。

競技終了後、岩渕選手は「次の目標は自分に自信をもって滑れるだけの努力をすること。(4年後の北京五輪での自分の姿は)表彰台のてっぺんで金メダルをもっています」と語った。

すでに彼女の目は、明らかに4年後の北京を向いていた。メダルに届かなかったこの平昌での悔しさを必ずや晴らしてくれるはずだ。

(文中一部敬称略)